カスミ、斬る!

@ACC4649

プロローグ 刀と話す女

とある異世界。広大な中央大陸の東の海に浮かぶ島々は、ヒノモトと呼ばれ四季があり温暖な地域として知られている。

ヒノモトは代々ミカドと呼ばれる王によって統治されており、革命と戦乱を繰り返す中央大陸東部の諸王朝と距離をとるため長い鎖国政策をとっていた。


その為独自の発展をし大陸の国とは一風違う、地球の日本とよく似た文化習俗を持つようになった。

なので大陸に出現する、人ならざる化け物たち──モンスターなどと呼ばれる怪物の類も、ヒノモトでは悪鬼羅刹や妖怪などと呼ばれていた。


しかしそのミカドの権威も次第に衰え、いつしかヒノモトは諸勢力が争う混沌の戦国時代を迎え、他国からはヒノモト大乱と呼ばれた。

だが混沌は必ず秩序に収束する。大乱を制したのは一代の英傑、トクダ・ノブヤス。

彼はその才気と野心によって他勢力を圧倒し、ミカドを奉じ自らをタイクーンとして幕府を開き、ヒノモトを統一した。


ノブヤスは実権を握った上でミカドをシンボリックな存在にまつりあげ、各地に藩侯を封じた。

こうして大乱終結から100数年、鎖国も終わりヒノモトは平和と繁栄を享受していた……表面上は。


「た、助けてくれぇーっ、誰か!」


ヒノモト東部にあるキブカの町の昼下がり、一人の男が助けを求めながら懸命に走っていた。


「待てや、コラっ!」


彼を追いかけているのは、四人組の人相の悪い男たち。

その中の一番背の高い男などは堅そうな棒切れをもっている。

彼らは通行人たちをやや乱暴にかき分けながら、怒鳴りながら男を追い続ける。


(や、ヤバい、やバいやバいやバい。ここで捕まるワケにはいかねぇ!)


男たちはかなり興奮している。下手をすれば命を取られかねない。

逃げる男――ヘイスケは顔を青くさせながら、必死に足を動かし続ける。


だが、男たちの足は速く、いつまでも逃げ続ける事は不可能。それをヘイスケもわかっていた。

だから道を行く人々に助けを求めているのだが、追いかけている四人組のガラの悪さもあって皆見て見ぬふりだ。


差は少しずつだが縮まってきているようだ。ヘイスケは焦る。

もはや恥も外聞もない。誰でもいい、抱き着いてでも助けを懇願しよう。

そう思ったヘイスケはほとんど確認もせず一人の人物に、飛び掛かるように抱き着いた。


いや、ヘイスケは一つだけ確認していた事があった。それはその人物が刀を腰に差していることだ。


「どうか助けてください、お武家様!お礼なら致します!……だから、どうか」


それはもう懇願を通り越して哀願だった。命の危機となれば、大の男でもこんな哀れな声が出せるのかとヘイスケは自分でも感心した。

しかし抱き着いた武士から帰ってきた答えは、どこか呑気な様子な言葉だった。


「―――おいおい、いくらあたしが武士とはいえ、こんな真昼間から年頃の娘に抱き着くとは、顔は見えぬがお主どれほどのうつけ者だ?」


(おんな?)


高いその声に気が付き、ヘイスケは顔を上げる。なるほど服こそ男のものだがどう見てもその侍は女だった。

視線の先に映る顔は女にしては髪を短く切りそろえた、年恰好はおそらく十九か十八ぐらいの、どこか幼さの残る顔立ちの若い女だった。

そこそこ以上の容姿をしていたが、額の刀傷らしき傷跡が玉に瑕だった。


しかしヘイスケが気になったのは、この女侍が一向に目を開かないことだった。

恐る恐る口を開きヘイスケは問いかける。


「お、お武家様はお目が……」

「うん、見えぬが?それがどうした」


あっけらかんと女侍はいった。

対照的にヘイスケは驚きを隠せなかった。女の侍も、盲目の侍も珍しいが存在はしていることは彼も知っていた。

だがまさかその両方を併せ持つものが現実にいたとは。


やがて男たちが追いついたようで、女侍とヘイスケの前にずらっと並び立つ。


「クソ野郎が……ムダに逃げ回りやがって…!」


「もし、そこの二本差しの姐さんよ。そこの男をこっちに渡しちゃくれねえか?あんたにゃ縁もゆかりもなかろう?」


「ふむっ、まあそうではあるが」


ヘイスケは女侍の着物が、千切れんばかりに力をこめて掴んでいる。

彼にしてみれば、ここで引き渡されてしまうわけにはいかない。

女で目が見えずとも、もはやこの彼女に頼るほかにはないからだ。


「見たところどうも盲しいておられるご様子。どうかひとつ『見なかった事』にしちゃくれませんか」


言葉は丁寧でも最低な冗談を一人の男がとばし、残りの三人は下品に笑いあう。

それでも女侍は怒る様子も見せず、すっと腰の刀を鞘ごと引き抜き何事かぶつぶつと話し出した。


「どうするサナエ。あたしはどちらに与するべきか?もはや見て見ぬ振りもかなうまい……なに、まず詳しい事情を聞けとな…」


ヘイスケも男達もその行為に一瞬呆気にとられた。どう見ても女侍は刀に向かって話しかけているからだ。

やがて一人の男が馬鹿にした口調で言った。


「へっ、目が見えねぇ上に頭がアレかよ。中々の別嬪なのにもったいねえや」

「おいおい、お前は面がよければなんでもいいのかよ」

「ああ、悪いか?あの柳腰もたまんねーや。まともなら、デートに誘うんだがよ」


男らが聞こえるか聞こえないか程度の声量で罵る。

しかし本人は蛙の面になんとやら。全く気にしている様子もなく続ける。


「ふむ、どうだろうか。サナエの言う通り詳しい事情を話してはくれぬか。さすればあたしも――」


その時四人組の中で一番背の高い男が、持っている棒切れで女侍の言葉を遮るように地面を叩いた。


「うるせえんだよ!さむれぇだと思って下手に出てりゃ、調子こきやがって!目が見えねえ上に、おかしい女にいちいち説明をするほど、こちとら暇じゃねえんだ!黙って失せるか、殴られて失せるか選びやがれ!」


かなりドスを聞かせた怒鳴り声が町に響く。

それを合図にしたかのように男たちは、じりじりと間合いを詰めてくる。

ヘイスケは震えあがり顔面蒼白だが、女侍はそれでも平然としている。


「やる気か?もしかすれば、お主らの方がよほど理があるのやもしれんぞ。あたしは正しい方を痛めつけたくはない」


女侍の問いかけには答えないまま、男たちは間合いを詰め続ける。

無言の中緊張感が場を包み込む。


やがて一人の男が痺れを切らしたように、女侍に向かって拳を振るってきた。

どうせ目の見えぬ女。刀も飾りだろうと舐めたその攻撃。

しかし女侍はヘイスケを横に強く弾き飛ばし、同時に男の拳打を右手に刀を持ったままずらして避けつつ、左手で男の顎をめがけて掌底を繰り出した。


「がっ!ぐえっ……」


顎からの強い衝撃により、男の脳は激しく揺さぶられその場に崩れ落ちた。

残った三人の空気が変わった。それまでのどこか弛緩した空気は消え失せている。


「これで事情を説明する気には──ならんようだな」


やはり見えてはいないようだが、殺気を感じ取ったのか女侍は身構える。


「てめぇ……もう、タダじゃすまねぇぞ」

「おうよ、畳んで川に流してやらあ!」


1番大きい男を残し、二人が女侍に襲いかかる。

先程の男のように油断はしておらず、やや慎重に攻撃を仕掛けていく。


しかしそれでも、女侍に攻撃は当たらない。

拳も蹴りもそれぞれ二人で同時に繰り出しているのに、当たらないのだ。


(な、なんで当たらねぇんだよ?)

(目が見えてたってこんなには避けられねぇはずだ!)


やがて狙い澄ましたように、女侍は先程のように掌底と鞘に入ったままの刀で二人の顎を強烈に打ち抜いた。

どこ小気味の良い音がその場に響いた。

それからすぐに先ほどの男と同じように、糸の切れた人形のように地面に倒れ込む二人。


(す、すげぇ…)


ヘイスケはただただ驚嘆していた。目の見えない女が、ごろつき三人をあっという間にのしてしまったのだから無理もない。


「もらった!」


だがヘイスケが驚嘆していたその時、一番大きい男が仕掛けていた。

二人がやられていたのを囮のように使い、持っていた棒切れを高く振り上げ女侍に襲いかかる。


「あ、あぶねぇ!」


思わず叫ぶヘイスケ。だが女侍は少しも慌てず。小さな声で呟いた。


「……サナエ、振るぞ」 


女侍は自らに襲いくる一撃に合わせ、鞘に入ったままの刀を振り上げる。


(速い──!)


それはヘイスケのみならず、見ていた誰もが目で追えぬほどの一振りだった。



大男は一瞬何が起こったのか分からなかった。



自分は攻撃をしていたはずだったが、振り下ろした棒切れは2つに破壊され、自分の眼前には黒い鞘があった。

それが自らの顔面に打ち付けられた女侍のものだと、理解した時には彼の意識は闇に堕ちていた。



その場でその光景を見ていた者たちは、ヘイスケも含めて皆言葉を失っていた。

屈強なごろつき四人を、刀すら抜かずにあっという間に打ち倒した、盲目の女侍。


倒れ込んだ男らの間に、所在なさげに佇むその姿は、まるで白昼夢のようだが現実だ。

女侍は刀を大事そうに腰に戻しながら、何かを思い出したかのようにヘイスケの方を向いて口を開いた。


「……おおそうだ、あたしに抱きついたうつけ者、そこにいるだろう?」


気配で分かるのだろうか。彼女はヘイスケのいる方を正確に捉えていた。


「へ、へい、おりますが…」

「お主、助けたら礼をすると言っていたな。腹が減った──うまい飯とうまい酒を頼む。ついでに、事の次第も包み隠さず話せよ」


ヘイスケは、多少しどろもどろになりながらも返事をした。


「へ、へえ。 そりゃもう…」

「よし、では早速行くぞ……そういえばお主の名前を聞いていなかったな」


ヘイスケが自分の名前を名乗ると、女侍もそれに答えた。


「あたしはカスミ、オキモト・カスミだ」


女侍はどこか年相応の、屈託のない笑顔でそう答えた。

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