親の七光り冒険記
加藤 航
序
「私たちは大丈夫だから、先に逃げなさい」
「でも……」
「いいから行って。メイベルを頼んだわよ」
ルミナはなおも食い下がろうとしたが、それを別の声が遮った。
「これも年長者の役目だ。さあ、早く行け」
十歩先すら霞むような暴風雨の中、眼前に立つ男女の背中からは頑として動かない決意が滲み出ていた。
ルミナはそれ以上声をかけるのを止めた。口を結び、意思を込めた視線で二人を見返す。二人は微笑んだ後、闇へと向き直った。もう、顔を見ることはできない。
ルミナは踵を返して二人に背を向ける。ただそれだけのことに、ものすごい気力が必要だった。
自分はこの二人を見捨てて逃げるのだ。二人が何を言おうと、その事実は変わらない。
「メイベル、しっかりして。すぐ街に戻るから」
背負ったもう一人の仲間へ肩越しに声をかける。しかし返事はなかった。風の音にかき消されそうなか細い息遣いが聞こえるだけだ。
小柄なルミナにとって、自分よりも頭一つ背の高いメイベルを背負うのは重労働だった。それでも止まるわけにはいかない。
ひび割れた石畳の上を一歩ずつ進む。豪雨と強風が歩みを阻み、もどかしさに歯噛みした。
背を伝ってきた雫が垂れ落ちて、水溜りに赤い痕跡を残してゆく。耳に感じる吐息がどんどん弱く遅くなっていることは、努めて考えないようにした。今は歩くしかない。
どのくらい経っただろうか。冷たい雨にかじかむ手の感覚もなくなってきた頃、ようやく目の前にボロボロの石橋と砦が見えてきた。これを渡れば廃滅都市ガラキャムの敷地から出られる。まだまだ先は長いが、ここが一区切りだ。
その時、遠く後ろから声が風に乗ってきた。
地獄の底から響いてきたような、精神を締め付ける呪いの嘆きだ。肝が冷え、足が竦んだ。
振り返ると、激しい稲光に照らされて聳え立つ古城の影が見えた。その主塔は天を突くように高く、こちらを威圧するように見下ろしている。
ほんの少し前のルミナにはあれが宝の山に見えたのに、今は過去の自分が忌々しい。馬鹿な夢を見た。こんなところに来たのが間違いだったのだ。
ルミナは自戒と恨みを込めて古城を睨みつけると、再び歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます