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「
校舎内の廊下で、唐突に右手を差し出した少女の名前は、
こうしてよく冗談半分で金銭を要求してくるのは、非常勤講師で薄給の彼に対する嫌がらせなのかもしれない。
「……金ならない。むしろ、くれ」
その手をはたいてから通り過ぎようとする蓮児。
すれ違いざまに腕を掴んだ咲姫は、前屈みになって痛がる素振りをしてみせる。
「痛い痛い! 今ので怪我したから、慰謝料ちょーだい!」
「はぁ!?」
一体なにがしたいのか──呆れる蓮児のもう片方の腕に、また誰かが抱きつく。
「わたしも痛い、わたしも痛いよー」
一刻も早く職員室へ戻り、さっさと次の準備がしたい蓮児にとって、この状況は両手に花ならぬ大荷物。授業時間しか時給が発生しないので、遅れれば遅れた分だけ、マイナスでしかない。
「おい! おまえら、やめ──」
「あっ。3Pだ、3P!」
「オレンジ先生、マジパネェっす!」
今度は、男子生徒たちが絡んできた。もちろん、咲姫のグループの。
こうなっては、次の授業が始まるまで──いや、チャイムが鳴ってもやめないだろう。
現在の学校教育方針では、教師は生徒にされるがままでしか対処ができない。下手なことをすれば、ネットに書き込まれたりマスコミが騒ぐ。まさに、最悪の時代ではないだろうか。
「チッ……」
「あー! 今さぁ、オレンジが〝チッ〟って言ったよぉー!」
小さな舌打ちを聞き逃さなかった世澪菜が、蓮児を見上げながら、それを仲間たちに知らせる。それから続けて、「ねえ、先生が生徒に〝チッ〟だって!」咲姫にあらためて報告をした。
(こいつ、
今度は、男子生徒たちが騒ぐに違いない。蓮児があきらめかけたその時だった。
「もうすぐ授業が始まるから、ほら、急げ急げ! 全員たいさーん!」
咲姫が急に片腕を解放して立ち上り、手を何度も叩いてみんなが教室へ戻るように促したではないか。
「あぁ? あ、そ。行こうぜ」
「せんせー、またねー」
「あとで慰謝料ちょーだいね、オレンジ」
「ギャハハハハ!」
気だるそうに男子生徒たちが去っていき、咲姫のあとに世澪菜も続く。
ほどなくして、授業開始のチャイムが廊下に鳴り響いた。
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