「ん……手紙は……？」

　紙に手を伸ばして風に煽られ地に落ちたと思った。どのくらい経ったのか。フィカは自分の背中、長衣越しに冷えた地面を感じた。次第に感覚が戻り、力んだ右手の中に紙の感触を覚える。

　それにほっとしたら、身が重いのに気がついた。

　うっすら目を開けると、眩しいはずの太陽はなく、視界が暗い。

　というか、腰あたりに自分のものでない手がある。

「うきゃぁ何してんのよ！」

　飛び起きてフィカはヴァイオリンを抱きしめた。突き飛ばされたウェネが尻餅をつき額を摩る。額にはヴァイオリンのスクロールがぶつかった赤い跡がくっきりついていた。

「いったぁ……落ちてくるから焦って受け止めたってのに……風停止魔法使いながらだったから失敗して箒ごと落ちたけど」

「え、う、ごめん」

　フィカはウェネの額に手を伸ばしかけ、すぐに止めた。しかし思い直して、速くなる鼓動を必死で無視してそっとウェネの肌に触れる。死神の体温は低く、触れれば冷湿布と同じ効果がある。

「……ありがと。ごめん」

「いいよ無事だったし。でも標的は……」

　ウェネが魔法で風を止めたおかげで、いまは何事もなかったかのように西陽が心地よく二人を照らす。

　見上げると観覧車はゆっくり回転を続けている。視線を地面へ戻せば、標的と男性が観覧車から降りるところだった。

「ねえ」

「あれぇ？」

　様子がおかしい。

　女性は泣いているのか、目元に何度もハンカチを当てているのだが、男性は笑っている。しかも困ったというより少し嬉しげに女性を慰めているのだ。

　さらに、さっきは指先すら触れてなかった二人の手がしかと繋がれていた。明らかに恋人同士の図である。

「あ、使役魔」

　先ほどの使役魔の一団が観覧車の向こうにいた。彼らはその先に並ぶ娯楽施設の柵を次々に超えていく。そして最後の一匹も——フィカとウェネを一瞥し——柵の向こうに姿を消した。

「何だぁ？」

「ねえ、この手紙って」

　ぼうっと使役魔を見送ると、フィカは手の中の手紙に目を落とす。握り締め皺ができた封筒は切れてしまっていた。中から注意深く紙を出して広げると、ウェネも覗き込んだ。

　達筆の文面に目を通して、二人は顔を見合わせた。

「とりあえず、これ」

「返そうか……」

　ほぼ同時に言うと、ウェネが杖の先を手紙に当てる。薄黄色の紙は宙を飛び、女性と男性の上を一回巡ってから、ひらりと地に落ちた。

　女性が驚嘆と歓喜の声を上げてそれを拾うのを見届けて、ウェネとフィカは姿を消した。

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