第56話 父への紹介

 さあ交際が決まりました、というだけで全てが終わったりはしない。むしろここからがスタートなのだ。

 法律上はもう結婚が可能ではあっても、俺が未成年である事に変わりない。つまりどうしても1人だけ、ちゃんと報告しないといけない相手が居る。

 それは俺の保護責任者であり、実の父親である東明宏だ。篠原さんと付き合う事に決めた週の日曜日、朝から父さんに篠原さんを紹介した。


「じゃあその。この人が篠原さんです」


「は、初めまして。篠原美佳子と申します」


「………………」


「父さん?」


 今俺の家のリビングは、少々変な空間と化していた。緊張している篠原さんと、固まっている父さん。

 それぞれがバラバラのリアクションをしている。ちなみに言えば年齢もバラバラで、42歳の父さんに31歳の篠原さん。そして16歳の俺である。

 篠原さんからすれば、どちらとも10歳以上離れている事になる。正直複雑だとは思うけど、何とか耐えて欲しい。

 俺は父さんにも篠原さんにも、嘘をつきたく無かった。ちゃんと正々堂々と交際をしたいし、認めて貰いたかったのだ。だと言うのに父さんが何も言わない。


「なあ、どうしたんだよ?」


「……いや、お前……良くこんな美人に相手して貰えたな」


「それは褒めてるんだよな? そうだよな?」


 微妙に引っ掛かる物言いではあるが、少なくとも初手から悪い印象では無かったから良しとする。

 これで開幕から険悪なムードだったら、流石に俺も対処に困る。とりあえず篠原さんの自己紹介は出来たので、2人して父さんの対面に座る。

 普段は父さんと2人きりのリビングで、久しぶりに3人で座っている。いつも食事を取っているテーブルに篠原さんが居る。

 それが何だか、新鮮だし嬉しい。後は父さんが認めてくれたら。そうすれば俺達は、大手を振って交際出来る。

 俺が考えた結果なら良いと言っていたから、駄目とは言わない筈だ。多分だけど。


「いやすみません、私は東明宏。咲人の父です」


「いえ、こちらこそ申し訳ないと言いますか」


「いやいやいや、それはこちらのセリフですから」


 これが噂に聞くあれか? 社会人の謙遜合戦みたいなやつか? 2人してコントみたいなやり取りをしている。

 何だか良く分からないけど、これは上手くいったのか? とりあえず雰囲気は悪くないと言うか、和やかな感じ?

 このまま終わってくれるなら、それが一番なのだが。少なくとも謙遜し合う2人の姿を見る限り、相性はそれほど悪く無さそうだ。

 ただこの姿を見ていると、何というか大人の世界って面倒臭そうだなとは思ってしまう。


「それでその、宜しいのですか? うちの息子で」


「咲人君はしっかりしていますし、私の理想にも合致しますので」


「はぁ、咲人がねぇ?」


「何だよ、その目は」


 コイツがねぇ? みたいな目で見て来る父さんに少しイラッとする。先日のロリコン疑惑と言い、息子を何だと思っているのか。

 あんた俺が作った飯を食い、俺が洗った服を着て生活しているんだからな。それを忘れないで貰いたいね。

 俺の気分次第で飯抜きにだって出来るんだからな。まあその食費を払っているのは父さんなんだけども。

 だけどやっぱりこう、その認識に文句の1つぐらいは言っても許されるのでは?


「本人が良いのでしたら構いませんが」


「本当に申し訳ないです、私の様な者が息子さんと」


「いえいえ、コイツが決めた事ですから」


 どうやら父さんは認めてくれるっぽい? 話の流れ的には、変な事にはなりそうもない。

 多分大丈夫だとは思っていたけど、概ね予想通りの結果で終わりそうだ。父さんの態度が柔らかいので、篠原さんも安堵している様子だ。

 大体条件的に考えれば、俺の方が逆玉な訳だしな。既に億単位の資産がある女性との交際なのだから。

 ただ結婚はしていないから、まだ玉の輿とは言い切れないけど。それに俺はヒモになるつもりはない、それだけは絶対にやらない。


「咲人、1つだけ約束しろ」


「え、何?」


「成人するまで、絶対に子供を作るなよ」


「ばっ! そんなの当たり前だろ!」


 いきなり何の話をするつもりだよ。しかも篠原さんが居る前で。そもそも成人するまでは、性行為自体しないと篠原さんに言われている。

 そもそも未成年者との性行為は普通に犯罪だ。そんな事をしたら篠原さんを犯罪者にしてしまう。

 先日のキスだって、ぶっちゃけギリギリのグレーゾーンだ。言われなくても俺達は健全な交際をせねばならない。

 日本の法律的な意味で。子供なんて以ての外だ。出来た時点でイコール違法行為に手を染めたと宣言するに等しい。


「法律の話じゃないからな?」


「は?」


「お前には経済力がない」


「……そんなのは分かってるよ」


「良いか咲人、子育てはどちらかに負担が偏ったら駄目なんだ。2人で一緒にやるものだ」


 それは次のステップに進んだ俺への、父親としての話だった。俺という息子を育てて来たからこその教訓。

 経済力というのは、ただの具体例に過ぎない。先ずそもそも妊娠は女性の負担が大きい。特に篠原さんの場合は、先日言われた通り高齢出産が避けられない。

 俺が18歳になってすぐでも33歳だ。仮にその時に作れば、俺は年収ゼロで費用は篠原さん頼りだ。

 そして産むのも篠原さん。何もかも全てが篠原さんの負担。そんな調子で子を持っても、絶対に上手くはいかない。それでは駄目だと言う事だった。

 最悪18歳で子供が出来た場合でも、高卒で就職すれば稼ぐ事は出来る。だがそれでは、年収面で確実に足を引っ張る。


「篠原さんを大切にしたいなら、馬鹿はやるなよ」


「ああ……約束するよ」


 これだけは絶対に守ろう。その意思を込めて2人の前で約束した。俺は篠原さんのお荷物になりたいのではないのだから。

 ちゃんとした彼氏をやりたいのだから。ただ問題があるとするなら、篠原さんが魅力に溢れているという事だ。先ずは卒業するまで、そこまで耐えてくれ俺の理性よ。

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