『凶星』と『鳴王星』の激辛探訪
サンライズフェスタ中央決戦が終わり、三日が経った頃でした。
「…………………はぁ」
私は、アイラ剣術学院高等部の教室でため息を吐きます。広大な敷地を持つこの学園の中に居ても、聞こえてくる話題に辟易としているんです。
「ねぇ見て、凄くない!? 『凶星』ペアって地方本戦で『蠍座』ペアにも勝ってたんだって!」
「僕は、地区予選で完全試合を成し遂げたというニュースを見た時から目を付けていたよ」
「いやいや、絶対ただのまぐれでしょ。てか『一番星』様の記録邪魔されてムカつく」
「でも、最後の直接対決では完全に『凶星』ペアが上回ってたくない? 凄かったよね『巨星』」
「いいや、フォーカスすべきはあの状態で『一番星』の弾幕を凌いでいた『凶星』だろう」
「はぁ? そもそも『一番星』様は殿堂入り達に囲まれた後で消耗してたし」
昼休みも終わりそうだというのに、絶え間なくクラスメイト達が議論しています。ドゥヘイブンの街は、今ではどこに行ってもこの状態。ただ全体的に見ても、『凶星』ペアの勝利は受け入れられているように見えます。
まあ、最後の直接対決を制したのは事実ですし、『一番星』も決戦後のインタビューで新しいジ・ヘリオスを讃えていましたし。
それが、とてつもなく。
………………気に食わない。
勿論、私も研闘師です。先日の中央決戦にだって出場した号持ち。『凶星』ペアとも戦い、敗北を喫して、彼女たちの強さは本物だと体感しています。
しかし……それを認めるのは、非常に癪と言うか、なんというか……。
そうして苛々と窓の外を眺めていると、ふと声を掛けられました。
「ねぇ、シェリイちゃんはどう思う?」
先ほど話していた三人組のクラスメイトの一人です。いつも明るく快活ですが、少し空気が読めない所があり、だからこそ堂々と物怖じしない所が印象的な女の子。
「何の話ですか?」
「『凶星』ペアのことだよ! やっぱり凄いよね? 『凶星』さんとか殿堂入り並みって言ってる人もいるし……シェリイちゃんでもあんな負け方しちゃったもんね」
「ぐっ」
「ちょいちょい、あんた馬鹿なの!? 中央決戦から明らかにテンション低いのに追い打ち駆けてあげなさんなよ!」
「ふっ、落ち込むことは無いよシェリイ。あの場面で『凶星』ペアに唯一詰め寄れた勇士、僕は気付いているから」
どいつもこいつも喧しい。お願いだから掘り返さないでほしい。死ぬほど悔しくて叫びたくなるから。
だなんて感情は、まあ表には出しませんが。
「……まあ、運も実力の内と言うんではないでしょうか」
表情筋に力を込めて、ポーカーフェイスを制御しながら答えます。
「確かにその通りだね。そして、その訪れた運を最大限生かすことこそが実力だとも言える。その点で言えば、彼女たちはそもそも試合の流れを自分達から作り、何度も修正しながら勝ち筋を掴んだと言える」
「なぁにをかしこぶってんのよ。大体、『一番星』様が最後直接対決なんてしてあげなくて、ドン引きしながら戦ってたら負けるこ、と……は……」
「あ、その感じは『一番星』オタクとして『一番星』様はそんな格好悪いことしない、って気持ちと、そうすれば絶対負けずに八連覇出来たのにって願望の葛藤だね?」
「なんでこんな時だけ鋭いのよあんたは!」
「いや、君がわかりやすすぎるだけだろう」
「……皆さん、本当に仲が良いですね」
いつまで経っても駄弁り続けるこのクラスの三馬鹿に囲まれつつ話していると、ふと尋ねられました。
「そういえば、シェリイちゃんって『凶星』ペアの連絡先とか知ってるの?」
覗き込まれるようにして尋ねられ、私は間髪入れずに答えました。
「知りませんよ。一度戦ったというだけで、そういう仲ではありませんので」
「そっかぁ。じゃあ先輩達に聞いてみるかなぁ」
「なんでそこで先輩達が出てくるのよ?」
「だって、『巨星』さんって元々ここの中等部に通ってたみたいだし。学内フェスタも優勝してるみたいだよ」
「え、そうなの!? 全く無名って触れ込みじゃなかった?」
「在籍期間が約一年のみで、暴力事件を起こして退学したという話だね。ただ、その相手があの品の無い西のボンクラどもだからね。大方、ひんしゅくを買ってしまったんだろう」
西のボンクラというのは、私達の一つ上の学年で悪い噂ばかりがある先輩の一味のことです。西方の大家の出ということですが、威張り散らしているのに実力は全くない厄介者達ですね。
そうして、また別の方向へと会話が転がっていきそうになったその時。
ぷるぷるぷる、と机に置いていた私のデバイスが震えました。
「おっと、呼び出しかい?」
学生という事で、号持ちであっても私はアイラ剣術学院所属の研闘師なんです。なので書類上は中央本部にも仮で二重在籍していて、号持ち資格を得ている状態になるんです。
なので、偶に出動命令が届く事もあるんですが……。
デバイスの画面を確認すると、そこに表示されてあった名前に辟易とします。
「…………そうみたいですので、ちょっと失礼しますね」
そうして〝嘘〟を吐き、クラスから出ると、人気のない渡り廊下で着信に応答します。
「…………………何の用ですか? 平日の昼間に連絡してくるとか何考えてます? 学校なんですけど」
『おっと、そうだったか。悪い、そういうやお前そうだったな』
電話をかけてきた『凶星』さんは悪びれもせずにそう言います。
まあ、そうなんです。私本当は、この方の連絡先を知っているというか……知ってしまったというか。決戦後にこの人が声をかけてきて、「リベンジしたくなった時呼び出しやすい方がいいだろ? それとも、今に見てろってのは冗談だったか?」と煽られてしまい、気付いたら連絡先を登録していたんです。
『まあすぐ終わる話だからよ。アタシら明日帰るんだが、今晩飯でもどうだと思ってな』
「はぁ? なんで貴女なんかと。私に嫌われてるのわかってますよね?」
『まぁ、つってもアタシはお前のこと割と好きだしな』
「はぁ? 何を気持ちの悪いことを、」
『それに、ラファロエイグとアラランが飯食いに行くっつうし』
「はぁああっ!?」
思わず叫んでしまうと、『凶星』さんは呆れたみたいに言いました。
『うるせぇよ』
「しょうがないでしょ! そんな、今すぐ邪魔しに行かないと!」
『待て待て待て。あいつらの関係性知ってんなら、一回くらいゆっくり飯食わせてやりゃあいいだろ』
「それは……」
私だって、先輩とラファロエイグさんの関係は知っています。なんなら彼女たちが決別した時には、既に一つ下の下級生として先輩のおっかけをしていましたし。
だからこそ、先輩があの一件でどれだけ傷付いて自分を責めたかも、どれだけ努力をしたのかも知っています。
もちろん……中央決戦が終わり、清々しく殻を脱ぎ捨てたような今の先輩の様子にだって。
私と、ずっと一緒に戦ってくれると言った先輩の、ようやく過去ではなく未来に向けられた蒼い瞳。
そんな先輩が、望むのなら……。
『まあ、愚痴くらいは聞いてやるからよ』
その一言が後押しになりました。
「……仕方がないですね」
『おう、何食いたい?』
「辛いのがいいです」
『いいな、アタシも辛いのは好きだぜ。そういや、街の下調べしてる時に激辛のとこ見つけて気になってたんだ。そこ行くか』
「なんで辛いの好きなんですか。貴女と同じ味覚なんて最悪です。やめてください」
『無茶言うなよ……』
そうして何時に何処集合だとか、そういう簡単な約束も済ませると、放課後に約束通り落ち合って激辛料理を食べました。黒色の麻婆豆腐やら鍋やらです。最悪なことに好きな辛さの度合いもぴったりみたいで、私もその場の流れで料理をシェアなんてしてしまいました。
……料理は、まあ、とても美味しかったので。
「いやぁ、美味かったな。辛ぇのって同じくらいの好きな奴全然いねぇけど、まさかこんな所で出会うとは」
「……確かに。辛いの好きって言っても香辛料系かどうかだったり、辛味の度合いだったり、あんまり一緒に食べられる人がいないというか……」
「だよなぁ。だから、すっげぇ楽しかった。やっぱ飯は人と食うに限るぜ」
そうして、『凶星』さんは屈託なく笑いかけて来ました。
「また行こうぜ。ここでもいいし、別の所でもいいし。良さげな所があったらシェリイも教えてくれ」
なんだか毒気を抜かれるほどに素直な笑顔です。まっすぐで、そして強靭で。こちらの悪意なんて完全に受け止めて笑い飛ばしそうな度量の深さ。
「……仕方がないですね」
それから定期的に、互いに出張先や街角で見つけた激辛料理のお店をシェアするようになったのは不本意としか言いようがありません。
本当、むかつく人です。
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