第19話 図書室での出会い

 婚約式を終えた私は、正式にアイザックの婚約者になりました。


 ジェネラス竜国に来てからいろいろと慌ただしかったから、これでやっと落ち着ける……なんてことは、なかった!


 王太子妃になるために、私にはやることが山ほどある。



 これまで私は、カレジ王国の貴族として教育を受けてきました。

 けれども、ここは竜が国を治めるジェネラス竜国。


 祖国とはマナーが違うこともあるので、一から勉強を直しているのです。

 それにこの国のことをしっかり知っておかなければ、未来の王妃は務まらない。

 ジェネラス竜国の王族に嫁ぐためにも、一日のうちに何人もの先生から教育を受ける必要があるのでした。



「ルシル様、今日の講義はここまでです」


「やっと、終わった~」


 バタリと、私は机に項垂うなだれます。


 今日の講義が、やっと終わった。

 朝から晩までの押し込み教育には頭が痛くなるけど、それでもまだ祖国の勉強と比べれば我慢できる。


「歴史や文化についての授業がこんなにも面白いと思ったのは初めてかも」


 この国の王は竜であり、国民は竜人族、そして家畜として地竜などがたくさん生息している。

 ゆえに、この国のすべてにおいて竜が関わっています。


 それが楽しくないわけない!



 さっそく私はドレスから白衣に着替えて、今日も図書室へと足を運びます。

 白衣のほうが、なんだか落ち着くのよね。



「興味深いのが、竜に関する法律よね。竜法なんて、名前からしてワクワクしかないんだけど!」



 ここ数日は、暇があれば王城の図書室に籠っている。

 分厚い法律の本も、率先して読み切ってしまった。


「竜についての生物書も面白かったし、早くフィールドワークに行きたいけど……そういうのは、今後のお楽しみにしておこうかしら」


 まずは一人前の王太子妃になれるよう、自分を磨かなければならない。

 アイザックの妻として、ふさわしい人間になるために。


「はぁ……アイザックは今頃、なにしてるんだろう?」


 最後にアイザックとゆっくり話したのは、何日前だったろうか。

 話したいことは、山ほどあるのに。


 でも、甘えることはできない。


 王太子であるアイザックは、私とは比べ物にならないくらい忙しい。

 守護竜の責務を果たした王太子は、次期国王になるための準備に入っているから。


 そう遠くない未来、アイザックはジェネラス竜国の王となる。

 そのため現国王からの引継ぎだけでなく、この国の現状を知るためにもやることは山積みなのだ。


 一日でも早く結婚式が挙げられるよう、アイザックはアイザックで頑張っている。

 だから、私も負けてられないわよね!



「ん、この本って……」



『ジェネラス竜国の建国記』と書かれた、古めかしい本を見つけました。

 棚の奥にしまっていたようで、今日まで見つけることはできなかった本です。



「他の歴史書を読んでも、竜天女については書かれていなかった。なら、この本なら……」


「もしかして、竜天女についてお探しかい?」


「え?」


 突如、背後から声をかけられます。

 振り返ると、知らない男性が私の本を覗き込んでいました。


「おっと、失礼。お邪魔だったかな?」


「いいえ、ここで誰かと会ったのは初めてだったもので、ちょっと驚いてしまっただけです」



 驚いたのは、この男性の顔がかなり整っていたから。

 随分とフランクな感じの人で、クールな雰囲気のアイザックとは違った意味での美形だ。


 初めて見る人だけど、どこの誰だろう。

 この図書室は普段は王族以外は立ち入り禁止で、国王陛下の許可が無ければ一般人は入ることすらできないのに。



「驚かしてしまったのなら、謝罪しよう。でもその本は外交目的の仰々しいことしか書かれていないから、オススメはしないな。竜天女についての本なら、こっちの本のほうが詳しく書かれているよ。ほら」


「あ、ありがとうございます」


 正体不明の男性から、別の本を受け取ります。

 けれどもその本よりも、輝くような彼の銀髪から、目が離せませんでした。


 ──綺麗な髪。


 まるで真っ白な雪を見ているよう。


 それに、やはりかなりの美形だ。

 ここまでのイケメンは、アイザック以外見たことがない。


 というかなんでだろう。

 この人、どことなくアイザックに似ているような……。



「お嬢さん、かわいいね。しかも初めて見る顔だ。それに随分と恥ずかしがり屋なのかな、可愛らしいうろこがどこにも見えないなんて」


「う、鱗ですか?」


 なんで鱗!?

 私、鱗ないんですけど!



「……あれ、おかしいな。鱗が小さい娘にはこう言っておけば、たいてい喜んでもらえるんだけど」


「なんですかそれ。まるで鱗を褒めれば、女性が喜ぶみたいなふうに聞こえますけど」


「もちろんそうさ。鱗を褒められて、喜ばない竜人族はいないだろう?」



 なるほど。

 この人、私を竜人族と勘違いしているのね。

 この城には人族がほとんどいないから、仕方ないことだけど。


 それよりも鱗を褒めると竜人族の女性が喜ぶって本当?

 ということは、こないだの婚約式でご令嬢方からの態度が一変したのって、私が鱗を褒めまくったからってこと?


 まさか鱗にそんな意味があったなんて……誰か教えてよ!



「ち、ちなみに、女性の鱗を触るというのは、どういった意味になるのでしょうか?」


「かなり強いスキンシップで、恋人に向けての愛情表現として使われるかな。恋人以外だと、最大限の親愛の証としての行われることもあるけど」



 そ、それだー!

 私、あの子たちに最大限の親愛を振りまいていたんだわ!


 でもあの時、なんだかみんな頬を染めながら喜んでいたわよね。

 かなりの好印象だったし。

 とはいえ、鱗のおかげであの子たちと仲良くなれたのなら、まあ良しとしましょうか。

 今度からは気をつけないと。



「こんな誰でも知っているような一般常識をわざわざ聞くってことは……君、僕のこと誘っているんでしょ?」


「え、ちょ、ちょっと!」


「君の鱗は、この服の下かな」


「ま、待ってください!」


 銀髪の男性の手を、本で叩きます。

 危ない……あと少し遅ければ、白衣の中に手を入れられるところだった。



「いきなり、なにするんですか!」


「そう怒らないで。君の鱗がどんなに小さくとも、女の子らしくてかわいいと思うよ」


「だから私、鱗はないんですって!」


「鱗がない? じゃあ君……もしかして」



 彼の目が、大きく見開かれました。

 驚いたように手を口に当てながら、私に尋ねてきます。



「もしかしてお嬢さん……人族なの?」


「そうですけど」


「は、初めて人族の女の子と会った!」



 なんだろう。

 もしかしてこの人、感動してる?



「帰国して早々、こんなにも可愛らしい人族の子と出会えるなんて…………運命だ!」



 私が人族だとわかると、急にグイグイと来るようになったね。

 興味津々でワクワクが止まらないといった様子です。


 なんだか私が竜を見た時の雰囲気に、少し似ているかも。

 ちょっと親近感が沸いちゃった。



 そんな彼は、驚くことを提案してきます。



「ねえ、お嬢さん……僕と付き合わない?」



 え、付き合う?


 私たち、初対面なのに??



 ということは、もしかしてこれって…………噂に聞く、ナンパってやつー!?!?

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