聖女パーティー、冒険の旅へ

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「こんなことになるとは……」

 翌朝、集合場所の広場に着いたレナが呟く。

「……こんなこととはどんなことだ?」

「う、うわっ⁉ ア、アルス様⁉」

 アルスにいきなり声をかけられ、レナは転びそうになるが、杖──聖女必携の道具である――をついて事なきを得る。

「すまない、驚かせてしまった」

 アルスが謝る。

「い、いらっしゃったのですね……」

「いつもの癖で気配を消してしまった……」

「気配ってそんなに簡単に消せるのですね……」

 レナは目の前の青年が剣聖だということを実感する。

「気配くらい僕も消せるさ!」

「そ、その声はロベルト様! ど、どちらに⁉」

 レナが周囲を見回す。

「ははっ、こっち、こっち……見上げてみなよ」

「え……? ああっ⁉」

 広場の象徴とも言える高い時計塔の最上部にロベルトの姿があった。

「ついつい、狙撃しやすい場所を取っちゃうんだよね~」

「……なんとかと煙は高いところへ上るっていうからな……」

「あ、パウロ様、おはようございます!」

「あ、ああ、おはよう……」

「おい、聞こえてるぞ! 誰がバカだ!」

 ロベルトが声を上げる。アルスが感心する。

「地獄耳だな……」

「おっ、集まっておるな!」

「オリベイラ様、おはようございます」

「おう、おはよう!」

 レナの挨拶にオリベイラが応える。アルスがレナに声をかける。

「全員揃ったな、それでは出発しよう」

「ええ」

「い、いや、ちょっと待て!」

 置いて行かれそうになるロベルトが慌てる。

「さて……どこへ向かうんだ?」

 王都を出発してから、アルスが口を開く。

「え? 決めていなかったのですか?」

 レナが戸惑う。

「いや、リーダーの判断に従う」

「リーダー?」

 レナが首を捻る。アルスが頷く。

「ああ」

「ロベルト様ですか?」

「……いいや」

 ロベルトが首を振る。

「え? それじゃあ、オリベイラ様?」

「なんでワシなんじゃ?」

「い、いや、こういうのは年功序列で……」

「えっ⁉」

 オリベイラが驚く。ロベルトが笑みを浮かべながら頷く。

「なるほど、それもアリか……」

「ナ、ナシじゃ! ワシはおぬしらとそこまで歳は離れておらん!」

 オリベイラが太い首をブンブンと振る。

「リーダー不在はちょっと困りますね……」

 レナが顎に手を当てて考え込む。

「リーダーはレナ殿、貴女だ」

「ええっ⁉」

 アルスの言葉にレナが驚く。

「そんなに驚くことか?」

「い、いや、驚きますよ……なんでわたしなのですか?」

「そりゃあ、レナ姉ちゃんが言い出しっぺだからね、このパーティー結成の」

 パウロが笑みを浮かべる。

「え、ええ……」

「発言にはそれなりの責任が伴う……」

 アルスが呟く。レナが戸惑う。

「せ、責任が重すぎませんか……? 剣聖さまたちを束ねるなんて……」

「レナちゃん、お主が引き受けてくれた方が丸く収まるんじゃ」

「わ、分かりました……」

 オリベイラの言葉にレナが頷く。

「それじゃあリーダー、どうする?」

「北門から出てきましたし……北に向かいましょう」

 ロベルトの問いにレナが答える。

「魔族の本拠地に向かうってわけか」

「う……」

 レナが立ち止まる。パウロが首を捻る。

「どうかした? レナ姉ちゃん?」

「い、いや、わたしなんかが、そんなところに行って、どうするのかと今さらながら不安になってきました……」

 レナが俯く。

「……誰かがやらなければならないことだ」

「!」

 アルスの言葉にレナはハッとなって顔を上げる。

「約百年の長きに渡った魔族との争いもそろそろ終止符を打たねばならない……その役割は自分たちが果たす」

「た、頼もしい……!」

「レナ殿もその一員だ」

「は、はい!」

 レナが猫背気味の背筋をピンとさせる。

「シャアアア!」

「きゃあ⁉」

 レナが悲鳴を上げる。目の前に熊のように大きなネズミが三匹現れた。

「へえ、『ラージラット』か……この辺でこんなデカいのは珍しいね。大体『ミドルラット』なんだけどな」

 ロベルトが冷静に呟く。

「いきなりこんな大物に出会うとはツイてるのう!」

「まったくだ、これも聖女さまのお導きってやつかな?」

 オリベイラの言葉にロベルトが頷く。

「い、いや、そんな呑気なことを言っている場合じゃ……」

 レナがブルブルと震える。

「シャア!」

「ひっ⁉」

「ふん!」

「!」

 レナに飛びかかろうとした一匹のラージラットの横面をオリベイラが思い切り殴りつけて吹き飛ばす。吹き飛んだラージラットは動かなくなる。

「~♪ さすが『剛聖』、すげえ馬鹿力」

 パウロが口笛を鳴らす。

「斧使いなよ……」

「拳で殴った方が早い!」

 ロベルトの呟きにオリベイラが応える。

「まあ、仕留めたから良いけどさ……」

「しかし、レナちゃんから狙うとはな、知恵があるのう!」

「確かにね。治癒魔法持ちから狙うのは理に適っている」

「シャア!」

 もう一匹のラージラットがパウロに飛びかかる。レナが声を上げる。

「パ、パウロ様!」

「やれやれ……舐められたもんだね~~♪」

「‼」

「『葬送曲』……」

「シャア……!」

 パウロが取り出したヴァイオリンで悲しげな曲を奏で、その曲を聞いたラージラットは鋭い爪で、自らの喉元を搔っ切って果てた。

「音楽でモンスターを操るとは……これが『楽聖』の力か……」

 ロベルトが感心する。

「シャ、シャア!」

 もう一匹のラージラットが逃げ出す。パウロが声を上げる。

「は、速い! 仲間を呼びに行ったのか⁉ マズいぞ!」

「そう慌てなさん……な!」

「⁉」

 ロベルトが素早く放った矢が、逃げるラージラットの後頭部を射抜く。

「見事な腕前じゃ……『弓聖』と言われるだけはあるのう……」

「野郎に褒められても嬉しくはねえが、一応礼は言っておくぜ……」

 ロベルトがオリベイラに目配せする。

「シャアアア‼」

「デ、デカい⁉」

 先程よりもひと回り大きいネズミの出現にレナが度肝を抜かれる。

「シャアアアア‼」

「ひ、ひぃ⁉」

 レナが怯える。

「仲間呼ばれちゃったじゃん」

 パウロがロベルトの方を見る。

「ちょっと違うな……」

「え?」

 パウロが首を傾げる。

「ああ、親ネズミじゃろう」

 オリベイラが顎をさする。

「親ネズミ……」

「子供がやられて怒り心頭ってか……」

「ロ、ロベルト様、落ち着いている場合では……!」

「レナさん、こういう時は慌てた方が負けだよ」

 ロベルトが笑みを浮かべる。

「し、しかし……!」

「シャアアアアア‼」

「く、来る!」

「『ビッグラット』か……相手にとって不足は……!」

 アルスがゆっくりと進み出る。

「シャアアアアア‼」

「はっ!」

「シャ……アア……」

 アルスが背中の大剣を一振りし、ビッグラットを一刀両断する。

「……あったな」

 アルスは大剣を背中に背負う。

「す、凄い……」

 レナは驚嘆する。それからしばらく歩き……。オリベイラが口を開く。

「……リーダー、今日はこの辺で野営すべきだと思うんじゃが……」

「ああ、はい、そうですね」

「……お腹すいた~」

 パウロが腹をさする。

「! ようやく皆様のお役に立つチャンス!」

「ん? なんか言った、レナ姉ちゃん?」

「い、いいえ! ちょっとお待ちください! って、あれ⁉」

「簡単なもので済まないが……」

 包丁を器用に扱って、料理を済ませるアルスの姿があった。ロベルトが感心する。

「包丁さばきも上手いな、刃物の扱いはお手の物か……さすが『剣聖』……」

「……うん、美味しい~♪ レナ姉ちゃんも食べなよ」

「は、ははっ……わ、わたし要らないのでは……美味しい……」

 レナは苦笑交じりに呟き、剣聖の手料理を食べるのであった。

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