華やぐ気持ち
第2話 雷鳴
私……
地域に根付いており、田舎なのにかなり幅の広い客層になっていた。
私は、制服に着替えてカウンターで肘をついて本日何度目かのため息をついた。目の前にはPCが光っており、私に仕事をするように促している。
それでも今朝のやりとりが忘れられず、仕事に身が入らない。普段であれば、制服に腕を通せば気持ちが切り替えられるのに。上の空になってしまっていた私に、同僚の山本が背中をたたき喝をいれる。山本は、私より年上で受付事務メンバーのお姉さんポジションなのだ。
「シャンとして。仕事してください〜」
「ハッ! 集中!!」
山本は、こんなことを言っているが柔らかな表情と声で威圧感は感じない。山本の喝を受けて、自分の頬を両手で挟みパチンと音を立てた。音ともに、耳の奥に残る雷鳴をかき消そうする。
* * * *
雷鳴が轟く中、大柄の男は空からふわりと舞い降りた。黒髪に黒の瞳に黒のマントと、黒ずくめの人物だった。頭から生える大きなツノが、この世界とは切り離された人物であることは明白にしていたのだ。
ヒラリとはためかせたマントが、彼の冷淡な視線と相まって凍つく風を感じる。それなのに、私は心を浮つかせていた。そして、気がつくと彼に近づいていたのだ。冷たくてまとわりつく闇が、近づいてはいけないと警告を鳴らしている。その警告に従って逃げる周囲の人たちの中、ひとり香澄だけが近づいていた。
「おい、人間」
「……私?」
静かに近づく大柄の男は、私のことを指さして『お前しかいないだろう』と眉を
そんなことにすら私は気がついておらず、彼のことしか視界にとらえていなかった。
「なんでしょう?」
「妖精は、どこにいる」
”妖精”だなんてもの、空想上の話すぎていまいち理解ができない。さらに、詰め寄ってこられて距離がグッと近づいたことで言葉を失ってしまう。妙な緊張感を感じながらも、近づいた彼の顔から目が離せないでいた。
「妖精を知らないのか?」
「え、っと。そうですね……」
その答えに用無しとばかりに、私に背を向けて黒の重たいブーツ音を鳴らし、マントが歩くリズムに合わせて揺れる。その揺れるマントを追いかけるように、私は声を発した。
「イケメンさん! 私、手伝いますよ!」
おそらくこの大柄な男は、まさかそう言われるとは思ってなかったのだろう。足をぴたりと止めて、返事もなくただそこで立ち止まった。それを良いことに、彼の前に回って覗き込んだ。
私にとってのドストライクの顔と声の、
私は、目を輝かせてその男を見つめる。私の心中には、彼からの良い返事を期待した気持ちが見え隠れする。
「手伝うって、意味わかってるのか?」
「もちろん!」
少し鼻高々にして私の薄い唇を、緩く弧を描いてにんまりとさせた。高圧的な表情の男は、私のことを値踏みをするように頭からつま先まで舐めるように見る。微かに眉を歪めて、低音の声をさらに低くした。
「何か望みがあるのか?」
どうやらこの男は、”取引”でも持ち掛けられるのかもしれないと警戒をしているようだ。早く答えるようにと促すかの如く、顔を動かした。なかなかの圧力を解き放っている。
そんな圧力には、私は動じない。それでも、望むことなんて恋愛的感情な訳でそんなストレートに伝えることは
「望んで良いのですか? いや、ダメでしょ……望んで良いなら……」
「はっきり言ったら良いだろう?」
「じゃあ、言います! 貴方をもっと知りたい!」
理解し難いと肩をすくめられてしまった。しかしそのおかげで、先程までの硬い雰囲気は少しやわらいだ。
冬の凍える寒さに差し込む春の陽気に、私は少し肩を撫で下ろした。そこでようやく、ハッとなり思い出したのだ。今、自分が置かれているこの状況に――
「あ! 私、仕事に行くので……どこで待っててくれます?」
「早く、情報を集めたい」
「なるほど? でも、そのままで歩いてると目立ちますよねぇ」
私は、腕を組んで目を伏せた。ゆっくりと瞳を閉じた。そして、微かに瞼を震わせて
なぜなら私にとっては、またとないチャンス。なんといっても田舎には、出会いは少ないし何より自分の好みの人となるとさらに限られる。
絶対にこのチャンスを逃したくはない。そう思うと、今考えるべきは仕事の後にまた会う約束を取り付けることだ。
(どこかのお店? でも、目立つし……あっ)
「じゃあ、私の部屋で待っててください」
そうと決まったら、さっとメモ帳を出して地図を書いた。ここから歩いてすぐのアパートに住んでいる。鍵とそのメモを共にして、満面の笑みで差し出した。半ば強引な気もするが、私はもう決めたのだ。
――この後、もっと仲良くなるのだ。と。
少し躊躇いを見せつつも、彼は手を出して私の部屋の鍵を手にした。それを私は見届け、軽やかなステップで職場に向かったのだ。
軽く振り返えると、目で追っている彼に手を振った。
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