恋をする手記人形

雷電

第1話 手記人形マリア・シュリル

魔法と剣と機械が発展した世界がある。魔法と機会発展により近代魔法革命が起きた世界〖魔機界(マキナ)〗と言う世界が。


英雄が入る。


冒険者も。


勇者も聖女も魔法使いも‥‥‥‥色々な職業(ジョブ)を持つ人達が沢山入る。


そんな人達が集う国が魔法と機械の国〖マキナ〗公国。


そして、私、〖マリア・シュリル〗。魔法機械学の技術により作られた意思を持つ手記人形。それが私。


今日も今日とて、あらゆる記録を手記していく。


冒険者の記録。貴族派閥の記録。政治家の動向の記録。国の経済の記録。隣国の戦争の記録。あらゆる記録を手記していく。


それが私の使命であり、誇りある仕事。


そんな変わらぬ手記の日々が今日も来る。あの人が出勤してくると同時に私は深い眠りから目覚める‥‥‥


キィィ‥‥‥‥カラン‥‥‥カラン


木製の扉がゆっくりと開く。そして、一人の理知的な男性が笑顔で暗い暗室へと入室して来る。


「おはようございます。マリアさん。今日も一日お互い、頑張って記録しましょう」


〖記録院〗‥‥‥‥マキナ公国の首都〖リアシア〗の政庁の中にある記録員が働く場所。そんな場所に入って来たのは記録科の室長〖リク・テリクス〗先生。


綺麗な黒髪、青色の瞳、そして、理知的な印象を受ける雰囲気。

この人はマキナ公国の名家〖テリクス家〗の次男で、幼少の時から文学の才能に恵まれ、将来は有望なマキナ公国の〖文学者〗として名を馳せると世間の人達は皆そう思っていた。


だけどリク先生が選んだのは政庁の片隅にある仕事、〖記録者〗という仕事だった。



「カチッ‥‥‥‥おはようございます。リク先生、今日は予定よりも早い出勤ですね」


「えぇ、今日はちょっと早急に読みたい〖記録〗があるんで、早めに来てしまいました。あぁ、これです。マルイラ事件。この記録書が読みたくて仕方なかったんですよ」


リク先生はそう告げると、今朝方に届けられた昨日分の記録書が入った箱から一つの紙の束を取り出し、私に見せてきた。


「ルルクラ盗賊団による。マルサリハ実験場への襲撃事件ですか?何でそんな記録書を?」


「‥‥‥‥このマルイラ実験場はアークス教団に人からより〖人形〗になってしまった人達を戻す為の実験が行われていた場所です。マリアさんの様にね、だから実験場が無事なのか気になっていたんですよ」


「アークス教団‥‥‥」


そう。私はつい数年前までは普通の人間だった。イルア学校を卒業後、政庁の〖記録者〗として働く事が決まった時、外交官だった父のお供にと隣国〖ギルドナ〗王国の首都ラリアに着いていたその時だった。アークス教団が突然、現れて特殊な魔具(ミーティア)で多くの人達を人間から人形へと変えてしまった〖呪い人形〗事件。


それが私の手記人形となった切っ掛けの事件。


私は部屋の中にあった鏡台で今の自分の姿を観てみる。


緑昌石の様な綺麗な眼。


顔立ちは幼さが残りながらも整っていて愛らしい。


絹の様な綺麗な金髪。


低くもなく、高くもなく平均的な身長。


「凄いですよ。リク先生。鏡の向こうに絶世の美少女がいます。ビックリです。まるでお人形さんの様です」


「‥‥‥‥‥いや、マリアさん。貴女はれっきとしたお人形さんで、それを治す為に僕やシア達がこうやって情報の〖記録〗を集めていて。そして、貴女は確かに絶世の‥‥‥‥‥てっ!鏡の前で何をしてるんですか?」


「記録です。記録‥‥‥‥《その鏡の向こうには素敵なお人形の様な美少女が映っていた。そして、彼はそんな美少女を絶世の‥‥‥》」


ギシッ!


そんな音が私の右手から聴こえてきた。私音が聴こえた右手を見てみるとリク先生が私の右手を自身の左手で掴んでいたのだ。


「はい。ストップです。それ以上の〖記録〗はストップ。今日の仕事が手につかなくなりますよ。マリアさん」


「し、失礼しました。リク先生‥‥‥私、一度でも書き留める事に集中してしまうと暴走してしまうんです」


「ハハハ、そうですね。マリアさんは昔からそんな方でしたね」


「はい‥‥‥人間だった頃からの悪い癖なんです。今はただの人形ですけど」


「‥‥‥‥マリアさん」


リク先生が私の右手を見ながら悲しげな表情をする。

‥‥‥私は先生の左手の感触が分からない。捕まれているという感覚が分からない。人肌の温もりも忘れかけている。


〖呪い人形〗事件で受けたルルエラの呪い。人から人形に変える呪いで私の人生は大きく変化していった。


色々あった。家族の事、政庁の監視、記録院への配属。それもこれもリク先生の助力があって上手くいった出来事。


「あの、リク先生」


「何でしょうか?マリアさん」


「私、リク先生にはとても感謝しているんです。人形となってしまって困っている私を救ってくれて、〖手記者〗としての居場所まで与えてくれた。先生には凄く感謝してるんです」


私は今、思っている素直な感情をリク先生に伝えた。


「‥‥‥‥‥そうですか。それはとても嬉しい事を言って頂けるとは‥‥‥ですが僕はマリアさんを本当の意味で救えていません。何処かの大陸には呪いを解く治癒師という職業(ジョブ)があると聴いた事があるのですが」


ギシッ!


リク先生は私の右手を握る左手に少し力を入れたのか、私の人形の身体から異音が響いた。


「‥‥‥‥先生?どうかされましたか?私、先生を怒らせる様な事をしてしまいましでしょうか?」


「‥‥‥あ、すみません。マリアさん。つい左手に力を入れてしまって‥‥‥痛かった‥‥‥ゴホゴホ‥‥壊れていないですか?」


「は、はい。私は大丈夫ですよ。リク先生‥‥‥そろそろ仕事の時間ですね。今日の〖記録〗を始めましょう」


「あぁ、もうそんな時刻でしたか‥‥‥‥そうですね。〖記録院〗の仕事を始めますか‥‥‥」



リク先生との他愛のない会話のやり取り、人形(私)と人(先生)の毎朝の楽しいひととき。


私は人としての感触は失ったけど、人しての感情はある。


私は恋をしている‥‥‥目の前の恩人に。人形になってしまった私を救ってくれた目の前の恩人に恋をしている。


私はそれを心の中で書き留める。その感情を記録に残す。貴方を想って仕事を頑張る。


私は手記人形〖マリア・シュリル〗


〖記録院〗の手記係‥‥‥‥そんな私は人から人形に変わってから、本当の恋心を知った恋物語。

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