27話 モランジェ

《さあ皆様お待ちかねの、第九百三十二回サンライズフェスタ中央決戦開幕まで十五分を切りました! ここまで全二十五組五十名の出場者をご紹介しましたが、いよいよ最後はやはりこの方! 中央協会主席にして、八連覇という大偉業に王手をかけた『一番星』のプルトニー!!! 初代ジ・ヘリオスである『太陽』と、五百年前の大英雄『盈月』のみが達成したというこの大偉業が成される光景を、我々は今宵目撃することになるのか!》

 初めて訪れる中央都市ドゥヘイブンの選手関係者用ホテルにて、わたしが信奉する名物実況者兼殿堂入り研闘師『月面』さんの直前特番を見上げます。エントランスロビーに設置された巨大モニターの前には百人近い選手関係者が詰めかけていました。

 その輪の最後尾で、息を呑む。

「これから、本当に……ラファロエイグちゃんと、ジャーニーちゃんが……」

 呟くと、隣に立っていたロンズちゃんが呆れたみたいにため息を吐きました。

「おまえが緊張してどーすんだよ。こうやって応援とサポートについてきて、出来ることはもう全部やった。なら後は黙って見るだけだぜ?」

「それは……そうです、けど」

 巨大モニターからは、『一番星』様のことを猛烈な熱量で、けれどもわかりやすく要点を纏めて紹介する『月面』さんの喋りが聞こえます。毎年一言一句聞き漏らすことがない、私が一番大好きな実況者の言葉と、一番尊敬する研闘師のプロフィール。 

 でもそのどれもが、全く耳に入ってきません。

 俯いてしまうと、ぽろりと口の中から言葉が零れ落ちました。

「わたしは、ここで……何をしているのでしょうか」

 両の掌を見つめます。零れ落ちた透明な言葉が、指の間を抜けて滴り落ちていく。胸がざわつく。こんなのらしくない。わたしみたいな、凡人にすら及ばない出来損ないの研闘師が抱いて良い感情じゃない。わかっているはずです。

 でも、なぜだか溢れて来るんです。

「初めて、この中央都市ドゥヘイブンに来ました。あのお二人が連れてきてくれた」

「念願が叶ってよかったじゃねーか」

「叶えたんじゃないですよ。叶えて、もらったんです。わたしはもうっ、とっくに、諦めていましたから。わたしなんかじゃ中央決戦はおろか、地方本戦にさえ勝ち上がれない。そう決めつけて、眺めているだけで十分だって、自分を納得させて……。この一年間、ラファロエイグちゃんとジャーニーちゃんのお手伝いをしてきて、二人が真剣に、本気で、何が何でも勝とうとしているのを一番間近で見てきて……二人がここまで辿り着いた所を目の当たりにして、なんだかわたし、凄いなぁって思うのと一緒に……最初から本気で戦おうとしなかったわたしなんかが、思っていいコトじゃないはずなのに……どうしても、思っちゃって……」

 丸眼鏡を持ち上げて、涙を、言葉を、押しとどめようと顔を覆います。

「いいなぁって……悔しいなぁって……なんでかわからないんですけど、なんか、胸の所が、痛くて……なんでわたしは、戦ってないんだろうなぁって……」

 研闘師への愛ならば、研闘への知識の深さなら、誰にも負けるつもりはありません。でもそれが剣の腕や実力ともなると、途端にしおれてしまう。そんな自分が情けなくて、惨めだ。

「……そりゃ、お前が賢いからだろ。根も葉もないことを言えばな、何事にも才能ってやつが絡んでくる。お前に戦う才能がないことなんざ、誰よりも研闘師に詳しいお前自信が一番理解してるってだけの話だ」

 ロンズちゃんは気だるげに、壁一面に取り付けられた巨大モニターを見上げています。

「勿論、じゃあ才能がありゃ全部が上手くいくともいわねーよ。そりゃおれも、あの二人を一年間見てきて思った。ラファロエイグにも、ジャーニーにもこの舞台に立つ才能はあったはずで、でも一年前は二人とも腐って、荒れていた。才能だけじゃなくて、有体に言えば運命ってやつも絡んでくるんだ。そいつがどこにいて、何をしていて、誰と、何があったのか。そーいうのが全部噛み合ったうえで、あいつらみてーに血が滲む程、寝ずに研究したり、ぶっ倒れるまで毎日鬼ババアに挑みかかったりして、ようやく土台が出来上がる」

 紫色の長髪の下。そばかすが浮かぶニヒルな頬の上。細められたロンズちゃんの眼差しは、あまりにも空虚でした。

 彼女の過去はわたしも知りません。どれだけ調べたって一切情報が出てこないんです。一方で、この一年間でわかりました。

 ロンズちゃんの実力は底知れない。エアリィ支部長とジャーニーちゃんの本気の剣術訓練に彼女が付いていけていたのを見て、四年間も一緒に居たわたしとラファロエイグちゃんは唖然としました。

 だってつまりそれは、号持ちの中でも屈指の剣術を持つジャーニーちゃんと、そんな彼女をあしらう程の規格外の剣の腕を誇るエアリィ支部長について行けるということは。

 ロンズちゃんは、〝号持ちにも匹敵する水準の実力を持っている〟ということで。

 だけど今の話を聞いて思います。空虚な響きの言葉。怠惰に塗れた、彼女の眼差し。

 きっとロンズちゃんには才能があっても……運命が、傾かなかったのかもしれません。

「やっぱり才能だけじゃねーんだよな」

 彼女の眼差しの先では、『月面』さんが『一番星』様のプロフィール紹介を締めくくる。

「そこまでして、あの二人でようやく〝分が悪い勝負に出られる〟程度だ。上には上がいる。才能なんてのは持ってたら一番になれるもんじゃねぇ。持ってて初めて、一番になるための戦いに参加できる資格なだけだ」

 そしてロンズちゃんはどこか空虚に、でも酔狂そうに笑って、泣きじゃくるわたしの頭を撫でてくれました。

「んで、お前はそんなぎりぎりのあいつらに知識と知恵をくれてやった。断言するぜ。モランジェが網羅している情報が無かったらあいつらは勝ち上がれてなかった。お前の考察がラファロエイグの判断を助けて、お前の研究がジャーニーの剣の鋭さを磨いたんだ」

 わたしの涙を拭ってくれると、ロンズちゃんは当たり前みたいに言いました。

「つまりお前は、自分の力でここに居るんだ。だから胸張って応援して、楽しみゃいいんだよ」

「……はいっ」

 二人で改めて直前特番を見上げます。するとそこでは最後に、『一番星』様のビデオレターが流される所でした。

 映像は中央協会のエントランスホールで撮られたものらしいです。お城みたいな、宮殿みたいな装飾の内装のど真ん中で、七つの王冠があしらわれたデザインの玉座に『一番星』様が深く腰掛けています。

 その風格たるや、もう同じ人間だとは思えません。一本一本が芯から純金で出来ているみたいな輝かしい長髪と、怜悧で龍のような絶対的な存在感を誇る金瞳。四肢が長い完璧なプロポーションを包む軍服じみた協会制服は威厳と覇気に満ち溢れ、映像越しでさえ気圧されてしまう威圧感が伝わる。

 毎年恒例にもなっている、『一番星』様の開戦宣言。百人近い周囲の人間が息を飲む気配がします。

『巷では、八連覇の偉業、と持て囃されているらしいが』

 足を組み替えて語り出した『一番星』様は、退屈そうに冷めた瞳で斬り捨てました。

『私は、そのようなものに興味はない。無論、かの偉大なる『太陽』と『盈月』は敬服している。されど、私にそこに並ぶ資格はないと思っているんだ。何せ、偉業というものは困難を成し遂げてこそ誇れるものだろう?』

 そうして彼女は、見下すように顎を上げてカメラを……私達を見ました。

『私にとってここ数年、実につまらない戦いが続いている。〝勝って当たり前〟の決戦で、赤子の手を捻るようにどれだけ勝ち星を積み上げたとて、そのようなものをどうして誇れる?』

 その瞬間、街全体を揺るがす程の歓声が聞こえてくる。選手関係者用のホテルのエントランスロビーでも、様々な緊張や、怒りや、畏怖が入り混じる。観客や関係者でこれなら、今街に出ている出場者達は更に気を煽られていることでしょう。

『よって、例年通り私は一人で戦う。初期配置は中央協会の屋上だ。逃げも隠れもせん。死にたい者から────〝私を斃すという偉業を成したい〟者から、かかってこい』

 毎年、『一番星』様はこうやって出場者や観客を盛大に盛り上げてくれるのです。

 ただ言っておくならば、決して現代の他の研闘師様方が力不足というわけではないのです。

 むしろその逆。『一番星』様を筆頭とした二十代から三十代の今の研闘師主力世代は、金色の宝剣を扱う『一番星』様を大看板に、〝黄金世代〟と呼ばれるほどの歴代でも屈指の実力者が犇めいているのです。

 この七年間、『一番星』様がいるからこそ一度たりともジ・ヘリオスに輝けていない彼女たちは、他の時代に生まれていたならば一強たりえた強者ばかり。

 そんな圧倒的な『一番星』様と、彼女を追随する遥かな黄金の世代に、これからラファロエイグちゃんとジャーニーちゃんは挑むのです。

『この決戦が、私にとっても偉業と成ることを期待している』

 そんな『一番星』様の言葉を最後に録画映像が切り替わり、実況席が映し出されます。『月面』さんが興奮冷めやらぬといった表情でマイクを握り、画面上に映し出されたカウントダウンタイマーを示します。

 丁度一分を切った、開戦までの残り時間を。

《さあ、後は見届けるだけです。皆様こそが歴史の証人。この世紀の大決戦を目の当たりにできる幸福を噛みしめましょう。そうして今宵、伝説を目撃するのです! 絶対王者の偉業か、無冠の帝王達の意地か、はたまた彗星の如く現れた新世代が起こす革命か! この天雲大陸を照らす、十万を超える研闘師達の頂点を決める最終決戦! 今宵、この夜に閉ざされた世界を救う二つ目の太陽と成るのは誰なのか!》

 刹那、タイマーがゼロに切り替わる。街中で開幕を告げる花火と鐘の音が、盛大に弾ける。

《第九百三十二回サンライズフェスタ中央決戦、開幕ですっ!!!!》

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