第10話 眠れない

 お風呂上がりに、フロストから衝撃的なことを告げられる。



「秘密の図書館は、俺の鏡では開かれないのか?」

「え?」



 

 そうして開かれたページには”氷の鏡”と書かれている。しかし前に開いたページには、と記載されていたのだ。ということは、導き出される答えはひとつ。


「とある鏡と氷の鏡……ふたつってことなのかな」

「ということになる」

「氷の鏡で開かれるのはこれだね」



 私の指が捉えたのは、氷の鏡が開く扉のイラストだった。白黒で描かれたファンタジーじみたイラスト。長い長い髪を地面に垂らして、にこやかに笑う妖精の羽をもつ少女だ。美しさを見に纏い、でもどこか不思議な感覚になる。



 フロストは初めてみるかもしれないが、私に至っては幼い頃に貰って何度も読み返しているのにこの反応だ。意識して読んでないと、こうなるのもおかしくはない。




(鏡って、ふたつも存在してたんだっけ?)



 なんとか思い出そうとしていたが、やはり思い出せるものは無かった。ただの神話の話として捉えていたものが、実は現実の話だったなんて誰も思わないだろう。

 なんせ、神話の話というのはファンタジーなのだから。



 苦虫を噛み潰したような表情をするフロストとは反対に、私は楽しげな声をあげてしまう。

 ファンタジーに憧れを持つ私からすると、その話題に前のめりになってしまう。



「でも、フロスト! 妖精に繋がるってことでしょ?」



 目から星が飛ぶほど輝く瞳を、フロストに向ける。フロストにとっては、秘密の図書館よりも妖精の方がよっぽど喉から手が出る程欲しいもの。それなのに、どこか秘密の図書館に囚われていた。私の輝く瞳で、自分の一番の目的が妖精であったことを思い起こした。




「あぁ、そうだな。妖精を見つけられるなら、それに越したことはない」

「そうでしょ!」



 何故かフロストよりも私の方が、心を躍らせているのだ。そんな私は、本を両手で持ってイラストに釘付けになっている。フロストは初めて貰った本を手にしたようなに、少しナチュラルな自分でも良いのではとさえ感じ始めるのだ。

 


 クスクスと笑い声をだしてフロストは笑い、立ち上がった。高い身長は、独り暮らしアパートの天井についてしまいそうなほどだ。その高い身長と大きな身体は、全身を染める黒も作用してかなりの圧を感じるだろう。しかし、私との間ではそんな圧力を感じない。


 

 はじめの時から、フロストの圧に関して私はそんなことを考える隙はなかった。鐘を打たれたような衝撃に、周りが逃げ惑うことすら気が付かなかったのだ。



「明日の夜は、妖精を捕まえる」

「うん!」


 


 ふたりが子供であれば、『えいえいおー』なんて言って士気を上げていたかもしれない。そもそもその掛け声自体、こちらの世界だけでしか使わないだろうからフロストの頭の中はハテナを浮かべることになっただろうが。


 

 そんな高まった気分のまま、暖かな布団の中に身体を滑り込ませた。なんだか遠足前の幼稚園生のような気分で、なかなか夢の中に落ちることができない。寝返りを意味もなく打ち、気を紛らわせてなんとか眠ろうとする。しかし、眠ろうと思えば思うだけ眠りとは遠いところに切り話されてしまうものだ。


 

 暗転した部屋の中で、カチカチと秒針が心臓の音のように音を立てて眠気を遮断してくるのだ。目もすっかりと暗闇に慣れきってしまって、色まで感じられそうなほど時間が経過している。ソファベッドに私が横になり、ローテーブルの脚を折りたたみ敷布団を敷いてその上にフロストが寝ている。規則正しい寝息が聞こえてくるので、すっかり夢の中に落ちきっているのだろう。



 私はこの狭い空間に切り離されて独りになってしまった気分を一瞬味わったが、隣から聞こえてくるフロストの寝息に少し安堵した。誰もいないはずのこの空間に、誰かがいることになかなか慣れない。

 深呼吸をして、綺麗なアーモンドカラーの瞳を閉じた。深く呼吸を取れば取るだけ、静かに夢の中に誘われて落ちていく。



 意識を完全に手放す直前に――明日のことを小さく祈った。



(全てが円滑に行きますように。フロストにとって、良き結果がやってきますように。……どうか神様……)



 

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