第39話 駆け落ち その1
春葉と一緒に家を出たのは日が沈んでからだった。
あと一時間もすれば、俺の両親が帰ってくる。その前に、身の回りにあった生活物資をカバンに詰め込み、持っていた現金をかき集めて飛び出したのだ。
戸惑いはあったし躊躇もあった。家を出てからの行き先も当てがない。歩道を黙って歩いている今も、これでいいのかという迷いは消えない。
だが春葉の決心が硬いのは明らかだったし、ここで拒んで春葉が自暴自棄にでもなったらと思うと、この選択しか方法がなかったのだ。
住宅街を抜けて、港南中央駅にまでやってくる。帰宅客で混雑している中、切符を買おうと販売機の前に並ぶと……。
「冬也君」
春葉が俺のシャツを掴んできた。
「電車に乗る前に行きたいところ、したいことがあるの」
正直な気持ちを吐露したという春葉の声音に、俺はたずねる。
「行きたくて……したい?」
「うん。ずっとずっと冬也君のことを想ってて、ずっと夢見てたこと。結局冬也君は優しいから私の我が儘に付き合ってくれたんだけど、ならこの際だから無茶を言っちゃおうって思って」
「わかった」
春葉の考え、希望はわからなかったが、今の段階で断る理由もない。
「ありがと」
春葉が淡く微笑み、俺はその春葉に連れられてネオンサインが煌めく駅前繁華街に入り込んだのだった。
「ここ」
歓楽街のさらに奥、風俗街にまで進んで、春葉はある建物の前で立ち止まった。紫の照明に彩られた艶美色の中層ビルで、入口がわかりにくく隠されている。周囲には同種のビルが数店立っていて、学園生の俺にでもすぐにわかる。
したいことがあると言って春葉が俺を連れてきたのは、大人向けの特殊な宿。ラブホテル……だった。
◇◇◇◇◇◇
春葉は全く躊躇することもなくタッチパネルから部屋を選んで、カードキーを受け取る。それからエレベーターで上階に昇って、部屋に入った。
中心に置かれた大きなベッドとピンクの色彩に、気持ちが自然と高鳴ってくる。というか、俺は既に興奮を押さえられなくて、心臓がドクンドクンと脈打っている。
「冬也君。先にシャワーを浴びてきて」
春葉の声音うながされ、そのまま言われたとおりにシャワーを浴びた。
浴室から出て、腰にタオルを巻いた姿でベッド淵に座ると、「じゃあ私も浴びてくるから」と入れ替わりに春葉がシャワー室に入ってゆく。
そして待つこと十分。ぎぃと、その浴室の扉が開いた。
身体にバスタオルを巻いた春葉が、いいお湯だったと髪を拭きながら出てきた。
湯気を立てている春葉の白い肌。見ているだけで心臓が脈打って、頭の天辺にまで血が上ってゆくのがはっきりとわかる。
春葉が、すっと隣に座ってきた。そして、その素肌を俺に絡めながら首に腕を回してくる。
「冬也君。ここに来たのは、冬也君と結ばれるのがずっと夢だったから」
「それは……」
火照って上気した顔の春葉。肌の艶めかしい感触と熱が伝わってきて、俺の中で獣が暴れまくっている。未だに迷いはあるのだが、その理性の灯火は消えかかる寸前だ。
「でもする前に一つだけ答えて。私のこと、本気で好き?」
春葉が、その火照った顔で聞いてきた。
「好きだ。本気で好きだ。それは間違いない。けど……」
言い終わる前に、春葉が唇を重ねてきた。甘い匂いと柔らかい肉感。情熱的に口内を蹂躙されながら、でもこれは……これは駄目だ……と、溶けかかっている最後の理性を振り絞って、俺は春葉を引き離した。
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