落ちこぼれの聖女ですが、剣聖さまたちから愛されております

阿弥陀乃トンマージ

聖なる邂逅

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 この世界とは異なる世界、『パッローナ』。そこにある『シエラ王国』。パッローナ有数の大国である。建国から千年を超える歴史を誇り、肥沃な国土と豊かな資源に恵まれ、長きに渡って繁栄を謳歌し、平和を保ってきた。

 

 しかし、この百年、平和に陰りが見えてきた。北方から『魔族』が度々侵入するようになってきたのだ。魔族は数千年ぶりに復活したとされる『魔王』の命に従い、シエラ王国やその周辺諸国を侵略してきた。魔族により、各地にモンスターが放たれ、人々は交通や生活を脅かされるようになってきた。

 

 人類側もそれに対し手を打つ。軍を整え、武力を高めるだけでなく、報奨金を出すことによって、民間からも勇敢な戦士たちを集い、魔族迎撃、モンスター退治にあたらせた。

 

 さらに限られたものにしか使えなかった『魔法』の研究を推進、体系化させることに成功。結果、魔法に必要な『魔力』をそれなりの数の人々が有していることが分かり、いわゆる『魔法使い』の育成にもとりかかった。魔法使いの数は飛躍的に増え、軍や民間で活躍するようになった。

 

 人類は魔法使いの亜種とも言える『聖女』の育成にもとりかかった。元々、宗教的行事を司る職業として存在してはいたが、魔族の侵攻が始まるとともに、「女の魔法使い」という性格を帯びるようになった。


 中でもシエラ王国では聖女育成が盛んで、国立の『聖女学院』は、名門として広く知られていた。国中から魔力を持った子女が入学。卒業生の多くは国の仕事に就く。いわゆるエリートを輩出する教育機関としても機能していた。これは、そんな聖女学院の落ちこぼれの話である……。


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「もう一杯!」

 シエラ王国王都の繁華街の外れにある、大衆酒場に若い女性の声が響く。

「その辺にしておけよ……」

 ひげ面の店主は苦笑交じりで告げる。

「にゃんででしゅか⁉」

「酔い過ぎだ」

「じぇんじぇん酔ってましぇんよ!」

「呂律が回ってねえじゃねえか」

「こ、これはつい訛りが出てしまっただけです!」

「どんな訛りだ」

「とにかくもう一杯!」

 若い女性はジョッキをカウンターのテーブルにドンと置く。

「やめとけ」

「やめましぇん!」

「手持ちは?」

「……ツケで!」

「駄目だ」

「そんにゃ~!」

 白いローブを着た女性がテーブルに突っ伏す。

「……レナのやつ、荒れてるな……」

 離れた席の客が隣の女に話しかける。

「駄目だったみたいね」

「え、お勤め、またクビになったのか?」

 男が驚く。ここで言う『お勤め』とは、宮廷や神殿などへの奉職、または有力な貴族に仕えることを指す。聖女学院を卒業したものはほぼ全員がそういった道に進むのだ。

「違うわ」

「違う?」

 男が首を捻る。

「失敗続きでとっくの昔に雇ってくれる物好きなんていなくなったわよ」

「そ、そうなのか……」

「テーブルクロスに足引っかけて転んで、高価なお皿ほとんど割っちゃたし」

「ああ……」

「神殿の厳かな行事で、腐った魚を供物として捧げちゃうし」

「あ、ああ……」

「貴族様のカツラを袖に引っかけて取っちゃって、慌てて被らせたら前後逆だったし」

「そ、それは初耳だな……」

「失敗の連続、職に就ける目はないね」

「花屋とか、カフェの店員とかはどうだ?」

「そういうところでも断られているって話」

「えっ! 噂はそこまで……」

 男が驚く。

「それもあるけど、仮にも聖女さまを民間で働かせるのは畏れ多いとかなんとか……」

「へ、へ~」

「色々大変なのよ」

「悪い娘じゃねえんだがなあ……」

「聖女学院でも成績が良くなかったみたいだからね、すっかり『落ちこぼれ』のイメージが付いてしまったのよ。そこから挽回するのは難しいわね……」

「だからって……」

「もちろん、あの子も次の手を打ったわよ」

「次の手?」

 男が首を傾げる。

「……冒険者よ」

「冒険者?」

 男が目を丸くする。

「ええ、冒険者パーティーに加わり、この国を脅かす魔族やモンスターと戦おうと決意したみたいよ」

「戦えんのか?」

「治癒魔法は使える……」

「おおっ!」

「初級のだけどね」

「おお?」

 男がガクッとなる。

「田舎娘でも使えるレベルのやつよ」

「っていうことは……」

「お察しの通り、三日三晩、冒険者ギルドの目立つ席に座っていたけど、誰一人として声をかけてくる者はいなかったとさ……」

「き、厳しいな……」

「それが現実。どこの誰が自分らの足を引っ張るやつをパーティーに加えるっていうの?」

「う、ううむ……」

 男が腕を組む。

「というわけで、あれが心のポッキリと折れた女がヤケ酒をあおる様子よ」

 女はレナの方に顎をしゃくる。

「だ~か~ら~もう一杯!」

「ダメだ」

「わたしの酒が飲めないと⁉」

「飲まない。大体、うちの酒だ」

「む~」

 レナがぷうっと頬を膨らませて、顎をカウンターに乗せる。

「……もう帰れ。金はちゃんと置いていけよ」

「ぐっ……」

「失礼……」

「?」

 酒場に精悍な顔つきをした若い男が入ってくる。髪型はやや短髪で色は真っ赤である。特別大柄な体格ではなく、平均的な身長。比較的細身ではあるが、筋肉はついていることが服の上からでも分かる。

「な、なんだ、背中にあんなもん背負って……」

 男が若い男の背中を指差す。若い男の身の丈ほどもある大剣であった。

「あ、あの方は……!」

「知ってるのか?」

 男が女に尋ねる。

「間違いない、あの凛々しい顔つき、燃えるような真っ赤な髪の色、細身だけど程よく引き締まった体……『剣聖』のアルス様よ!」

「背中の大剣は?」

「さあ?」

 女が首を傾げる。

「何をもって判断してんだよ!」

「知っているでしょ?」

「あ、ああ……若くして『剣聖けんせい』と謳われるほどの剣の達人だな……しかし、こんな所に何の用だ?」

 男が訝しげに見ていると、アルスと呼ばれた男はレナに近づく。

「う~ん?」

「……聖女のレナ殿だな?」

「あ、ああ、はい、一応聖女やらせてもらっています……」

 いきなり話しかけられたレナは戸惑い気味に頷く。

「貴女を探していた……」

「はい?」

「単刀直入に言おう、自分とパーティーを組んでくれ」

「ええっ⁉」

 アルスの申し出にレナを椅子から転げ落ちそうになる。

「……大丈夫か?」

「な、なんとか……」

「組んでくれるな?」

「え、えっと……」

「ちょっと待った」

「!」

 レナたちが声のした方に目を向けると、優男が酒場に入ってくる。女が声を上げる。

「あ、あの方は!」

「知ってるのか?」

「あの涼やかなルックス、オールバックの髪型。緑色の髪色、やや長身で細い体型、でも両腕にはしっかりついている筋肉……『弓聖きゅうせい』のロベルト様だわ!」

「きゅ、弓聖? ああ、確かに立派な弓矢を背負っているな……」

「え? それは気が付かなかったわ」

「何で判断したんだよ!」

 男はまたも声を上げる。ロベルトと呼ばれた優男がアルスに声をかける。

「抜け駆けは感心しないなあ……剣聖さまともあろうものが……」

「? すると貴殿も……」

「ああ、レナさんに用事がある……」

「え、え……」

「レナさん、僕とパーティーを組まないか?」

「えええっ⁉」

 レナがまたも驚く。アルスがわずかに眉をひそめる。

「横入りは困る」

「順番を待てって? 早い者勝ちだろう」

 ロベルトが大げさに両手を広げる。

「良いこと言うね~♪」

「むっ……?」

 ロベルトとアルスの間から少年がひょいっと顔を覗かせる。

「あ、あの子は!」

「……知っているのか?」

 男が女に問う。

「あのあどけなさが残る中性的なルックス。金髪のポニーテールで小柄な体格……『楽聖がくせい』のパウロ様だわ!」

「楽聖……ああ、手に提げている黒いのはヴァイオリンケースか……」

「え? ああ、そう言われると……あれは楽器ね」

「だから何で判断しているんだよ!」

 男がまたまた声を上げる。ロベルトがパウロと呼ばれた少年に声をかける。

「『楽聖』さまとはいえ、その歳でこんなところに来るのは感心しないね……良い子はもう眠る時間だよ」

「子供扱いするな!」

「すぐムキになるのが子供だ」

「くっ……」

 パウロが唇を噛む。ロベルトがさらに煽る。

「背丈もまだまだお子ちゃまだね~」

「せ、成長期だ!」

「寝る子は育つというぜ。というわけでお休み~」

「ぐっ……」

 パウロが顔をしかめる。アルスが口を開く。

「夜道が怖いなら送っていくが……」

「こ、怖くねえ! っていうか、俺にも用事がある!」

「用事?」

 アルスが首を捻る。パウロがレナの方に向き直る。

「レナ姉ちゃん! 俺とパーティーを組んでくれ!」

「えええっ⁉」

 レナが驚きに体をのけ反らせる。椅子から今度こそ転げ落ちそうになる。

「おっと!」

「あっ……!」

 レナの体を大柄な男が優しく受け止める。

「あ、あのナイスガイは!」

「……知っているんだな?」

「ええ あのいかにも男らしい顔つき。坊主頭に近い短髪で、髪の色は青みがかっている。そしてなによりも大柄な体格。マッチョイズムを体現したようなたくましい体つき……『剛聖ごうせい』のオリベイラ様だわ!」

「ご、剛聖か……たしかに背負っているあの巨大な斧……並の男じゃ、持ち上げるのも大変だろうな……」

「え? 斧? 気が付かなかったわ……」

「……さっきからお前はルックスで判断しているな……」

 男が呆れ気味の視線を女に向ける。オリベイラと呼ばれた男がレナの体勢を戻し、大きな声で語りかける。

「噂の聖女、レナちゃん! ワシとパーティーを組んでくれ!」

「ええええっ⁉」

 レナがさらに驚く。

「返事はイエエエエスか……決まりじゃな!」

「はい⁉」

 オリベイラがレナの手を取ろうとする。

「……ちょい待ち、マッチョマン」

「うん? ワシのことか?」

 オリベイラがロベルトの方を向く。

「他に誰がいるよ」

「なんぞ用か?」

「ああ、強引に女性を連れ去るのが剛聖さまのやり方なのか?」

「そうだ、暴力反対!」

 ロベルトにパウロが同調する。

「い、いや、そんなつもりは……すまん、早とちりだったようじゃ……」

 オリベイラは後頭部を掻きながら、レナに謝る。

「い、いえ……お気になさらず……」

 レナは手を左右に振る。

「うっかり屋さんだな……」

「そんな可愛い感じで片付けなさんな」

 アルスの呟きにロベルトが突っ込みを入れる。アルスが首を傾げる。

「? 違ったか?」

「それはどうでもいい……しかし、参ったねこれは……『聖なる』者たちが四人も揃うなんて珍しいのに、お目当ての女性まで一緒とは……」

 ロベルトが額のあたりを軽く抑える。

「レナ姉ちゃんは俺とパーティーを組むんだ!」

「少年、それは出来ない相談だ……」

「うっ……!」

 アルスの鋭い眼光に気圧されたパウロがオリベイラの体に隠れる。

「がははっ! その威圧感、噂の剣聖殿か! ならば……」

 オリベイラが両手を組み、指の骨をポキポキと鳴らす。アルスが身構える。

「やるか?」

「お、俺も忘れるな!」

 パウロが声を上げる。

「その方が話が早いか……」

 ロベルトが真剣な顔つきになる。酒場に緊張感が走る。

「え、えっと!」

「‼」

 声を上げたレナに注目が集まる。レナはひと呼吸おいてから話し出す。

「……提案なのですが、五人でパーティーを組みませんか?」

「⁉」

「……『剣聖』、『弓聖』、『楽聖』、『剛聖』がお揃いならば、こんなに心強いことはありません。御国を守ろうとする志は同じはず……い、いかがでしょうか?」

「「「「……異議なし」」」」

 四人の男がレナの提案に揃って頷く。『聖なるパーティー』が結成された。

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落ちこぼれの聖女ですが、剣聖さまたちから愛されております 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji

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