第9話 はじめての竜国

 船上から、小さな港が見えてきました。


「あれが、竜国ね!」


 生まれ育った故郷であるカレジ王国を出て、二週間が経ちました。

 私はいま、竜が住むというジェネラス竜国に到着したところです。


「それにしても、ここまで長かったわね」


 ジェネラス竜国があるのは、海を挟んだ向こう側にある大陸です。

 おかげで生まれて初めて船に乗ったのだけど、船酔いしてしまって散々だったわ。


「海の研究もしてみたかったけど、私には無理ね」


「俺としては、ルシルのかわいい姿がたくさん見られて、悪くなかったけどな」


「思い出させないで! せっかく慣れてきたのに、また船酔いになったらどうするのよ」



 船で体調を崩した私を介抱してくれたのは、アイザックだった。

 船酔いで死ぬような苦しい思いをしていたから、かなり恥ずかしいところを見せてしまった。



「あんなに甘えてくるルシルは初めてだったからな、あの姿が拝めるならまた船に乗っても良いかもしれない」


「ふざけないで。私、本当に大変だったんだから!」



 とはいっても、アイザックには感謝しています。

 あんな情けない姿を見せられるのも、幼馴染であるアイザックだからこそ。


 でも、いまの私と彼は、ただの幼馴染でも、助手と研究者という関係ではない。



 ──私たちは恋人、なのよね。


 残念ながら、ジェネラス竜国への旅路では、特別に関係が進展するようなことはなかった。

 その原因は、私が船酔いをしていたからだけど。


「黒竜様の背に乗れば、海なんてひとっ飛びだったのに」


 竜に乗って移動するなんて、まさに夢のよう。

 だけど、アイザックの猛反対によって、それは実現しなかったのよね。


「そのまま空から落ちて死んだとしても、悔いはないわ!」


「俺は大ありだ。ルシルを落としてしまった日には、自分が許せない」


 竜の背に乗って飛んで、初めてわかったことがある。

 空の上は想像以上に、寒いということに。


 そして鱗につかまり続けることは難しいうえに、手が凍えて動かなくなってしまう。

 黒竜様の姿になったアイザックに乗って長距離移動をしようものなら、本当に海に落ちてしまうかもしれないわね。


「ということは、落ちないような何かを作ればいいんじゃない?」


 寒さに耐えられるような、防寒服も必要だわ。

 そうすれば、今度こそ竜の背に乗って移動できる!



「盛り上がっているところ悪いが、港に着いたぞ」


 アイザックが私の荷物を持って、船を降りる準備を始めました。


 処刑場からそのまま駆け落ちしたこともあって、私の荷物は非常に少ない。

 とはいえ、旅の途中でアイザックが服などの日用品を購入したことで、それなりの荷物になっていました。


「アイザック、私の荷物まで持たないでもいいのに……」


「ルシルはまだ船酔いから直ったばかりだろう? 俺に任せて、姫はこちらへどうぞ」


「じゃあ、今回はお言葉に甘えさせていただきます」



 アイザックのエスコートを受けて、船を下りました。


 この旅の間に、こういったことを何度もされていた。

 そのたびに、私とアイザックが恋人になったのだと、再認識させられてしまう。



「うわ~! 船の上から見た時は小さな港だと思ったけど、こんなに大きかったのね」


 私の故郷であるカレジ王国の港よりも、立派だわ。


「ここはジェネラス竜国スケイル港だ。さあ、竜車りゅうしゃを用意してあるから、あっちに行こうか」


「竜車? 馬車じゃなくて……?」


「ルシルが見たら、大喜びするかもな」



 馬車を見て喜ぶのは、子供くらいです。

 私を子供扱いしないでほしい。


 そう思っていたけど──



「な、なによ、それぇえええええ!!」



 竜が!


 小さい竜が!


 車を引いているの!!!!



「あいつは地竜といって、ジェネラス竜国では馬の代わりをしているんだ」


「なにそれ、最高じゃん!」



 二足歩行の小型の竜が、馬車のようにキャビンを引いている。



「地竜の大きさは馬と同じくらいかしら。一日でどれくらい走って、何を食べているの? 人の言うことはどれくらい聞くの?」


「はいはい、そういうのは竜都に着いてから研究しましょうね」


「もしかして馬と同じで種類があるんじゃないの? 馬みたいに農作業や軍用としても使っているのかしら」



 街道には、たくさんの地竜が走っている。

 こんなにも竜が身近な存在になっているなんて、うらやましい。



「ねえ、アイザック」


「なんだい、ルシル?」



 竜車に乗りながら、私は未知なる外の景色を眺めます。



「私……この国が、好きかも!」


「ああ、ルシルなら絶対にそう言うと思っていたよ」

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