戦士(バタレオン)と帽子
秋鮫がぶりゅー
Ⅰ-Ⅰ 奮起と正気
「…なに、これ」
闘技場の壁際に狼の青年がひとり。傷だらけの腕当を抱えて、立ち尽くしている。
その目に映るは小刻みに揺れ動く3つの影。
内2つは激しく屈伸し続ける者、もう1つは小さな円を描くように駆け回る者。
今は試合の最中である筈だけれど、どれもピンピンしている。
「どうして…どうして、こんなことに」
遡ること7日前、彼の心は希望に満ちていた。
「ついに… ついに、掴み取ったんだ!」
その狼獣人の青年、名はミナという。
彼は魔法の才を持っておらず、幼い頃から戦闘には向かないと言われてきた。それでもひたむきに剣の修行に励み、闘技城“キングダム・バターレ”の出場資格を手に入れたのだ。
彼の憧れる“戦王アルフォンゼル”が創立した、ツワモノの集う戦場である。
ミナは心躍らせて荷物を纏めた。
「戦王伝記よし、日用品よし、愛剣も防具も勿論よし。あれとこれと、こっちは……んー、持ってっちゃお。予備だ予備。お守りだ。」
きっと闘技城にはもっと素晴らしい武器たちが売られているだろうと思いながら。
ミナは親友に生き生きと別れを告げた。
「もっと強くなって帰ってくる。もう二度とバカにはさせないよ。」
きっと見たこともない猛者たちに打ちのめされるだろうと思いながら。
ミナは家族にいっぱいの感謝を告げた。
「信じて養い続けていただいた恩、決して忘れません。必ず一人前になって帰ります。」
きっと茨の道だろうと思いながら。
そうして5日が経って、旅立ちの朝。
ミナは弾む足取りで船に乗り込んだ。
「またいつか、ウニド村!」
絶対に後悔なんてしないと心に決めて。
闘技城の待つ孤島“デサストレ島”へと、船は汽笛を上げた。
客船では剣の修行ができない。ミナは船内を散策していた。
その一室、“レコルド・シアター”と看板の付いている部屋が目に留まった。妙に古びた部屋で、ビデオテープがぎっしりと並べられていた。
そこに3年前の闘技城の試合テープを見つけた。
(そうそう、丁度このすぐ後だった。
チケットも今や上級国民しか入手できないとかって噂で、今の
懐かしい試合を観てモチベ上げてくことにしよ。)
VHSテープをブラウン管テレビに挿入。この客船のサービス、なんかズレてない?
(ああ、この
『10、9、8、7、6、5、4、3、2、1』(……っ!)
〈♪〉
「皆様、本船はまもなくデサストレ島に着岸いたします──」
ビデオに映る戦士は立ち上がったけれど、船内アナウンスが。
試合の続きは諦めてビデオを切ろうとしたところ……
『映っとる?映っとるやろ?どぉーしても言わなあかんこと…』
『~~~っ!!』
試合を映していたカメラの映像が突然乱れ、何も映っていない画面に誰かの声がした。
(……こんな放送事故あったっけ?)
おっと、気にしている場合ではない。急いでテープを返却し、下船の準備に向かった。
「ご利用ありがとうござい──」
そのテープを受け取った係員の声が途絶えたことに、ミナは気がつかなかった。
真昼間。熱い浜辺に滾る闘志もアツアツだ。そう、頭の先まで熱いのは、別に船酔いとかじゃないし……。
いや、体調は万全に。
(ちょっとだけ休んでこ…。ていうか、他のお客さんたちは……?)
下船した筈の自分以外のひとが、闘技城の方に向かう筈のひとたちが見当たらない。
(まあ、道なりに歩くとは限らない。お客さんが上級国民なら、闘技城まで自家用ヘリなんかで一直線か……。)
何ともふわふわした想像。
少しして、ミナは闘技城まで連なる森を登っていった。
(もう夕方だよ…受付、まだやってるかなあ)
今日のうちに選手登録を済ませなければ、明日の試合に出られない。というか、寮に泊まれないかもしれない。
(
急いで森を登り切った瞬間、そんな想像タイムはスッと吹き飛んだ。
「わあ……っ
ここが…ツワモノたちの集う場所
キングダム・バターレ!!!」
鋼鉄の門を潜ると、一面に広がる円形闘技場。
年季の入った壁面に王城のような柱が聳え立ち…1番上まで見上げると、闘技場が王冠を被っている。
感動して、武者震いが収まらない。
「へい坊主!もしかしちゃって新入りだね!!」
入口扉の右から声が。そこには露店を背負った鰐獣人がいた。
「俺ぁ装備売りのゴルフォ。
作業着はボロボロ、荷車は焦げ付き。…いや、どうして?
それはともかく、人の良さそうな笑顔である。
「えと、新入りのミナと申します、本日よりお世話になり…」
「いやいやぁミーちゃんっもっとフランクでいいんだぜ?」
薄汚れた手を差し出されて、握手を交わす。いやミーちゃんて。
「はあ…どうも……」
「どうもはまだ早いなぁーっミーちゃんもアレ、楽しみにしてるだろ?」
「あれ?」
「アレよぉアレ」
「あれ……」
……
「コレやぁーーーーーっっ!!ァ"」
鍛冶屋が大胆に荷車のシーツをめくると、そこにわんさか積まれていたのは……
「あ、帽子」
“帽子”呼びが広く定着しているそれは、本来は“兜帽”《かぶとぼう》というらしい、戦闘用の装備品。
昔から貴重で高価な魔具である故、一般層の憧れであり
こんなに積まれているのは見たこともない…。何だか本当に普通の帽子みたいに見えてくるよ。
……
…あれ?あのひと急に静かになった?
「いーあー、う"いあえ"うい"あー、おい"うおえうあ"えおー」
どデカい口をあんぐり開けて謎の言葉を発している鍛冶屋。
自分で上下の顎を掴んで力んでいるのは…もしや顎外れて閉じられないとか?
えっと、失礼して、両手を添えて、一緒に力んでみる。
ガ"コ"ン"ッ"ッ"
「ア"ァ"ァ〜っ戻った戻ったぁ。あんがとさんなぁ〜。」
ガチでか……。
さっきのは「ミーちゃん、口開けすぎたー、閉じるの手伝ってちょー」って言っていたらしい。
「…さて!」
さてって。
「帽子なぁ、買いたいっしょ?買っちゃいなよ。じっくり見てってよぉ。」
「えと、
「いやいや帽子はいいのよぉ!」
「え?」
「最初に1つ、ランク上がる度に1つずつ…プレゼントしてるもんだから!逆に普段は売ってねーのよっ」
「あー、そういうシステムだったんですね……」
(そういえば、防具が毎回のように変わる
「つまり最終的には4つ……?」
「引退祝いもあるぜぇ」
「5つですか……。」
Sランク帯でポイントを溜め切った戦士は“殿堂入り”。戦士として高く評価される“キング・バターレ”の称号が授与され…それで引退となる。
「ささ、並んだ並んだぜっ」
売る量は少ない筈なのに、よりどりみどりの帽子が50点ほども並んでいる。
(火・氷・雷・水・風・地。基本の6属性に……
光・闇・無。これは歪の3属性……
回復・超感覚・創造・爆発。特殊能力を持つ帽子もあるなんて……
なるほど、流石はキングダム……)
ズズズッッ
「あれ?」
「アレって?」
「あれ……」
「な、なんか気になっちゃってる?」
「…いえ、気のせいかも?」
(今なんか奥の帽子1つだけ不自然に動いてたような…
そんなこたないか……)
「ミーちゃんは何属性がお好みよ?」
「そうですねー、氷とか憧れ」
ズズズズズッッッ
「あれっ」
「ド、ドレっ?」
「あ、いえ……」
(なーんか角度変わってない?奥の帽子……
恐竜?みたいな…みたいと言っていいのかな…変な顔のやつ……)
「氷ならぁ〜これとか、ねぇ〜…」
ミナは鍛冶屋に勧められた帽子に向き直した
(…フリをしてっ!)
ズズズズズズズズズズズズ
「やっぱ回ってるし!!」
その変な帽子は、ズリズリ動いていた模様。
「ゴルさん、これって一体…」
「あぁー、いや、ソレはね!ちぃと不良品っつーか、ワケありっつーか…オススメはできねーぜぇ……?」
とりあえず商品説明を確認。
〈アカンティラノ〉
爆発の特殊能力持ち。くすんだ黄色と緑の生地に、ひょうきんな恐竜っぽい顔がデザインされたキャップ。
(顔っていうか、動くのが何故にどうしてなんだけど。顔は動いてないんだけど。
けど、なんだかこの顔見てたら…)
ミナの心が、不思議とそれに惹かれていく。
「ゴルさん、自分これがいいです。」
面食らったような鍛冶屋。
「まぁまぁせっかくだもんじっくりアレコレ見てから決めるんでも」
「ううん、これがいい。キラッてきたんです。」
「キラ?」
自分でも上手く言い表せない、けれど大切にしたい感覚。
運命のような何か。何かアツアツなものが伝わってくる。
「そかーぁ、まっ能力に問題はねーんだけどよぉ……。」
グッと、力が湧いてくる。なんだか…
「なんだかこの顔見てたら、どんな挫折も険しい道も乗り越えられちゃう気がして。」
ふと、鍛冶屋の顔に光が差し込んだ。
光はスーッと溶け込んだ。
「…わぁーったぜ、ウンザリしても知らねーかんな?」
(ウンザリ?あー、この顔に?)
「あはは、大丈夫ですよー」
(なにが?…自分で言っといてなんだけど)
「ゴニョゴニョゴニョゴニョゴニョ……」
「ゴニャゴニャゴニャゴニャゴニャ……」
ゴルさん、帽子に話しかけているみたい。愛情深いんだなあ。
「そんじゃ毎度ありーってこって、“戦士手帳”出してちょー…ってな。」
「戦士手帳?……あっ!!」
選手登録、してないんだった。
そんなこんなで辺りは宵闇。
ミナは受付に駆け込んだ。
受付担当の鹿獣人は、気だるげなご様子。
「あー、はいはい、登録ね。できるっすよ」
(眠たそうな顔…ていうか、言っちゃ悪いけど目が死んでるっていうか)
鹿獣人はのそのそと奥のスタッフルームへ歩いて行き、のそのそと書類を持って戻ってきた。
「必要事項、これね。記入して。」
「はい…あの、すみません遅い時間に」
「んー?別に……。まあどうせまた…」
「このーぉマトラってやつぁな!
いっつもこーだから!全然怒ってねーから気にするこたぁねーよ!うん!!」
鍛冶屋が割って入った。
「はあ…そうなんですね……」
淡々と手続きを済ませて、戦士手帳に帽子の登録も完了。
「そんじゃ俺ぁこれでバイバイ!鍛冶屋は毎日開いてっから、明日からよろしくってな!!」
鍛冶屋と別れたミナは、寮…もとい戦士村へと向かった。
(面白いひとだったなあ…帽子も面白いし……)
ミナは改まって帽子に話しかけた。
「…えっと、アカンティラノっていうんだっけ……
よろしくねっティラ。」
プルプルプルプル……
頭に振動が伝わってくる。
(この帽子、やっぱ生きてる?)
数分歩いて辿り着いた
屋外の共用スペースは、広々とした平地にくぼ地、岩場や森なんかもあって……
(なるほど、ここで鍛錬を)
けれど
ミナはひとまず自分の個室に荷物を置いて、同じ棟の個室の表札を見て回った。
(こんな
えっと…このひとは知らないや…。
あ、この
テレビでよく観ていた。鉄槌を豪快に振り回すベテラン戦士、通称“ボルカ”さん。
大先輩が、自分の隣の部屋にいる。
(とりあえず挨拶回りするとしよう。もう夜になっちゃったけど…)
挨拶は大事。興奮が背中を押す。
(外で誰も見かけなかったし、基本は部屋にいるのかなあ。ドキドキだなあ…っ。)
部屋をノックしたものの、返事がない。
「あの…すみません、いらっしゃいませんか」
やはり、返事がない。
他の部屋も全滅。誰もいない。
物音もしないし……。
(まさか引退した人の表札そのまま貼ってあるだけとか…)
そうでなければいいんだけれど。
ミナは食堂に向かった。
(よく考えたら晩ご飯ドキかな、そうだよね。)
食堂にも誰もいなかった。
いや、食堂のおばちゃんはいる。大柄な…兎獣人?
「いらっしゃい。まー、若い子っ。食べ盛りでしょうステキよステキ。」
食堂のおばちゃんってどこもこんな感じなのかなあ、なんかもう…概念?
「アンタ初めてよね?今日はタダにしてあげる。」
「そ、そういうわけには…」
選手登録時に初期費用として多少の
「いいのいいの、若いんだから、ね。」
「えと、じゃあ、お言葉に甘えて……。」
若いってなんだろう。
「…美味しい!」
「嬉しいねえ、いっぱい食べて力つけるんだよ。」
「はい、こんなに美味しいといくらでも頑張れそうです。」
「ま、褒め上手!!」
上手かなあ。
それにしても誰もいない。
ミナとおばちゃんの声だけが食堂に響き続ける。
「…あの、ここに来るまで先輩1人も見かけなかったんです」
「そうだねえ、来ない日もあるのさ。」
寮なのに?
「自分、ずっと憧れてたんです。
だって表札は見つけたんですよ、テレビで試合流れてた頃スター戦士だったボルカさんとか、現役なんですよね…?」
「…そうね、大活躍してるよ。」
ミナはそれを聞いてひと安心。
(良かった、表札ウソじゃなかった。)
「とってもお手合わせ願いたいんです。そして強くなって、それでいつかは1《いっち》番憧れてる戦王アルフォンゼルのような剣士になりたい…」
(あ、ちょっとテンションおかしいかも。
深夜じゃないけど、お肉食べてたら肉々しい感じに…(?))
「いや、すみませんなんだか熱くなって」
「…アンタみたいな子には、そのまんまで居てほしいね。」
「そのまんま?」
?
「頑張るんだよ、少年。」
(…あー、逞しく育ったらそれはそれで寂しい…みたいな?
ていうか少年ってほど小さいかな)
よく分からないけれど。
「はい!ありがとうございます。」
ありきたりな返事をして、食べ終えたミナは食堂を出た。
そこで、食堂にやって来た戦士たちに遭遇した。5人ほど。
(第一印象、第一印象…!)
「あの!お初にお目にかかります、新入りのミナと申します!!」
戦士たちは何だかニタニタしていて、どうにも気味が悪い。
「本日よりお世話になります、どうぞよろしくお願いいたします…」
戦士たちはミナが差し出した手を取ることなく、ブツブツと何か話しながら通り過ぎて行った。
(ええ…どういうことなの……。)
挨拶の仕方、間違えたかな…。
(にしても1人も見たことないし、それに戦士にしては…)
貧相な体つきであった。
ミナも自身の小柄な体格に悩んできた手前、ひとのことは言えないが。
(…………)
なんだか落ち着かない。
落ち着かないときは鍛錬だ。
(剣の腕はいくら磨いたって損しないもんね。)
ふと、頭上の感触が気になって、今磨けるのは剣の腕だけではないことを思い出したりして。
(あー、熱中しちゃった。)
その夜は軽く自室を整理して、ストレッチを済ませて眠りについた。
そして次の日。いよいよ初陣だ。
「自分は第3試合、お相手は…3人とも知らないや…」
放送されなくなって3年も経ったのだ。
ここではランク帯に関係なくランダムに4人がマッチングされるらしいけれど、そもそも知らないひとだらけ。
(…いや、知らないとかそういう問題じゃない…なにこれ???)
その相手戦士たちの名前。
〈かがんでなかま〉
〈こうげき→おろか〉
〈へいわ☆サイコー〉
「変わった名前だなあ…………
じゃないよ!意味分かんないし!!なにが…なに!?!?!?」
プルプルプルプル……
ティラが震えている。
「ねえ笑ってない?笑ってるよね!?」
なんだか不穏なことだらけ…
一体なにが待っているのか…
嫌な予感がするけれども。
「どんなもんでも、初陣だ。」
行くっきゃない。
ミナは大勝負の前にはいつも、愛剣と防具に声を掛ける。
「バラト、ポブレ、それに…
ティラ!
行くよ!!!」
入場のボラが鳴り響いた。
ミナは絶望した。
信じられない。どうしても信じられない。
試合が始まると同時に、3人の戦士は激しく屈伸し始めた。
不気味な表情を浮かべると、3人は一斉にミナに攻撃を仕掛けてきたのだ。
牛獣人の斧、山羊獣人の魔法、羊獣人の援護射撃。
必死にかわして、抵抗して、ダメージを与えても、羊獣人の回復スキルでチャラにされてしまう。あれは帽子から得た能力だろう。しかし他の戦士に使っていることがおかしい。
「こんなの…こんなの、おかしいよ」
(そういえばこのひとたち、昨日食堂近くですれ違ったひとたちかも…。自分なにかお気に障ることしたかな?だとしても…だとしても)
こんなのはただのイジメだ。
これはバトルロイヤルのはず。
とても誇り高き戦士とは思えない、こんな試合が許されるというのか。
(審判は…何あれ、生気が全く感じられない。解説なんて解説してないし…ていうか待って、もしかしてお客さん、誰もいない!?)
一体なにが起きているのか。
でも、きっと普通じゃない。
(そうだよ、きっと皆わざとそうしてるんだ。
これは…新入りに対する洗礼ってやつなんだ…そうに決まってる!)
たとえ演技でもこんなことする人たちは、正直もう尊敬できない気がするけれど、でも、きっと、彼らも心を痛めながらそうしているに違いない。
この先どんなに理不尽な状況も、乗り越えられるように。
「自分は強くなる!強くなって見せます!!
今は心だけでも、強く在って見せます!!!」
「彼奴……」
待機室の戦士が、密かに呟いた。
ミナは果敢に立ち向かった。
(諦めない。諦めない。絶対に諦めなければ、道は開ける!)
プルプルプルプル……
ふと、頭上のティラが震えだした。
「…そっか、帽子の爆発能力を利用した…スキル!」
(魔法の使えない自分が、剣に特殊効果を付与することだってできる。昨晩だけでものにはできなかったけど……
3人を一気に迎え討つには丁度いい!)
「ベントレラ!」
爆風を起こす初級スキルを剣先に付与して発動。たちまち、牛獣人が吹き飛んで山羊獣人に激突した。
ぶっつけ本番にしては上手くいった。
(これで接近には対処できる。でも遠くに爆風を起こすのは、やっぱまだコントロールできないや…)
多少は上手くいっても、どれだけ足掻いても、
1対3は過酷なものだった。
何より……
自分がダウンする度に、3人の戦士は激しく屈伸する。小さな円を描くように、その場で駆け回ることもある。
意味がわからないけれど、煽り立てられているような。
「…なに、これ」
何度立ち上がっても、希望が見えない。
次第に体力も限界に、精神もすり減っていった。
「どうして…どうして、こんなことに」
夢の舞台だった筈なのに。
ミナはとうとう、力尽きてしまった。
数分後、ミナは医務室のベッドで目を覚ました。
そこには白衣を着た黒豹獣人の姿があった。
「専属医のマレハダと申します。以後、お見知り置きを…
以後があれば。」
これまた生気が感じられないひと。
「治療、ありがとうございます…」
ミナはハッとした。
「試合!試合は…どうなったんでしょうか」
「時間切れで無効です」
決着がつかずに30分が経過した場合、無効試合となる。
(自分が倒れた後…どうなってたんだろ…)
「あの、あれって…何なんですか……?」
「ああいうことです」
「言えないってことですか…?」
「……」
「自分は…試されているんでしょうか……。」
専属医がピクッと耳を寄せた。
「…いつまでそう思えるやら」
「え?今、なんて」
「治療は済みました。お戻りなさい。」
「あ、はい…
ありがとうございました……。」
その後も試合が控えていた。第5試合、第7試合、最後の第10試合。
(1日に同じ戦士がそんなに出てたっけ……。
とにかく、やるっきゃない。お相手は…)
〈ケンカはよくない〉
〈なかよしさん〉
〈くっしん=せいぎ〉
ああ、きっとまた同じような試合だ。
でも今度こそ、希望を見い出してやる。
結果は初陣と同じだった。
やはりどうしようもなかった。
(…いやいや、心で負けちゃダメなんだよ!絶対に諦めないって、誓って来たんだもん!!これは試練だよ。ここで心折れたら、戦士になれないかもしれないんだから……
第7試合のお相手は…)
〈みんなともだち〉
〈ぐるぐるぐるぐる〉
〈グルってことネ〉
(ああ、やっぱり)
いやだ。いやだと思ってはいけないと、思ってはいるけれど、もう、いやだとしか思えなくなっていた。
結果は同じだった。
「…もう、無理だよ」
言ってしまった。
3回も繰り返したのだ。既に試合中だけ気力を保つのが精一杯になっていた。
医務室を出て、廊下の片隅で、泣き崩れた。
どうして。
どうして。
どうして。
「自分が弱いせいなのかな
これで正しいのかな
なんか、おかしいのかな
なんで、泣いちゃう、かな
ごめんね、バラト
ごめんね、ポブレ
ごめん、ね、ティラ
キミも、初陣、だったのに
こんな、相棒で……
ごめん」
不意に、ティラが飛び上がった。
ミナの横に尻尾をバタつかせふわふわと浮いて、
小さな手でペチペチとはたいてきた。
(…そっか)
「キミはまだ、諦めてないんだ」
ティラは深く頷いて、ミナの頭に戻った。
(大丈夫、大丈夫。)
大丈夫じゃないけれど、自分に言い聞かせる。大丈夫。そう思うしかない。
(第10試合のお相手は…)
〈なれあいバンザイ〉
〈リンチでミンチ〉
……
(ああもう、こんなくだらない名前どうでもいい!どんなのが来ようと全力で迎え討つ!!それだけのこと!!!)
初日最後の試合が幕を開けた。
さっそく目の前の戦士2人がくねくねし始めてウンザリするけれど、
(覚悟は出来て…あれっ)
足が宙に浮いて、身体が動かせない。
(これは……っ)
それは戦士2人の帽子の能力、超感覚から成るスキルであった。
(念波を影にして地面から送ってくるタイプだ!気づかなかった!!バカみたいな動きに気を取られて…)
そのまま一斉に襲いかかって来る。このままでは無防備な状態で致命傷を食らってしまう。
(ああ、もう、諦めないって、決めたのに……!!!)
そのとき。
ドゴォォォォォン…………ッ
炎の鉄槌が、2人の戦士を吹き飛ばした。
2人の戦士は勢いよく壁に打ちつけられ、そのまま気を失った。
床に落ちたミナは急いで体勢を整え直した。
(な、なに…?突然、でも、今の鉄槌は…もしかして)
ミナが振り向くと同時に、鉄槌が襲ってきた。
(あ)
ミナは、初めて2位になった。
あれ?えっと、ここは…
あー、医務室か。
医務室での目覚め、本日4回目。10秒間立ち上がれないどころか、毎回気絶してるんだよなあ。
「お目覚めですか。」
何か液体を調合している専属医マレハダがこっちを向いた。
「マレハダさん、度々ありがとうございます。」
「いえ。」
(あの紫の禍々しい液体が薬になるのかな…。)
「まだ治療が済んでいませんから、そこでお待ちになっていてください。」
そう言うと専属医は奥の部屋へ入っていった。
なんだろう、なんか怖い。表情筋が死んでるんだもん…。
隣を見ると、さっきの超感覚戦士2人はまだ眠っている。
そうだ、試合はあっという間に終わったんだった。
(さっきの、あの炎…あの鉄槌って……)
テレビや紙面でしか見たことがないけれど…あの温度、あの威力。それに、背には無数の針が舞っていた。その針地獄のような後ろ姿は。
(あの人しかいない。)
「あーあ、大先輩から洗礼受けちゃったよ。」
ミナが一人言をこぼすと。
ベッドの傍らに置かれた帽子…ティラがプルプルと震え出した。
ミナが手に取ってみると、震えは止まった。
「…今、笑ってた?」
ティラは動かない。
いや、悔しがってくれているのかもしれない?
やっぱり不思議な帽子。顔のデザインはあるけれど、顔が動くわけではないし……
(でも、ほんとこの顔見てると元気湧いちゃうなあ。だってこんなときだって…)
「マヌケな顔しちゃってさあ。」
「なんやておんどりゃあ」
ティラ、喋った。
口は動いてないのに。
「うわ、喋れたの」
「おまはん反応
おまはん…?
「いや、まあ、あんなに動いたらもう喋ってもおかしくないかなって」
「それはワケがちゃうやろ!」
「もしかして動くのはセーフだと思ってた?」
「セーフやん」
「どこが」
(これってたしか、昔の西方の地域の訛りだ。関西弁…大阪弁、だっけ?)
ミナにとっては時代劇でしか聞かないような口調。現代人でも時々名残りはあると聞いたことがある。
一息つくと、ティラは遠くに目線を送った。目は動いていないけれど。
「…で、そっちも反応薄いねん!」
(そっち?)
そっちを見てみると、棒立ちの専属医が。
(あ、いたんだ。)
反応薄いっていうか、表情筋死んでるもん。逆にすごいよこれは。唖然としてるって感じでもないもんね。
「…驚きはしましたが」
そうなんだ。
「私には関係ありませんから」
「関係あるやん、ワイは
「関係ありません。」
怖い。おしゃべりなタイプお嫌いなのかな。
「…まぁなんや、これからもよろしゅうな!」
まだ相棒にもよろしゅう言ってくれてないのに…
「帽子のメンテナンスは
うわあ、徹底的に冷たい。
「相棒が世話んなる相手やもん、仲良くしとうて当たり前やん。なんやシケた面して。」
…ティラ、意外と良い相棒かもしれない。
「……」
それ以降、専属医からティラへの返事は無く、淡々と治療が行われた。
医務室を出ると、鉄槌を背負ったヤマアラシ獣人が待っていた。その人こそ。
「…ボルカさん!!」
「あの!えっと、テレビで観てました!ずっと憧れていて……っ」
「そんな台詞が聞きたくて来たわけじゃない。」
(あ、ヤバかったかな、ついつい…。)
そうだ、ここは戦士として。
「…その、先ほどの試合、ありがとうございました!!」
「ああ、対戦ありがとう。」
クールな風貌。そして戦士らしい。
「…それに、無防備な自分より先にチーミングしていた2人を倒してくださって、嬉しかったんです。こう、戦士として、熱いものを覚えました。」
「お前しか見えていなかったあのバカ共もなかなか無防備だったぞ。」
(あ、それもそうか……。)
ん、バカ共?あれ、素でやってるってこと……?
「何より、俺は奴らが大嫌いなんだ。奴らに助太刀するなんて死んでもごめんだよ。」
「…あの、あれってなんなんですか……?1人狙いとか、変な選手名とか……。」
「歩きながら説明する。ついてこい。」
一体どこに……?
「奴らは戦闘を放棄した愚か者…所謂、“馴れ合い勢”というやつだ。」
「馴れ合い勢?」
(馴れ合いって、身内同士で戯れるってことだよね…)
「チーミングして勝とうとするひとたち…ってことですか?」
「いや、奴らはもはや試合に勝つ気すらない。標的をいたぶって気持ち良くなることしか考えていない、ゴミのような輩だ。」
ええ…何それ……。
「だから無効試合になるまで何もしないんですね…」
「ああ。」
「じゃあ、あの変な動きは…」
「煽り行為だ。」
とても戦士とは思えない。
「それがあんなに沢山…え、いつもああなんですか?」
「残念ながらな。」
「でも…
「変わっちまったんだ。」
ボルカの目付きが一段と険しくなった。
「3年前に支配人が変わった。その頃から
馴れ合い勢が現れ、力も気も弱い低ランク帯に伝染した。運営は見て見ぬふりをし、メディアも観客も
信じられない。
ずっと憧れていた
「でも、でも…いくら隠蔽したって無理があるはずなのに、辞めた
「彼奴らも白状だ。裏切り者だ。」
(そうなのかな……。)
ボルカは冷めきった目をしている。
「だが、裏事情を調べ続けている仲間もいる。」
「仲間?」
「俺の他にも、まだ戦い続けている仲間がいるんだ。」
よ、よかった……。
「到着だ。」
辿り着いたのは闘技城の一室。その看板に書かれている文字は…
〈バタレオンの御宿〉
「
「まあ、集会所ってとこだな。俺の誘いに乗ってくれた、数少ない
つまり、大先輩たちとご対面!?
ボルカはスっと、戸を開けた。
「だんちょーおかえりー!」
1番に目に飛び込んで来たのは、恐竜種の竜人。
全身硬い鱗に覆われていて、防具も身に付けていない。
顔つきは、なんだろう、ティラに似ている…
「あー、ぼうし!がるる!なかまだ!あそぼあそぼー!!」
恐竜人はそう言うと、ティラをかっさらってしまった。
「ぬわーーー!仲間ちゃうて!!ワイはオモチャやあらへんし!引き裂かんといてやー!!」
ティラ、また喋った。
これにはボルカも驚いたよう。
「な、なんだ…?お前の超感覚スキルか?念波の気配はしないが…」
「いえ、あれに関してはなんなんだかさっぱり…。自分は特殊能力なんて、魔法すら1つも使えませんし……。」
そこに、青い鳥獣人がゆっくりと歩いて来た。
「大丈夫だよ。魔法使えなくても…。」
優しくて…どこか虚ろな顔つきのメス獣人。
白いフードを身に纏って杖を持っている、いかにも魔法使い。
「あはは、すみません、自虐っぽくなっちゃって…」
気まずい空気をぶち破るようにもう1人飛び込んで来た。
「ごめんねーうちのガルちゃんわんぱくで!すぐ取り返すから!あの面白い帽子のことは後で詳しく聞かせて!!」
(あ、この人テレビで見たことある。マルさんだ。)
調理器具で戦う愉快な戦士。声は高いけれどオスの、水色の鯱獣人。
「ガルちゃん、ハウスハーウス!」
そう言ってすぐさまティラを取り返しに行ってくれた。あの恐竜人ガルちゃんっていうんだ……。
(あれ、奥に佇んでるのって…)
またまたテレビで見たことある。
(ペスラさんだ!ボルカさんに匹敵するほどのスター戦士の!!)
スピナーを自在に使いこなす俊敏な戦士。無口でミステリアスな風貌の、緑の鼬獣人。
「…新人の帽子に、興味津々。てな」
……ん?
え、今ダジャレ言った?
マルがそれに応えた。
「もー、でれちょったらー。」
でれちょ???
な、なんかすごい人たちだ…
「お前ら後にしてくれ。まだ説明が終わってねえんだ。」
ボルカの一声。
部屋に入って、硬めの座布団に着席。
「話の続きをしよう。」
改まった。
「
そんな友だち100人はいやだ。
「後は俺たち御宿の戦士が6人、他のまともな戦士が2人…まあ3人、全てを諦めた層が20人ほどだな。」
「全てを諦めた層ってなんですか…」
「それも支配人のせいだ。
「はい、賞金も貰えるんですよね」
「そこだ」
「そこ?」
「新しい支配人によって、賞金は毎月一定の給与が与えられる方式に変えられちまったんだ。」
「賞金なのに…?」
「だから、勝つことも馴れ合いに逆らうことも諦めて形だけ出場し続けている層がいる。」
「諦めて、それでも
「…いくら抗っても島の外に真実は伝わらなかった。島を出た仲間たちは姿を消した。既に
「そんなの、悲しすぎます……。」
強くなって外界に出る為に、ここに来た筈なのに。
「…お前も甘いな。」
甘いのかなあ。
「なんかもう、わかんないことだらけです…」
「…まあ、
「ていうか自分、なんの説明も受けてないですよ…月給制とかすら知らなかったし。どなたかに伺うべきなんでしょうか……。」
「ボクらでよかったら何でも聞いて!!」
マルが会話に入ってきた。
「ホントはマトラさんが案内人…っていうか、職員減って案内人も押し付けられたんだけどね。新人が来てもすぐに出ていくか馴れ合い勢になっちゃうばかりだから、彼もすっかりやる気無くしちゃって。」
あー、受付の眠そうな顔してた人…。
って、
「すぐに馴れ合い勢になるってどういうことですか。」
「奴らも裏でつるんでいやがるからな、新人も引き込まれちまうんだ。」
「いやいや、だって、頑張って出場資格を得て強くなる為にここに来たはずの戦士が、そんなアホな集団に入るなんて」
「おまはんとうとう『アホ』言うたなハハハ」
マルの手の中からティラが顔を出した。
「あ、帽子くん返すね」
「ありがとうございます」
マルとボルカは話を続ける。
「ボクらもアイツらだけの力じゃないと思ってる。そもそも支配人が暴君だし。今の新規招待や馴れ合い勢の裏事情はこのボク…マルのスーパー情報網で探ってはいるんだけどね、なかなか手強いんだよね。でも怪しいんだよゼッタイ。」
「奴らはさながら宗教だからな。」
「宗教…ですか?」
なんかもう怖い。たしかにあの奇妙な動きは聖なる煽りの舞とでも言われた方が納得がいくけれども。
「…奴ら馴れ合い勢は、「アルフ教」と名乗っているんだ。」
「アルフ教…?馴れ合い勢が?」
嫌な予感がした。
アルフ…。ミナにとってその名前は聞き馴染みがある。
だって…だって
震えるミナを横目に、ボルカは淡々と口を動かす。
「その開祖の名は、アルフォンセロ」
「アルフォンセロ…。それって」
「そう。奴は戦王アルフォンゼルの子孫であり、奴自身も3年前まではバタレオンと呼べる戦士だった……。」
受け入れがたい事実だ。
ミナは1度ぎゅっと目を瞑って、潤んだ目で、俯いて語り始めた。
「……自分、アルフォンゼルさんの戦王伝記に憧れたから、剣の道に進んだんですよ。
田舎の生まれでも、魔法が使えなくても、戦士になりたい。強き者になりたい。そう思ってやってきたんです。
それなのにその子孫が…その名前が、そんなことに使われているなんて」
「怒りでどうにかなっちまいそうだよな。」
ボルカの目が、血の色に滾っている。
それもマルには見慣れた光景らしい。
「…ホントはいいライバルだったんだよ」
「その、アルフォンセロ…さんも、あんな風に馴れ合いしてるんですか?」
「彼奴はもう2年以上、戦闘に参加していない。」
「でもアルフ教のアジトには居るってウワサだよ。」
(どうして、そんなことに……。)
もう、言葉が出てこない。そうしてすっかり静まり返ってしまった。
そこにとびきり大きな声が。
「みんな、またどろどろー!つまんないよ!あそぼあそぼ!!」
「…ふぁぁ、ごめんね、ガルちゃんの気ぃ引くのもう限界……。」
ガルちゃんと疲弊した魔法使いが窓から帰ってきた。
(光の球出してる…。凄い、光の魔法使いなんだ……。)
マルがスっと立ち上がった。
「シエロちゃんお疲れ!ナイス!!丁度良かったよ、みんな集まろ!!」
シエロさんっていうんだ……。
ボルカはガルちゃんに指示を出した。
「ガルガ、おすわり。」
「がう!」
ペットか。
ダジャレを放っていたペスラらしき誰かもスーっと寄って来た。それから大きないびきが聞こえて、そこにマルが一言。
「モニャちゃん来れないってさ」
部屋の奥にまだ誰かいるらしい。いや、いびきで返事する人いる?
マルとボルカは平然と話を続けた。
「ま、そんなわけで!ボルカ団長率いるボクら“バタレオンの御宿”メンバー!!」
「俺たちは
「あと闇深そうな裏側の解明もねっ」
「ミナ、お前はどうする。
…共に戦ってくれるか。」
そんなの、勿論。
「…はい!戦わせてください!!」
ミナは深々と頭を下げた。
「ワイも賛成やで!!」
ティラは深々とミナに被さった。
「自分だって許せません。憧れの
それに…ボルカさんやそのお仲間の皆さんと、ついでにこの帽子がいれば、頑張れると思うんです。」
「ワイはついでかいな!!」
「ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!!!」
想像とは似ても似つかない現実だったけれど、ミナの心は熱く燃え滾っている。
「…ああ。」
「ようこそ、バタレオンの御宿へ。」
先輩たちの立ち姿が、心強い。気がする。
「せやせや、ワイも。よろしゅうな、おまはん。」
「…今さら!」
そう言いながらミナは、笑っているのだった。
戦士(バタレオン)と帽子 秋鮫がぶりゅー @Gaburyu-AutumnShark
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