心や体や愛だとか、そういう「いのち」の喰らい方

ときもんめ

プロローグ - 連綿と紡ぐ歴史を繙く

 遥か昔───ヒトという生命が未だ存在し得なかった、神話のとき。原始生物が大陸を跋扈し、豊かな自然に包まれながらのんべんだらりと生を謳歌していた時代。


 突如として爆誕した上位存在モンスターによって、穏やかな世界は一変し、波乱の時代が幕を開けることとなる。


 当初は、土地や食料や物資争いと言った砂粒ほどの規模の小競り合いだったものが、徐々に徐々にと戦地を拡大し、階級という残酷な制度を生み、軍や国家を形成し、いつしか原初の超常生命体、「幻獣」をも呼び覚まし、それはそれは──…


 さて、幾星霜の時を超えて、果てなく続くと思われたこの戦争は、激動の地に降り立った何者かの手で終わりを迎える。


 あまねくモンスターを束ね、各地を統一し、永久とこしえの座を一夜にして築き上げた彼の者は、自らを「魔王」と名乗り、覇を唱えた。奴は恐怖による支配主義者である反面、実に聡明かつ冷静な人物だ。モンスター共の抵抗に次ぐ反乱を未然に防ぐべく、主要な土地に指導者を置き、それぞれに国家を築かせ、己はその頂点に立った。


 こうもされてしまっては、モンスター共に成す術は皆無である。魔王の執り仕切るまつりごとに意見した者から順に抹消される。

 やがてモンスター間で互いを監視する悪習が蔓延るようになり、尻尾を出した者は情け容赦なく上へ密告され…あとは前述の通りだ。


 さらに魔王は、国家間での団結を断ち切るべく、一大陸一都市を基準として、大陸を分割した。

 国境のような生半可なものではない。文字通り、割ったのだ。

 物理的な干渉は不可能。故に、それぞれが独立して活動するようになった。


 かくして、魔王の謀略により、この世界はいくつかの大陸に分断されるのだった。



 気の遠くなるほどの時が流れ、世界に名を轟かせていたモンスターたちに次ぐ、新たなる生命体が産声を上げる。


 「ヒト族」


 現代の人間、その祖先にあたる者たち。彼らは自然界の生き物から独自のルーツで進化を遂げ、複雑なコミュニケーション等、叡智の結晶を顕在させた生物だ。


 しかしそんなヒト族も、モンスターの前では無力に等しかった。


 国家に捕らえられたヒト族たちは、モンスターに使役される最底辺の階級、奴隷階級に身を置かねばならない。彼らに選択権はなく、奴隷になり果てれば最後、その命が尽きるまで、モンスターの手となり足となり、実に屈辱的な暴虐に耐え忍ぶ日々を送ることになる。

 その惨たらしさときたら───…彼らの痛みを知らぬ私でさえ、怒髪天の極みに至るほどだ。


 だが、なされるがままのヒト族ではない。さすがは我々の祖先だ。決して折れない不撓不屈の精神は、今の私たちに通ずるところがあるだろう。


 あくる日、とあるヒト族が徒党を組んで、上流階級でふんぞり返っていたモンスター共に反旗を翻すという英断を成した。


 長きに渡って繰り返されてきた残虐非道な行いが、被害者であるヒト族の怒り心頭に火をつけたのだ。反撃の狼煙を上げ、恐怖に屈せずおのが信念を断行した彼らは、今なお英雄として褒め称えられている。


 して、モンスター共が築いた国家から命からがら脱出した、勇気ある彼らは、遠く離れた土地で、密かに人間による集落を形成し始める。

 …この頃からだっただろうか、彼らが自分たちを「人間」と呼称するようになったのは───






~中略~






 ───ある種、必然と言うべきか。努力が実を結ぶという言葉がある通り、時間にしておよそ数世紀が経過したその日は、私達にとって記念すべき日だった。


 負わされた痛みは倍にして返す。人間とは良くも悪くもそういう生き物だ。特に当時の私たちにとって例外はなく、全員が全員、モンスター共を恨み、憎んでいた。


 そうして始まったのが、人間によるモンスターへの宣戦布告。討伐、殲滅、殺戮…決戦の火蓋が切って落とされた日───あの日は、酷く荒れた天気だったのを今でも覚えている。


 大いなる歴史の転換点、冠が人間に明け渡されることとなった出来事、私たちはその誉ある戦を、「セレスヴォ戦争」と呼ぶ。


 戦況は、滑稽なほどに一方的だった。本拠点、「要塞タウレト」から各地のモンスター国家へ進軍し、大陸をも越え、各々が芳しい戦果を上げ、奴らの喉元を掻っ切った。刻々と命を紡ぎ、莫大な資を築き、財を成し、兵を挙げてきたその間。絶え間なく燃やし続けてきた復讐の獄炎が、私たちの未来を眩く照らしていたからだと信じている。


 人間の大勝。モンスター共の大敗。世界に訪れた平穏は不滅を約束され、私たちは打ち破った各地の国家、土地・財・建物その他全てを手に入れた。複数の残党を逃してしまったことだけが憂慮されるが、今の我々の軍事力をもってすれば、塵にさえ等しいだろう。


 ───私が何よりの誇りと信頼をおく、人間が保有する軍事力の象徴。報復に心を燃やし続け、汗水垂らしてひたすらに試行を重ね続けた末に至った、私の原点。


 「魔法」について、少しだけ触れておこうか。


 初め、我々人間に与えられた選択肢は武力しかなかった。信ずるは己の肉体一本のみ。銃火器の開発も推進されたが、私はいかんせんそれが良い結果をもたらすとは思えなかった。


 第六感ともいえようか。打倒魔王を掲げ、必死になってもがく人々を眺めていると、どうしようもなく心に不安感が燻ぶった。もしかしたら、この時から既に私の魔法の才は開花していたのかもしれない。


 他に手段はないのか、圧倒的な戦力をもつモンスター共を出し抜くにはどうすればいいのか、銃火器を凌ぐ新たなる力を───


 ───果てに、私は至った。


 各地に漂う、魔法の源…「神力」を粒子として感じ取れる感覚を、開いたのだ。

 どうやら、魔王が姿を現すさらに以前のこと、モンスター間の戦争で呼び起こされた「幻獣」たちの神力が、各地に粒子として眠っていたらしい。私はそれらを自由自在に操れる領域にたどり着いた。


 そこからは早かった。どのように神力を攻撃に転じさせるか、魔法を私以外の人間にも扱えるようにするために何が必要か、戦場に神力を持ち込むにはどうすればよいか…課題は絶えず積載していくというのに、それらを片付ける速度の方が断然上だった。


 理由は至極単純、「魔法」があったから。

 私がひとたび神力を操って魔法という形を成せば、その効能が人々に降り注ぐ。神力を認知する力、魔法を操る力、神力を体内に蓄積する力、なんだってできた。空想が現実になり、タウレトの人々は歓喜した。


 以降、私は魔法の研究に没頭した。より強靭で、より効率的な魔法を編み出すべく、タウレトに造設された研究室に籠り、来る日も来る日も…全ては、魔王に打ち勝つために。



 ───身勝手に魔法…ひいては神力を振り回すことが、どのような危険を孕んでいるのかも知らずに。私が予知魔法で視た未来で、安寧を迎えたはずの人々が【文字が滲んでいる】を【文字が黒く塗りつぶされている】して、世界を


 【以降、ページが破り取られている】───






~中略~






 ───太古にヒト族の逃亡を許すという大罪を犯した当のモンスター国家は、現代もなお、蔑視の念を込めてその名が語り継がれている。


 「ヴァグダム・キングダム」


 今も遺るその王国は、セレスヴォ戦争で打ち勝った人々の手によって造り変えられ、今では「王都アザレア」という、名誉ある人間の国家として君臨しているらしい。私もいつか、訪ねてみたいものである。



 ───方舟の行く末に、オリーヴの木々を。


 旧約聖書『創世記』より、『ノアの方舟』から解釈した言葉を、この書に残そうと思う。今後、連綿と紡がれるであろう人間たちの歴史を讃え、尊び、敬うために。


 そして、いつか生まれてくるであろう彼の者が【文字の判別ができない】することを祝い、育み、導くために。




 ───おっと、記し忘れていたが…いや、言うまでもないだろうが…モンスターの親玉、「魔王」との激闘の末に奴を見事封印し、人間達に永劫の平和をもたらしたのが、この私。



 偉大なる流離人さすらいびとミスリア・バークだ。



 ミスリア・バーク著『幻想の生誕』より、一部抜粋

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