第47話 暇をもてあました神と人間の遊び (ナユハ視点)
「とにかく! 今日は魔力がほとんど空っぽになったから、明日! 魔力が回復してからその右腕を詳しく調べたりするから! 今日のところは我慢してくださいお願いします!」
見事な土下座(スクナ様が広めたとされる最上級謝罪)を決めながら早口でまくし立てたのがリリア。友達に土下座させて胃が痛くなってしまったのは黙っているべきだろうか?
あと、空っぽになった魔力が一晩で回復するってバケモノじみているのだけど、自覚無しだろうか? ……ないんだろうなぁ。リリアってただでさえ世界最大級の魔力総量らしいのに……。
その後。
リリアは疲れ果てたのか眠るように倒れてしまったので、いつの間にか側に来ていたリース様のテレポートで(私も一緒に)近くのレナード家別荘へ。
リリアをメイドさんに任せた後、リース様に『今日は遅いのでナユハもここで一泊しなさい』と客室に放り込まれたので、大人しくベッドの上に腰掛けた私である。だってリース様に逆らうなんて選択肢は存在しないし。
「ふむ、ふむふむ……」
しばらく右手を動かして感触を確かめる。その結果として分かったのが、握力の最大値は確かに上昇していたけれど、最低値はほとんど変わっていないということだった。
本気で握れば岩すらも砕ける握力ではあるものの、普通にしていればガラス製の水差しを使うこともできるし、羽根ペンを握りつぶすこともない。文字も問題なく書くことができた。
まぁつまり何が言いたいかというと、別にリリアが気にするような事態ではないだろう。普通にしていれば普通の右手として使えるのだし、緊急時に役立つと考えれば感謝してもいいくらい――いいや、本来は失うはずだった右腕がこうして繋がっているのだから全力で感謝するべきだ。
気にしないで。
ありがとう。
すぐリリアに伝えようとベッドから立ち上がった私だが、リリアが眠っていることを思い出して再び腰を下ろした。
そのままベッドの上に寝転がる。
天上には豪勢なシャンデリア。デーリン伯爵家の本邸でも応接間にしかなかったほどの大きさ。それを別荘の客室に使えるのだからレナード家の財力恐るべしである。
なんとなく。そのシャンデリアに向けて右手を伸ばしてみた。
特に意味はなかったけれど、どんなに指を動かしても掴むことのできない
「…………」
――罪があると思っていた。
今でも、罪悪感は確かにある。私のせいであの子たちは誘拐されてしまったし、それを忘れて生きることはできないだろう。
でも。
過剰な贖罪はもう止める。
私は生きたいから。
リリアの側にいたいから。
デーリン家の娘。罪人。のうのうと生きている。私はきっとこれからも批判にさらされるだろう。死んだ方がマシだと思うような苦しみを受けるかもしれない。
しかし。
私はもう迷わない。
たとえ百万の人から批判されようとも。
たとえ千万の人を敵に回しても。
リリアが私を許してくれるなら。
友達と呼んでくれるなら。
それでいい。
私は、それだけでいい。
「――――、――っ!?」
不意に、ぞくりとした感覚に襲われた。
全身が総毛立つとでも表現しようか?
私はリリアのように戦闘訓練を積んだことはないけれど、それでも、生存本能とでも言うべきものが全力で警告を発していた。
扉の向こう、廊下に誰かいる?
ベッドから降り、窓を開ける。いざというときの逃走経路確保だ。窓から上半身を乗り出して周囲を確認。この部屋は二階だけど、近くに庭木があるのであそこめがけて飛び降りれば逃げられるだろう。
デーリン家は先祖代々の行いによって色々と恨まれていたらしいのでこういうときの対処法は家令から叩き込まれている。簡単ではあるけれど護身術も。
……あれ? これもある意味で戦闘訓練を積んでいたことになるのかな? 逃げと守りに特化しているけれども。
そんなことを考えていると扉がノックされた。
『ナユハ、起きてる? 入っていい?』
扉越しであるせいか少しくぐもった声。だけど、間違いなくリリアのものだ。付き合いは短いけれど、あの美声を聞き間違えるはずがない。
なのに。
私の
「……えぇ、入っていいですよ」
私は窓枠を背にしてそう答えた。
友達とはいえ、貴族のリリアを出迎えるのだから自分で扉を開けるべきだ。
また、友達なのだから自らドアを開けるのが当然。
なのだけど、ドアを開けた途端にナイフで『ぶすり』と刺されたら笑えない。デーリン伯爵家の娘としての危機感がそんな不用心を許さなかったのだ。
ドアが開けられる。
入ってきたのは絶句するしかないほどの美少女。明かりのない室内でなおも輝く銀髪に、宝石のようなきらめきを宿す瞳。初雪のように美しい柔肌と、生命力を感じさせる紅色の唇。
9歳。まだまだ子供でありながら、将来の美貌を約束されている少女。
リリア・レナード。
私の友達だ。
友達だからかどうか分からないけど、分かる。分かってしまう。
「――あなたは、誰ですか?」
治ったばかりの右手を握りしめる。護身術の腕前はお世辞にも高いとは言えない私だけれども、岩をも握りつぶすこの右腕をうまく使えばかなりの戦闘力を発揮することができるだろう。
それと同時に、左手は背中に隠しつつ窓枠の位置を確認。振り返って、飛び越える。二つの動作でこの部屋から逃走できるような心構えをしてリリア――っぽい少女を睨み付ける。
いくら友達とはいえ、『あなたは誰ですか?』なぁんて口走るのは失礼にもほどがある。
あるけれど、リリアなら『やっぱりナユハ怒ってる!? マジすみませんでした!』くらいの反応はしてくれるだろう。
なのに、部屋に入ってきた少女はまるですべてを見通しているかのような不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ。すごいな、邪視の力も持たないのにわかるんだ? 一応、身体は本物のリリアなんだけど」
「……リリアに、何かしたと?」
催眠術や憑依。ぱっと思いついた方法はリリア相手に効果はなさそうだけど、いまだに私の本能が全力で警報を発する相手だ、『そんなことはありえない』と頭ごなしに否定するのは早計か。
謎の少女はけらけらと笑った。
「ははっ、そう恐い顔をするな。ちょっと身体を借りただけで、リリアも合意の上だから。ま~単に身体を借りると伝えただけで、ナユハに会いに行くとは言っていないんだけどな」
人を食ったような物言いに付き合う必要はないだろう。私は繰り返しとなる問いを発する。
「……あなたは、誰ですか?」
「人に尋ねる前にまずは自分から、と、いうのは止めておくか。こんな怪しい存在に大人しく自己紹介するバカはそうはいまい。璃々愛なら嬉々としてするだろうがね」
少女はどこか偉そうに胸の前へと手をやった。
「さて、自己紹介だが、中々に難しい。この世界の人間に『北欧神話の女神(・・)オーディン』と名乗っても理解できないだろうしな。分かり易く
「…………」
この世界の神といえばまず思い浮かぶのがスクナ様だ。しかしスクナ様ではないだろう。確かに目の前の彼女は金の瞳を有しているが、片目だけ。右目は赤いし髪は銀髪、さらに言えば全知全能にして美と愛の神、亜人を含むすべての種族と平等に接したと伝わる慈悲深き完璧なる主神スクナ様があのような乱雑な言葉遣いをされるはずがない。
……なにやらどこかから『私そんな完璧超人じゃありませんよ!?』という叫びが聞こえたような気がするけど、きっと気のせいだ。
私がそんなことを考えている間にも、目の前の少女(?)はご丁寧にも自分の正体を解説し続けてくれた。
「簡単に言えばリリアの前世、の、前世だな。異世界の主神だが、死んでしまったので転生したのだ。その転生した人間も死亡したので今はこうしてリリア・レナードの一部として存在している」
前世の記憶を持つ人間はそれなりにいる。が、前世の前世の記憶を持ち、しかもその人格が現在の肉体を操れるなんて非常識にもほどがある。
そう、あまりにも非常識だから逆に真実味を感じてしまうほどに。
真偽はともかく、リリアほどの魔法使いの身体を乗っ取る(?)ことができるのだからただ者ではないだろう。リリアは現在魔力が枯渇しているけれど、リース様がそんなリリアを無防備な状態で放置するとは考えがたいし。
それに、雑談という形でリリアの口から直接前世が神様であるということは聞かされている。……まぁ、リリア自身も『神様の転生体とかちょっと陳腐な設定だよねー』とは口走っていたけれど。
ともかく。神様云々は置いておくとして、下手な対応をして事態をややこしくする必要もないし、相手から最初に名乗ったのだからこちらも相応の対応をしておくのが無難だろう。
「オーディン様、でしたか。わたくしはナユハ・デーリンと申します。現在は平民ですが、元はデーリン伯爵家の娘ですので、よしなによろしくお願い致します」
「可愛くない思考だな。9歳児のくせに」
小さく鼻を鳴らすオーディン様。たぶん私の心を読んだのだろう。本来なら気味悪く思うところなのだろうがリリアも読心できる人なのであまり抵抗はない。むしろ二番煎じでちょっと残念感。主神(?)なのに。
「失礼なヤツだなー。ま、いいだろう。とっとと用事を済ませるか」
オーディン様は異空間から数枚の羊皮紙を取りだし、私に差し出してきた。
受け取って読んでみると……内容は誘拐被害者の方々による、私を許しますという文章と署名。
「リリアがお前のために、一人一人尋ね回って集めたんだ」
「リリアが……」
考えがあると言っていたのはこのことだったのだろうか?
心が温かいもので包まれる。
リリアが私のために、という嬉しさと。リリアに見捨てられていなかったという安堵。
「リリアはもちろんだが、被害者にも感謝しておけよ?」
「えぇ、もちろんです。誘拐されたにもかかわらず、私を許してくれるだなんて……」
「思ったより素直なのは感心だな。もっと頑迷な反応をすると思ったんだが。……だがな、感謝するところはそこじゃない」
「え?」
「リリアは最初、補填金を被害者に渡して、その代わりにその署名をもらおうと考えていた。私はこの世界の金銭感覚に疎いが、確か一人あたり金貨150枚だったかな?」
「……滅茶苦茶ですね」
私のためにそんな金額を用意してくれたことは、恐縮だけど嬉しくもある。
でも、やはりリリアには常識というものを教えないとダメだろう。金貨150枚とか、一般的な農民が何年働けば貯められるのか彼女はきっと理解していないから。
そしてお金は返さないといけない。
どうすれば返済できるかすら分からないほどの金額だけど、たとえ私の一生をかけてでも……。
心苦しさと、決意。
私がそんな二つの想いを抱いていると――
「でもな、被害者はその金を受け取らなかったんだ。一枚もな」
「……はい?」
金貨150枚を?
普通に暮らせば一生働かなくてもいいほどのお金を?
被害者の方々が私を許してくださっているのは理解している。私自身納得はしていないけど、裁判の時にそう証言してくれたのだから事実だ。
だから私を許す旨の書かれた署名に反対したから金貨を受け取らなかったわけではないだろう。そもそも全員分の署名は私の手の中にある。
あまりにも高額だから受け取らなかった?
それにしても一枚も受け取らないなんてことがあるだろうか? 多すぎるなら減らせばいいのだし、リリアもそのくらいの柔軟な対応はしたはずだ。
リリアのことが信頼できなかった?
確かに。9歳の少女が金貨を持ってきたって警戒するだけだろう。何か裏があるのかと勘ぐるのが普通だし、犯罪に巻き込まれるかもしれないと警戒するはず。そもそも金貨が本物である保証もない。
でも、そんなことはリリアだって分かっているはずで。『レナード商会の娘』という肩書きをはじめ信頼を勝ち取るに十分なものをリリアは持っている。それを使わないほど彼女は愚かではないし、頑固でもないだろう。
なのに金貨を受け取らないって……どういうことだろう?
私が悩んでいるとオーディン様が心底呆れ果てたようにため息をついた。
「ナユハ。年長者として助言してやるが、お前は難しく考えすぎだ。いや考え無しのド阿呆よりはマシだがな、9歳なんだからもっと素直な思考を心がけろ」
「あ、はい……?」
首をかしげるとオーディン様はやれやれと肩をすくめた。
「被害者はそれぞれの想いをリリアに語ったがな、内容は共通していたよ。――ナユハさんを助けてあげてくださいと。この金貨は、ナユハさんのために使ってくださいと」
「…………」
あまりの驚きに言葉を発することができなかった。
地下牢に入れられていた被害者のために行動したのは間違いない。
でもそれはせめてもの罪滅ぼし。私の力では被害者を親元に帰すことができなかったし、救出できたのは家令であるジェスさんが尽力してくれたおかげ。
私には何もできなかった。
被害者の方々が慈悲の心で私を許すことはあっても、金貨を渡す理由にはならないはず……。
「何もできなかった? 慈悲の心で許された? 違うな。お前は、お前の行動によって許されるに至ったんだ」
「……え?」
「お前は最も大切なことをした。お前は、被害者の心を救っていたんだ。たとえ地下牢から救い出されても、心が壊れてしまっていては手遅れだからな。お前の言葉は、行動は、確かに被害者の救いとなっていた。心の支えとなっていた。だからこそ、――お前のやったことは、正しかったんだよ」
「――――」
涙があふれ出た。
あのとき。
何もできないと悔やんでいた。
何かしなきゃと焦っていた。
助け出すための計画も練った。
お父様に直談判した。
でも、私はあの子たちを助けることができなくて……。
力のなさを恨んだ。
無力な自分を殺したくなった。
いっそのこと死んでしまった方が楽だったはずだけど……。被害を受けたあの子たちを置いて、自分だけ楽になることなんてできるはずがなかった。
せめてもの罪滅ぼし。
そして、自分に対する言い訳。
私があの子たちの話し相手になったり、食事を隠して提供したりしたのは自分自身のためだった。私はやれることをやっていると。だから私は悪くないのだと。そう自分に言い聞かせるためにしていただけ。
あぁ、なんて醜い私だろう。
なんて卑劣な私だろう。
分かっている。
理解している。
あの子たちを助けたのはあくまで自分のため。自分の心を救うため。
……なのに。
どうしてだろう?
あふれた涙が止まらないのは。
よかった、と。心が歓喜の声を上げているのは……。
「だからナユハは考えすぎなんだ。理由なんて『あの子たちが可哀想だから助ける』だけでいいのに、その行動をするために色々と言い訳を積み重ねて……。いいか? お前が少女たちを助けたからお前の心は救われた。お前が少女たちを助けたから少女たちも救われた。どちらも得をした。どっちも損をしていない。なら、難しく考えるな」
そう言ってオーディン様は私の頭を撫でてくれた。
その手は私の血で染まったまま。血まみれの手は普通恐怖心をかき立てるのだろうけど、自分の血を――しかも、リリアが私を助けてくれた証を怖がるはずもない。
頭を撫でられ続けて、昔、お父様にしてもらったときのことを思い出した。少し不器用に。それでも優しく。ゆっくりと。
お母様が生きていたら、こんな風に頭を撫でてくれただろうか?
「…………」
私の目からは止まることなく涙があふれ続け、そんな私をオーディン様は母親のように優しい顔で見つめている。
そして――
「――ぬぁに美少女を泣かせているか!?」
ばきぃ。
あるいは、どごぉ。
そんな効果音を立てながらオーディン様(に身体を貸したリリア)が真横に吹っ飛んだ。いつの間にやら近くにいた妖精様が『ドロップキックだー』、『さっすが璃々愛ー』、『主神相手にも容赦ないねー』と語り合っていたのできっとそういう技名なのだろう。
吹っ飛んだオーディン様が先ほどまでいた場所に立っていたのは――愛理様?
いや、見た目は確かに愛理様なのだけど、雰囲気が違う。どこがどう違うのか説明しろと言われると困ってしまうけど、とにかく、愛理様じゃないというのは理解できた。
黒髪。
黒いセーラー服。
その顔は間違いなく愛理様のはずなのだけど、なぜか、リリアに似ているような気がした。たぶんリリアが大人になって髪を黒く染めたら目の前の少女――いや、女性そっくりになるのではないだろうか?
淑女、と表現するしかないほど落ち着いた雰囲気を纏っている。……うん。“どろっぷきっく”をした直後にもかかわらずだ。あまりの淑やかな空気に先ほど吹っ飛んだオーディン様が幻じゃないのかと疑いたくなるほどに。
そんな淑女な愛理様(?)は左手を伸ばし、肩の高さで止めた。
「前世の親友(とも)の身体を借りて! 生まれ変わった不死身の身体!」
なにやら叫んでいるし。
そんな彼女を見て、吹き飛んだオーディン様は頭が痛むのか額に手をやった。
「キャ○ャーンかよ」
オーディン様の指摘を愛理様(?)は華麗に無視した。
ビッシィッ! っと、オーディン様に向けて右人差し指を突きつける。
「身体を借りるのに時間がかかったから事情はよく知らないが! 美少女を泣かすヤツは許さない! 見損なったぞオーちゃん! ナユハちゃんみたいな可愛い子を虐めて泣かすとは!」
…………。
…………………。
……え~っと?
虐められてませんけど?
たぶん、この人は勘違いしているのだろう。事情はよく知らないって自分で言っているし。
オーディン様から視線で訴えられたので、私は恐る恐る口を開いた。
「あの、泣いていたのは感激したからといいますか、嬉し涙といいますか……。少なくとも、オーディン様に虐められたわけじゃありません」
「……マジで?」
「はい」
「……てへぺろ♪」
小さく舌を出し、ウィンクしながらそんな謎の言葉を発する愛理様(?)。周りにいる妖精さんが『古いよねー』、『さすが璃々愛ー』、『見た目は少女中身はオバサンー』と騒いでいるのが印象的。
ちなみに、最後にオバサンと口走った妖精様はものすごい勢いで真横に吹っ飛んでいった。そして壁にめり込む。状況的に愛理様(?)が何かやったのだろうけど、目に見えなかったので何が起こったのかは分からない。
うん。愛理様(?)の手に槍が握られているけれど、気のせいだと信じたい。そもそも妖精様に物理攻撃は効かないはずだし。……はずだよね? いや“神槍”ガルド様ならできそうだけど。
まさか、ガルド様に匹敵する槍の腕前? ……いやいや、ないない。ガルド様のような規格外が二人も三人もいてたまるか。ちなみに規格外の一人目がガルド様で、二人目はリリアだ。
あ、オーディン様が立ち上がった。
「せめて状況を理解してから跳び蹴りせんかぁ!」
と、オーディン様が魂のツッコミをしていたけれど愛理様(?)は優雅に無視。私に向き直って胸を張った。
「おっと自己紹介が遅れたね! やぁやぁ我こそは水無覓(みなもと)璃々愛! 宇宙の果てへと
じゃじゃーん! と、妖精さんがどこからか銅鑼(?)を取り出して盛大に音を鳴らしていた。
あぁ、これはリリアの同類だ。
なぜか遠い目をしてしまう私。
「ふふん、そんな熱い目で見つめられると照れちゃうね!」
いえどちらかというと呆れとか諦観の目なのですが。指摘してもオーディン様のように無視されそうなのでグッとこらえる。
「え~っと、リリア様、ですか?」
「うんそう。璃々愛。リリアちゃんの前世。リリアちゃんと名前が一緒の縁で転生したのかな? まぁ細かいことは気にするな! 私にもよく分かっていないから!」
いやほんと分からない。
リリアの中に前世の人格である璃々愛様が残っているのは、まだ理解できる。
その人格がリリアの身体を借りるのなら、まぁ筋は通る。
でも、愛理様の身体を借りられるのはどういう理屈なのだろう? 前世の親友という縁? そんなもので身体の貸し借りができるわけがないし……。
どういうことなのだろうと私が璃々愛様を見ると、璃々愛様は勢いよく親指を立てた。
「そんなこと、私が知るか!」
「…………」
なんだろう、どことなくしらけた雰囲気が漂ってきた。妖精様も『スト○ンガーかよー』、『ノリと勢いで乗り切ろうとするなー』、『設定は大切にー』と文句を言っているし。
「……コホン、あまり長く身体を借りていると愛理に怒られそうだからさっそく本題ね」
咳払いした璃々愛様はじっと私を見つめてきた。
――綺麗な人だ。
先ほどまでの奇行が嘘であるかのような“たおやかな”雰囲気。微笑みを浮かべるその顔はやはり大人になったリリアを想像させる。
璃々愛様が私の手をとった。その動きに澱みはなく、ただただ美しい。たとえ貴族であろうとも彼女を超える振る舞いを習得している人間は多くないだろう。
魅入ってしまう。
呼吸すら止めてしまう。
一言も声を発せずとも。化粧すらしていなくても。本当に美しい人間はただそこにいるだけで周囲の空気を独占してしまうのだろう。
璃々愛様がそっと私の手を撫でた。
「私、安心したの。リリアはいろいろな事情で同年代の友達ができない子だったから。ずっと側で見守りながら、ずっと心配していたの。……だから、ナユハさんがリリアの友達になってくれて本当に嬉しく思っているのよ」
璃々愛様がどこか不安げに眉尻を下げた。
「ナユハさん。私がこんなお願いをするのも変な話かもしれないけれど……。ずっと、リリアと一緒にいてくれないかしら? ナユハさんのように素直な子が側にいてくれたら、私も安心できるから」
真剣な眼差しでの、真剣なお願い。
深く考えるまでもない。
すでに自分自身で決めた道だ。
「――はい。もちろんです。私は璃々愛様の言うほど素直な人間ではありませんが……リリアが許してくれる限り、私はリリアの側にいます」
璃々愛様が嬉しそうに目を細めた。
「ほんとうに?」
「はい、本当です」
私が深く頷くと。
璃々愛様は、にんまりとした笑みを浮かべた。
その口は下弦の月がごとくつり上がっている。
悪魔のようだ、と私の背中に悪寒が走る。
「よし、言質取った」
「……はい?」
「これにて契約は結ばれました! 証人は妖精ちゃんたちとオーちゃんだ! どんどんぱふぱふ!」
「え?」
「分からぬのなら教えよう! リリアちゃんの手はナユハちゃんの血で赤く染まったまま! そしてリリアちゃんはナユハちゃんに髪の毛を与えた! 血と髪の毛の交換! これほど強固な契約は早々ございません!」
「は、はぁ……?」
「リリアが望む限り! ナユハが望む限り! 二人はずっと一緒! 死が二人を別つまで! そして転生しようとも! 素敵! 百合展開キタコレ!」
「あの~」
いやまぁ生涯をリリアに捧げるくらいの覚悟はしているけど、なんで璃々愛様はこんなに興奮しているのだろうか?
あと、百合って何? 花の名前じゃ、ないですよね?
私が戸惑っていると璃々愛様はばんばんと私の肩を叩いてきた。
「ほんっとうに心配していたのよ! ……リリアは魔力が高いから、普通の人間より長生きしちゃうからね」
「…………」
銀髪を持って生まれた人間は老いるのが遅く、長命。それはいまだに若さを保っているリース様を見ればよく理解できる法則だ。
この世界には銀髪の人間以外にもエルフなどの長命種がいる。そんな長命な存在が人間と恋に落ちて、寿命の差で離ればなれに――という悲劇は昔から多く書かれてきた。
リリアも、普通の人間と恋に落ちれば別離の悲しみを経験することになるだろう。
「でも安心したわ。ナユハちゃんがずっと一緒にいてくれるんだものね。ま~リリアの寿命に合わせたらちょっと人間としての寿命を超越しちゃうけど、問題なし! なぜなら愛は世界を救うから!」
なんかとんでもないこと言いませんでしたか? 私的には『寿命はもうしょうがないから命尽きるまでリリアの側に――』と考えていたんですけど? え? 血の契約って寿命すら塗り替えるほど強力なんですか?
私が唖然としていると、璃々愛様(に身体を貸している愛理様)が真横に吹っ飛んだ。先ほどのオーディン様とは真逆の方向に。
「――9歳児を嵌めるんじゃない! この詐欺師が!」
どんがらがっしゃーん、と盛大な音を立てて壁に激突する璃々愛様。そんな璃々愛様に“どろっぷきっく”をしたのはもちろんオーディン様だ。
身体が幽霊だからかどうかは知らないけれど璃々愛様はすぐさま立ち上がった。
「ハメるって、エロくない!? さすがはエロ主神ね! いやナユハちゃんみたいな美少女が相手なら是非ともズッコンバッコンしたいけど! なぜならこの世界は女の子同士で子作りできるもの! 素敵魔法バンザイ! 女の子は女の子同士で恋愛すればいいと――」
「死ねぇえロリコンがっ!」
「へぶし!?」
オーディン様の右ストレートで戦いの鐘は鳴らされた。
その後の展開は筆舌に尽くしがたい。
妖精様の言葉を借りるなら“らりあっと”やら“こぶらついすと”やら“しゃいにんぐうぃざーど”といった技が乱舞し、机はひっくり返り、壁紙が裂け、シャンデリアのランプが一つ割れ――部屋に入ってきたリース様が二人を制圧した。
そして璃々愛様とオーディン様、そしてなぜか私も正座(スクナ様が伝えたとされる謝罪姿勢)でリース様にお説教されたのだった。
……どうしてこうなった?
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