第10話 竜都への旅路
竜車の窓から見える外の景色に、私は目を奪われていました。
「アイザック……私、いま最高の気分かも!」
だって小さな竜が、たくさん見えるから!
二足歩行をしているあの地竜という生き物は、街道を通り過ぎる竜車だけでなく、畑などでも確認できました。
このジェネラス竜国では、地竜は人々の生活の一部になっているんだ!
あの地竜が気になる。
竜と似ているけど竜と同じ生き物なのだろうか、それとも竜の亜種なのか、はたまた竜に似てはいるけどまったく違う生き物なのだろうか。
「ねえ、あの地竜は竜に似ているけど、竜とは同じ生き物なの?」
「いいや、違う生き物だ。地竜は亜竜種っていって、竜とは異なる生物とされている」
私は竜車の向かいに座っている恋人に視線を向けます。
アイザックの正体は、竜だった。
竜は人間になれるのだし、地竜とはまったく違う生物だといわれてすぐに納得してしまう。
──地竜もイケてるけど、うちのアイザックの黒竜様に比べれば、まだまだよね。
それでも、故郷のカレジ王国では生息していなかった地竜という生き物に夢中になってしまった。
竜車に乗った旅は、初めて目にするものばかり。
特に、いまはあの竜にそっくりな地竜という生物が興味深い。
「アイザック──紙をちょうだい」
「はいはい、ルシル先生」
スケッチブックを受け取った私は、無心で絵を描き始める。
地竜の姿を、少しでもたくさん記録に残したいから。
「いつかそうなるだろうと覚悟はしていたが、はやくも研究者モードになってしまったか」
ヤレヤレといった声がアイザックから聞こえてくるけど、いつものことなので気にしない。
私とアイザックは、こういった研究者とその助手との関係からスタートした。
むしろこれは、いつもの私たちの風景といっても良い。
「恋人を放っておくその態度に普通は良い感情を持たないんだろうけど、あいにく俺は研究者のルシルを含めて好きになってしまったんだよな」
「え、研究者の私がなんですって?」
「いや、ルシルは今日もかわいいなって」
──グシャリ。
手が滑って、スケッチブックの紙が折れ曲がってしまった。
「なななな、いきなりなに言うのよ!?」
アイザックが私のことをかわいいと言った。
そんなこと、これまで言われたことなかったのに、なんで!?
「そ、そんなお世辞、どこで覚えてきたのよ?」
「いや、公爵令嬢であり上司でもあったルシル研究員に、俺がかわいいと言うことは失礼だったからな。ずっと言いたかったけど、我慢してたんだ」
いまの私は、公爵令嬢はなくなった。
貴族の身分はなくなったうえに、周囲の目もない。
だからアイザックは、一歩心の内側に踏み込んでくれたのかもしれない。
「でも、アイザックからお世辞を言われるなんて、なんだか変な気がする。私たち、そういった他人行儀な関係じゃないのに」
「お世辞なわけないだろう。ルシルは俺がこれまでに出会ったきたどんな人よりも綺麗で、魅力的だ」
そう言いながら、アイザックは私の隣へ座ってきます。
そして、私の髪を触りながら、小さく笑みを浮かべた。
「船旅をしている時に、あれだけ毎日かわいいと伝えたはずなんだがな」
「……そ、そうだったかしら?」
船酔いが酷くて、船でのことはあまり覚えていない。
ずっとアイザックが看病してくれていたのだけは、記憶にあるけど。
そういえば──と、ルシルの視線がアイザックの手へと吸い込まれる。
アイザックは船で横になっている私の手を、ずっと握っていてくれた気がする。
彼の手は、大きくゴツゴツしていて、そして温かかった。
「もしかして、船で俺が毎晩ルシルの耳元で
「な、なんて言っていたの……?」
少し考えるそぶりをしたアイザックは、自分の人差し指を立てた。
その人差し指を私の唇の前に移動させて、ウインクしながらこう告げます。
「……秘密だ」
ア、アイザックのケチー!!!
まあ、船酔いのせいで覚えていない私が悪いんだけどさ。
プンプンと怒る私を見たアイザックは、なぜか嬉しそうに微笑みます。
「やっと、いつものルシルに戻ったな」
「……私はいつもと変わらなかったと思うけど?」
「いいや、処刑場で見たルシルは、すべてに絶望したような表情をしていた」
そうだ。
私、死ぬところだったんだよね。
アイザックが竜になって助けてくれなかったら、いま頃私は首と胴を断たれてどこかの共同墓地に捨てられていたはずだ。
「すまない、辛いことを思い出させてしまったな」
「ううん、いいの。アイザックのおかげで、私はまだ竜研究が続けられるから」
それに、世界で一番大切な人であるアイザックと、これからもずっと一緒にいられる。
一度は諦めた人生だからこそ、いまこの瞬間の日常が
「ルシル、俺がお前を幸せにする。何があっても俺が守るから、もうあんな目に遭うことはない」
「…………ありがとう、アイザック」
アイザックの肩に寄りかかる。
彼は私の体を静かに受け入れてくれた。
そんな彼のことが頼もしく、二度と離れたくないと思ってしまった。
それから数日後。
竜車は、ついに目的地へと到着します。
「ルシル、そろそろ見えてきたぞ」
竜車の窓から、顔を出す。
平原の向こうに、見たこともない巨大な都市が広がっていました。
「あれが竜都……!」
ジェネラス竜国の首都。
その巨大な街の中心には、高い塔が目立つ荘厳な城が建っていました。
「あの城が、ドラス城だ。今日から俺たちが住む、新居でもある」
「私たち、あそこで暮らすのね」
竜が暮らし、竜が国を治めるジェネラス竜国。
この場所が、これから私の新しい故郷になる。
私の第二の人生が、始まろうとしていました。
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