晴れさせ続けて天野さん!

野々宮 可憐

第1話ㅤ晴れさせ続けて天野さん!

 日本において、晴れの日は年間の7割を占めるらしい。しかし、そんな常識は俺らの町には通用しない。全ては彼女の気分次第だからだ。


 今の空は絶好調の美しい快晴。早起きができたのだろうか、朝ごはんが美味しかったのだろうか。なんにせよ気持ちがいい天気である。


 カラリ、扉が開いた。件の彼女が登校して来たらしく、一気に女子が騒がしくなって男子がソワソワしだす。彼女はするすると話しかけてくる人を躱して、俺の隣の席に、スクールバッグを置いた。


 彼女の虹を閉じ込めたような鮮やかな瞳と目が合う。機嫌が良いという俺の予想は的中したらしく、彼女は満面の笑みで言った。


「空本さん! おはようございますっ!」


「おはよう、天野さん」


 隣の席の、長い白髪を揺らす美しい少女──天野あまのななさんは、俺らが2年に上がった4月にいきなりこの学校へ転入して来た転校生だ。初日はそりゃあもうとんでもない騒ぎになった。転入生というだけでも話題になるのに、それがアニメのような容姿を持った美少女なんて、学校をあげた祭りになるのも無理は無い。


 うちのクラスに入学したばっかりであろう1年まで集ってきたのは流石に参ったけれど。


 あれから1週間経った今はまぁマシというか、少しは落ち着いた。まだまだ休み時間の度に隣の席が騒がしくなったり、うちのクラスを覗く奴らは絶えないけど。


「天野さん、今日なんかあった? 嬉しそうに見えるけど」


「えっ! 分かっちゃいました?」


「まぁ、分かるだろ。こんなにいい天気なんだし」


「あぅ……。そうですよね……。今日はですね、一限の英語で単語テストがあるじゃないですか。あれの対策がバッチリできたんですよ!」


 天野さんは薄い胸を張った。この一週間で分かったことの1つ。天野さんはかなり単純な人だ。まぁ、テストへの不安が無くなると気分が上がるのは分かるけども。


 窓の外を見る。雲は少しある程度の綺麗な晴れだった。続いて天野さんの横顔を見てみる。女子友達と談笑していて、楽しそうだった。俺は、恐らく誰も知らない天野さんの秘密を知っている。ひょんなことから知ってしまった、とんでもない天野さんの力のこと。


 天野さんの感情と天気は繋がっている。


 冗談だろうと思っていたけれど、目の当たりにしてしまったんだからどうしようもない。天野さんが喜ぶと晴れて、悲しむと曇ったり雨が降ったりするらしい。その範囲も規模も未知数だそうだ。


 再びノートに視線を落とそうとした。その時、視界の端っこにこちらを軽く睨んでいるような、そんな視線を感じた。そして、この一週間で分かったことのもう1つは、天野さんには少々過激なファンがいるらしいということだ。


 本来の俺なら、こんな話題の中心人物かつ人気者の天野さんを避けるだろう。だって敵を作りたくないし。それでも、俺は天野さんと関わるのをやめない。やめたくない。理由は俺の煩わしい特性にある。


 昔から、天気が悪くなると決まって体調を崩すのだ。一瞬でも暗雲が空を覆うと頭痛がしてくる。低気圧とかその辺を疑った時期もあったか、原因不明だ。かなりの重度で、去年は何度保健室のお世話になったかわからない。天野さんが笑ってさえいれば、少なくともこの辺りの天気は良くなるらしい。つまり、ご機嫌でいて頂かなければならないのだ。


 ぼーっと頬杖をついて、天野さんが消えた廊下を見る。その時、急に後ろから肩をを組まれた。


「晴彦おはよ。なになに? お前も天野さん気になる感じ?」


 衝撃でシャーペンがブレて、ノートに乱雑な黒い跡がついてしまった。ちっちゃく溜息をついて、その陽気な声の主──雨宮あまみやすばるの顔を見る。

 

「おはよう昴。そんなんじゃないって……。お前こそ、天野さんのこと気になってるんじゃなかった? この前フラれてたし今フリーなんだろ?」

 

「そりゃとんでもないくらい可愛いし、気になっちゃいるけど。ほら、俺の席って天野さんの前の席じゃん? 騒いでる奴らを見て冷めたって言うか、ほとぼりが冷めたらアタックするかなー」


「結局アタックはするのかよ。まあ、昴ならほとぼりが冷める前に新しい彼女ができそうだけどな。とっかえひっかえしてるし」


 そんな褒めるなって、と昴はニカッと笑った。嫌みのつもりだったんだけどな……。こういうところは小学校の頃から変わらない。金髪に染めたりピアスを開けたりと年々チャラチャラが増してはいるけど。なんでこいつモテるんだろ。


「んで何してんの? 勉強? 相変わらずまじめ~」


「まあ優等生なんで。そして教えてやるよ。今日の二限の数学は小テストだ」


 わざと意地悪く笑って言ってみると、爽やかフェイスが一気に歪む。嘘だろ。


「え? 本当に忘れてた感じ? 前回の授業で先生がご丁寧に3回繰り返して忠告してたし、連絡黒板にも書いてあるけど?」


「数学の授業って子守歌だろ……? 俺置き勉してるから連絡黒板なんて落書きだし……」


 「この馬鹿今すぐ勉強やれ!」


 ひいひい言いながらテスト前に泣きつかれるのは恒例行事だが、高2にもなったんだからそろそろ自立して欲しい。心を鬼にして叱ると、ぐすぐす泣き真似をしながら斜め前の席に戻っていった。それとほぼ同時に天野さんが友達と教室へ帰ってくる。もうすぐホームルームということもあって、天野さんの机周辺に人はいなかった。これで気兼ねなく話しかけられる。軽く溜息をつく天野さんと目が合った。


 「天野さん、なんというか人気者だね。どう? 調子は。天気を見る限りは良さそうだけど」


 「すごく楽しいですよ。慣れてないので、ちょっと疲れますけど」


 えへへ、と苦々しく笑う。天野さんは色々と謎な人だ。どこから来たのかとか、転入の理由とか訊いても答えてくれない。どんな人が問い詰めたって、この一週間何も口に出さなかった。もちろん、己の天気の力だって俺以外誰にも喋っていないらしい。まあ、俺が知ってしまったのは本当にほぼほぼ事故だけれども……。そんな隠し事が多い天野さんのことだ。会話にも結構気を遣うんだろう。


 天気の力のことについては他言無用だと本人から言われた。バラしたら雷を落とすとの脅し付きで。天野さんの力を知った以上冗談に聞こえないので、まだ命が惜しい俺は大人しくそれに従っている。それに、二人だけの、人気者の美少女との秘密だ。優越感があるのは否めない。しかし、天野さんは空模様を除いたとしてもめちゃくちゃ顔や態度に出るのでわかりやすい。ババ抜き絶対弱い。俺が隠してたとしても、いつまでもつだろうか。


「空本さん、勉強してるの偉いですね! どの教科ですか?」


「ん? ああ、数学。ほら、今日小テストがあ、る」


 なんだろう。頭が痛くなってきた気がする。天野さんの顔が青くなっている。振り返って、窓の外を見た。さっきより、灰色の雲が多くなっているような……。


「小……テスト……。数学、の……?」


「えーっと、もしかしてだけど、もしかしてだけどね? ……忘れてたり……?」


「単語テストに気を取られちゃって……」


 嘘だろ天野さん。唖然としていると、窓際にいた派手な女子の話し声が耳に届いた。


「なんか急に天気悪くなったくない?」


「体育どうなんのかなぁ。体育館でバスケだったらアツくない?」


「いやスポーツテストになるでしょ。シャトルランだる」

 

 空模様にも、天野さんの表情にも暗雲が立ち込めている。俺の頭痛はだんだん強くなってくる。まずい、非常にまずい。このままではテストに支障が出る。


「テスト出るところのメモあるから! 今からやれば間に合うから! だから気を落とさないで!」


 本当に、いつまでこの力のことを隠せるのだろうか。あの窓際の女子たちが今の天野さん見たら結構まずいんじゃないか。まぁとりあえずなんでもいいから


ㅤ晴れさせ続けて天野さん!!!

 


 


 

 

 


 


 

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