第6話 咲人が帰った後で

 ヤニ、酒、汚部屋のトリプルコンボを決めている女性、篠原美佳子しのはらみかこは新たに家事代行をやってくれそうな男の子を見つけて喜んでいた。

 これまでは美佳子が所有するもう一つの部屋で、シェアハウスをしている2人の女子大生がやってくれていた。

 格安で部屋を貸す代わりに、と美佳子が求めた訳では無い。そのうちの1人が、まだ高校生だった頃に出来た習慣だった。

 最初は防音室を貸し出す対価としてやってくれていた。それが色々とあり、隣に住まわせる事になった後も続いていた。

 あまり褒められた行為ではないが、美佳子本人が可愛い女の子にお世話をされたいのだから仕方がない。仕方がないのだから仕方がない。


「はいはーい、どなた?」


『こんばんは。鏡花きょうかです』


「おぉ〜〜鏡花ちゃん! ボクに会いに来てくれたんだね!」


『……いえ、まあ。多分そろそろヤバいかなって』


 その高校時代から美佳子の介護……家事代行をやってくれていた女の子。宮沢鏡花みやざわきょうかと言う女子大生が美佳子の部屋を訪れた。

 黒髪に淡いブルーのインナーカラーを入れた、ちょっとオシャレで小柄なメガネ女子だ。インターホン越しの会話なので、彼女は現在の室内をまだ見ていない。

 女子大生2人は就活で忙しく、暫く美佳子の部屋を見に来られていなかった。そのせいで恐らくは、大変な事になっているだろうと予想して訪ねて来たらしい。

 彼女の事がお気に入りの美佳子は、当然ながら大歓迎で迎え入れる。鏡花は料理が得意な女の子であり、美佳子は彼女の作るご飯が大好きだった。


「あ、あれ? 何か、片付いている?」


「新しい家事代行を見つけたからね!」


「あ、じゃあ私、要らないですよね?」


「ヤダヤダヤダ!! ボクに構ってよ!!」


「えぇ……」


 女子大生を相手に、必死で駄々を捏ねる31歳の女性。あまりにも残念過ぎる。どうしてこうなるまで放っておいたのか。

 百年の恋も冷める状況だが、それなりに付き合いがある鏡花は慣れたものだ。また始まったかと、いつも通りの対応をするだけである。

 鏡花は別に美佳子の相手をするのは嫌いではない。ただちょっと面倒臭いなと思う時があるぐらいで。

 鏡花は美佳子に対する恩義もある為、たまに頼れるちょっと困った姉ぐらいの認識でいる。

 とりあえず晩御飯でも作ろうかと鏡花がキッチンへ向かうと、そちらはまだまだ汚いままだった。


「あれ? ここは片付いてないんだ?」


「体験入部? みたいな感じだったからね」


「結局掃除しないと駄目じゃないですか……ああもう、下着ぐらい洗濯籠に入れて下さいよ」


「ごめーん、忘れてた」


 咲人さきとはお昼過ぎには帰宅した為、まだ片付いていない所もある。とりあえず玄関からリビングにかけてと、防音室が綺麗になっただけだ。

 他はまだまだ散らかり放題だった。特に咲人が気を遣って、敢えて入らなかった寝室など酷い状態だ。適当に脱ぎ散らかした衣類が散乱している。

 咲人が掃除した部分には奇跡的に下着の類が無かったので、咲人が発見してしまう事故は起きなかった。

 そもそもキッチンに下着が落ちている事が意味不明である為、本当に奇跡的に回避していただけだ。

 そして美佳子は、咲人に下着を見られたぐらいで気にしない。いつか事故が起きるのは、確定的に明らかであった。


「新しい家事代行の人、いつ来るんですか?」


「本決まりになったら月水金だよ〜」


「良かった。また暫く来られないし」


「えぇっ!? もっと一緒に居てよ」


「彼女じゃないんですから」


 美佳子は独り身ではあるが、決して孤独ではない。人気Vtuberである園田そのだマリアとして配信をすれば、何万人もの視聴者が観に来てくれる。

 チャンネルの登録者数は100万人を超えている。それでも美佳子は、鏡花を始めとした友人達と一緒に居るのが好きだった。

 何よりも鏡花の様な家庭的な女の子に、お世話をされるのが好きなのだ。それが良いか悪いかはともかく。

 人としてだいぶ終わっている様に見えるかも知れないが、そう言う女性なのだから仕方がない。それでも生きて来られてしまったのだ、今更どうしようもない。

 

「いい加減、結婚を考えたらどうです?」


「ボクに結婚が出来ると思うかい?」


「……お世話をしたがる男性なら、何とかなりますよ」


「居ないじゃん! どこにもさ!! 歳の近いそんな男性!」


 確かに女性の面倒を見る事が好きな男性も世の中には居る。居るのだが、そんな男性達にも限界はある。

 ちょっと掃除が下手とか、料理が上手くないとか。それぐらいなら、可愛いなと思う男性は幾らでも居る。

 しかし彼らが可愛いと感じるのは、すぐゴミ屋敷にしてしまうレベルの女性ではないのだ。

 服を畳むのが下手とか、そんなレベルなら良いだろう。畳んだらグチャグチャになる様な女性では、その手の男性でも手に余る。

 部屋が散らかっているからと言われて、ガチでヤバイレベルの汚部屋を想像する様な人々ではないのだ。


「何処かには必ず居ますよ、篠原さんの良さを分かってくれる人が」


「部屋を見るなり別れを切り出された事が無いから、そんな事を言えるんだよ?」


「…………なんか、ごめんなさい」


 非常に居た堪れない空気が室内を漂う。ヤニカスで酒カスな汚部屋暮らしの美佳子に、麗らかな春が訪れる日は来るのだろうか。

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