第43話 聖女として


 聖女の神官服に着替えた私はさっそく被害者の元へ向かうことにした。デーリン家による誘拐被害者は五人。すべて金髪の少女であり、手元の資料に軽く目を通したところによると、デーリン家の家令の内部告発によって事件は発覚したという。


 被害者の住居は旧デーリン領にかたまっていて、私たちはとりあえず地元神官の協力を得るために教会へ向かうことにした。


 あと、教会に併設された孤児院には被害者の一人が預けられているらしいので、その意味で言ってもまず教会に足を運ぶのは自然な流れだった。


 私も姉御も瞬間移動(テレポート)ができる人だから(忘れがちだけどできる人は本当に希少)旧デーリン領を統括する教会へはすぐに移動することができた。


 ただ、相手方にはまだ話が通っていないから、まずは挨拶をしてから協力を要請するという流れになった。


 教会は平凡な石造りの建物で、隣に少し大きめな孤児院が設置されていた。子供たちの遊ぶ声が元気に響いている。


 ちなみに、愛理は付いてきているけど幽霊らしく姿を消している。『教会に幽霊が行くとか自殺未遂じゃん! 除霊反対!』らしい。


 姿を消しても結局教会までついてきているのだから意味ないと思うのだけど、まぁ愛理が納得しているのならいいのだろう。


 そんなことを考えていたら姉御が私の背中をばんばんと叩いてきた。


「んじゃあ、まずはあたしが話を付けてくるから、リリアはちょっと待っててくれや。いきなり“聖女”が現れても向こうさんが混乱するだろうしな」


 自称交渉が苦手な姉御が言うのだから、私は後から行った方がいいのだろう。


 教会の扉を開けて中に入った姉御を見送った私は『ん~』と背伸びをした。着慣れない服は疲れるものだし、それが無駄にひらひらしているのなら尚更だ。貴族がよく着るドレスに比べるとスカート部分は軽くていいのだけど、袖口は逆に重くて動きにくい。重心が上に行っているのだ。


 軽量化の魔法でもかけるかなぁと私が考えていると、なにやら複数人が近づいてくる気配がした。


 気配の方を振り向くと、孤児院の子供っぽい少年少女五人がこちらの様子をうかがっていた。全員私より少し年下くらいだ。


「あ、あの! その服装、もしかして聖女様ですか!?」


 茶髪の少女が一歩踏み出してそんな質問をしてきた。最後の聖女がいたのは二百年くらい前なので子供が知っているのはちょっと変――いや、ここは教会付属の孤児院だからおかしくはないのか。宗教に関する教育は盛んだろうし。


 ふふん、聞かれたからには答えよう!


 私は前世の記憶を頼りにカッコイイポーズ(エルでプサイでコングルゥなやつ)を決めながらババーンと自己紹介をした!


「よくぞ見破った小僧共! そう! 我こそは聖女リリア・レナード! プロメテウスの火を奪い、裁きの飛礫を墜とす者!」


 じゃじゃーん! と妖精さんがどこからか持ってきた銅鑼でいい感じの効果音を付けてくれた。……決まった。やはり中二病としてはカッコイイ&オシャレな名乗りをしないとね!


「「「「「…………」」」」」


 子供たちは何とも言えない表情で沈黙していた。うんうん、私の名乗りが素敵すぎて絶句しているに違いない。絶対そうだ。たぶん、きっと、メイビー。



『現実逃避ー』

『ドン引きー』

『この世界に中二病は早すぎるよねー』

『そもそも中二病にしてもセンスがイマイチー』



「…………」


 人が目を背けていたことを!

 妖精さんたちに雷魔法の一つでも墜としてやろうかと思ったけど、子供たちの手前自重した私である。偉い。


 こほん、と一つ咳払い。

 貴族の娘らしくスカートをつまみ、おばあ様直伝のカーテシーを決める。


「ふふ、緊張をほぐそうとしたのだけど、失敗してしまったかしら? 改めましてこんにちは。私はレナード家が一子、リリア・レナードよ。仲良くしてくださると嬉しいわ」


 全力。

 全力の笑顔で誤魔化す私である。美少女の微笑みはすべてを解決するからね!


 もちろん魔術的にも全力で、雷魔法の応用でキラキラとしたエフェクトを周囲にばらまきつつ風魔法で爽やかな柔風を周囲に吹かせる演出を。


 穏やかな微笑! 柔風に揺れる銀髪! 舞い散る光の粒子! そしてヒロイン補正たっぷりなこの美貌! 完璧すぎて自画自賛しちゃうね!


 私の全力を見た子供たちは(さっきの痴態を忘れて)憧れと羨望の混じった目で私を見つめていた。


 ふっ、チョロいもんだぜ。



『……聖女の思考じゃないよねー』

『腹黒ー』

『未来の悪女ー』

『幼女の皮を被った悪魔ー』



 やかましい、と今度こそ攻撃魔法の餌食にしてやると決意した私は、しかし動きを止めた。なにやらこちらの向けられた視線を感じ取ったからだ。


 殺意はない。

 敵意もない。


 ただ、それでも熱い視線を向けられれば気づいてしまうというもの。



『普通は殺意とか敵意にも気づかないよねー』

『ガルドっちも鍛えすぎー』

『女ゴル○13ー』

『女シティーハ○ター』



 妖精さんの悪口はあえて無視して私は視線の方を振り向いた。


 ――黒髪。


 漆黒の髪色をした少女が物陰に隠れながらじっとこちらを見つめていた。


 一瞬、少女にナユハの姿を重ねてしまったのも致し方ないだろう。髪色はもちろん、どこか寂しげな目もナユハそっくりだったから。


 だからこそ。

 ほんの少しばかり動揺し、ほんの少しばかり左目に対する拘束を緩め、ほんの少しばかり黒髪の少女を『鑑定』してしまったのも仕方のないことだろう。


(……おぉ、珍しい)


 もちろん黒髪のこと、ではない。貧民街に行けば四人に一人くらいは黒髪なのだから。


 少女は鑑定眼(アプレイゼル)持ちだった。

 聖属性――治癒魔法の使い手だった。


 鑑定眼(アプレイゼル)のランクはD程度。鍛えればCかBまで行くかもしれない。ランクDはたぶん各冒険者ギルドの買い取り所に一人はいるレベル。


 ただ、鑑定眼(アプレイゼル)持ちが聖属性魔法の才能を持っているのは珍しい。そもそも魔術的な才能を二つ三つと持っている人はそれほど多くないし、あれだけかみ合っている・・・・・・・のはとても希少だ。


 たとえ鑑定眼(アプレイゼル)のランクがDだとしても、人体の透視に特化して鍛えれば歴史に残る名医になるかもしれない。なにせ診察から原因特定、治癒まで一人でこなせるようになるのだから。


 今の治癒術士は基本的に自分で問診して、原因が分からない場合は人体特化の鑑定眼(アプレイゼル)持ちに依頼するしかない。もちろんそうすると診断費が跳ね上がるし、余分な時間もかかるので望まない患者もいる。とにかく痛みを消してくれと原因を排除しないまま対症療法だけをして、結果亡くなってしまう人も多い、らしい。


 この世界って治癒魔法があるせいか(前世で言うところの)西洋医学があまり発展していないんだよね。治癒術士の数が少ないから一応普通の医者もいるけれど、それだって祈祷師や民間療法に毛が生えた程度のもの。とてもではないが人の命を預けるに値しない存在だ。


 まぁとにかく何が言いたいかというと……育てたい。立派な治癒術士に育ててあげたい。お爺さまの気持ちがよく分かった。才能があるのに埋もれているなら発掘してでも育ててあげたくなるものなのだ。


 でもなぁ、私って理論理屈じゃなくて感覚で魔法を使う人だし、人を育てるのには向いていないよねきっと。昔“姉弟子”と魔法について語り合ったら『これだから天才は……』と頭を抱えていたし。


 とりあえずリースおばあ様ならいい教師に心当たりがあるかなぁと考えながら私は黒髪の少女に微笑みかけてみた。


 小さく身体を震わせてから物陰に隠れてしまう黒髪の少女。ただ、しばらくするとまた少しだけ顔を出したのでこちらに興味はあるらしい。


 髪が黒いというだけで虐められたり親に捨てられてしまうのがこの国の現状だ。黒髪の子が他人を恐れたり気弱になってしまうのはよくあること。


 普通にしていたら結構な美少女だと思うのだけど、もったいないなぁ。


 私は近くにいる子供たちに目を向けた。


「ねぇ? あの子は?」


 私が指差した方を見た子供たちのうち一人が『あ~』と声を上げた。


「クロってんだ。いつもああして隠れてて、何考えてるか分からねぇ」


「クロちゃんね。一緒に遊ばないの?」


「…………」


 顔を見合わせる子供たち。心を読むまでもない。黒髪に対する恐れがその表情には浮かんでいるのだから。


 ガキ大将なのかどうかは知らないけれど、私にクロちゃんの名前を教えてくれた少年がボソッとつぶやいた。


「だって、怖ぇもん。きもちわりーもん」


「…………」


 差別の感情とは口で説明しても中々改善しないだろう。それが子供であるなら特に。かといって放っておくことも出来ないし、さてどうしたものかと私が悩んでいると――


 ――ひゅ~どろどろ、と。


 まるで前世の怪談みたいな音楽が流れてきた。私の背後から。

 そして、


『黒髪を虐める悪い子は~』


 さっきまで姿を消していた愛理が。

 まるで怨霊のように黒い髪を振り乱し、

 どこからか連れてきた人魂を乱舞させながら、


『――食べちゃうぞ~!』


 まだ幼い子供を脅かしていた。全力で。

 大人げない、というツッコミは全力で痴態を忘れさせたばかりの私ではやりにくかった。


 うん、愛理も黒髪だものね。こっちの世界に来て差別の現状を理解はしていても、到底納得はできていないのだろう。


「「「「「ぎゃー!?」」」」


 愛理も一応は本物の幽霊。まだ昼間であるとはいえ子供に対する『おどろかし』の効果は抜群だったらしく。子供たちは散り散りに逃げ出してしまった。


 そんな子供たちのうちの一人――さっきクロちゃんのことを恐いだの気持ち悪いだのと口にした少年をしつこく追いかける愛理。大人げない。とっても大人げなかった。


 まぁ愛理も享年18歳だから十分子供だろうけど。


 しばらくしたら愛理も飽きるだろうし、とりあえず今はどうやって子供たちから黒髪に対する偏見を取り除くか考えよう。私が現状から目を逸らして思考の海に潜ろうとしていると――、何かが倒れる音がした。


 目を向けると、愛理が追いかけていた少年が地面に倒れていた。苦しそうに下腹部を押さえている。

 愛理の呪いが効いた、というわけでもなさそう。


「ぐ、い、いた……」


 冷や汗を流しながら苦しそうに呻く少年。そんな彼の側でおろおろする愛理。見かねた私は二人に駆け寄った。たぶんこの中で『緊急救命』の経験があるのは私だけだろう。


「……大丈夫よ、愛理が追いかけたせいじゃない」


 私は優しく愛理の背中を撫でた。

 そう、男の子が倒れたのは別件。ただ単に病気の痛みで倒れただけ。


 貧民街では急病人を相手にすることも多いので私が取り乱すことはない。とりあえず倒れた男の子に痛覚麻痺の魔法をかけ、それから左目で診断をする。


「……盲腸ね。すぐに治療しないと死んでしまうかもしれないわ」


 この世界では前世で完治する病も簡単に人の命を奪っていく。


 死。

 聖女である私の言葉は説得力があるのか集まった子供たちはみるみるうちに青ざめていった。


 孤児院とは基本的にお金がないから治癒術士を呼びにくいし、治癒術士の方も、自分の魔力を消費させてまで貧民の治療をする善人は希だ。


 特に治癒術士って引く手あまたで、特権意識を持っている人も多いからね。もしかしたら以前治癒術士が来てくれなかった、なんて経験があるのかもしれない。


(…………)


 ほんの少し憂鬱な気持ちになりながら私は子供のうちの一人、最初に声をかけてきた茶髪の女の子にひとつお願いをした。


「ねぇ、クロちゃんって子を連れてきてくれるかしら?」


「え?」


 頼み事をした子の顔に浮かんだのは不安。黒髪は不吉とされているから仕方のない反応だ。


「お願い、この少年を助けるのに必要なの」


 重ねてお願いをすると茶髪の女の子は何度か深呼吸し、覚悟を決めた顔でクロちゃんの元へ駆けていった。


 別に私が治療してもいいし、愛理に頼んでクロちゃんを連れてきてもらってもいい。でも、私はこの件をクロちゃんに対する偏見を減らすいい機会だと判断したのだ。


 盲腸になってしまった少年にはちょっと申し訳ないけどね。痛みは消したし許して欲しいところ。あと黒髪美少女を誹謗中傷した罰ね、罰。少し治療が遅れることくらい我慢してもらおう。


 茶髪の女の子は必死の形相でクロちゃんを引っ張ってきたし、クロちゃんも倒れた子が気になっていたのか予想よりは大人しくこちらに来てくれた。


 クロちゃんを私の隣に座らせ、そっと彼女の髪を一房撫でる。


「綺麗な黒髪ね」


「え?」


 私の言葉に目を丸くするクロちゃん。褒められたのは初めての経験だったのだろう。そんな彼女に私は優しく微笑みかけた。


「私の友達も黒髪なの。だから、安心して。私はあなたを怖がったりしないわ」


「――っ!」


 一筋の涙を流したクロちゃんの目元をそっと拭う。


「この子を助けたいの。協力してくれるかしら?」


 恐いと。

 気持ち悪いと。

 避けられていたというのにクロちゃんは迷うことなく頷いてくれた。


 底なしの善人。


 将来が少し心配になってしまうけど、こういう子がいるから他人の心が読めてしまう私でも人間というヤツに絶望しないでいられるのだ。


「ちょっと、まて、」


 盲腸の痛みを麻痺させた少年が(それでも青い顔をしながら)立ち上がろうとしたけれど、色々こじれそうなので今度はただの麻痺の魔法を使って動きを止める。ちょっと強めにしたから言葉すら発せられないだろう。


 そんな彼の様子に気づくことなくクロちゃんは自信なさげに眉をひそめた。


「でも、聖女様。私は何の力もありません」


「いいえ、あなたには力があるわ。ここをよく見て?」


 私が男の子の右下腹部を手で指し示すと、クロちゃんがじっと見つめ始めた。


「あなたには視えるわ。大丈夫、あなたには『力』があるのだから」


 聖女としての言葉だからか。あるいは、否定され続けた黒髪を褒めてくれた私の発言のおかげか。クロちゃんは瞬きすらせず患部を見つめ続けて――、わずかに目を見開き小さな声を上げた。


「視えたみたいね? 次は、手をかざして。『治してあげたい』という気持ちを手のひらに集中させて」


「え、え……?」


「クロならできる。私が保証する。だから、やってみて?」


「…………」


 クロちゃんが下腹部に両手をかざし、集中し始めた。魔力の流れは確かに彼女の手に集まり始めたけれど、うまく治癒の力に変換できていないようだ。


 クロちゃんの手の上に私の手を重ね、ほんの少しだけ治癒魔法を発動させる。魔法による呼び水のようなもの。一度『こう』使うと分かればあとは自然と使い方は理解できるだろう。


 私の狙い通りクロちゃんは拙いながらも治癒魔法を行使し、男の子の盲腸を順調に治癒させていった。


 もちろん初めて治癒魔法を使う子が病気を完治させることは難しいので、私もちょっとだけ手助けをしたけれど。端からはクロちゃんが病気を治療したように見えたはずだ。


 青白かった少年の顔に生気が戻り、吹き出ていた冷や汗も引いていた。


「う、」


 盲腸の治療が終わるのとほぼ同時、クロちゃんが魔力を使い果たしたのか私の腕の中に倒れ込んできた。もちろん治癒魔法で即座に回復させるチート・リリアちゃんである。


 ただ、一度魔力を使い果たしたことには変わりがないのでうまく起き上がれないようだ。私がしばらく休ませてあげようかしらとクロちゃんの頭を撫でていると、彼女に向けて差し出される手があった。


 盲腸を治療してもらった少年だ。治癒魔法のおかげで麻痺も消えたみたい。


「……クロ、あんがとよ」


 ぶっきらぼうにお礼を言った少年は、ぶっきらぼうにクロちゃんの手を取って立ち上がらせた。周りに他の子供たちも集まり、『凄いなクロ!』とか『ありがとうクロちゃん!』と歓声を上げている。


 クロちゃんはあまりよく状況を理解できていなかったみたいだけど、少年が完治したことをやっと飲み込んだのか、少年に向けて嬉しそうに微笑みかけた。


 疲れ果てた上での、すこし儚さを感じさせる笑顔。


 横で見ていた私ですら『萌え』たのだから真っ正面から受け止めた少年の心に対する威力は推して知るべし。みるみるうちに少年の顔は真っ赤に染まっていった。


 ……ふっ、落ちたな。


 黒髪であろうがなかろうが関係ない。男の子は可愛い女の子に弱いのだ。チョロいよねー男って。と、私は結論づけるのであった。



『璃々愛もー』

『リリアもー』

『恋愛経験なんてないくせにねー』

『偉そうだよねー』

『恋愛マンガと現実は違うぞー』



 余計なことをほざきやがった妖精さん共に攻撃魔法を連打したのは言うまでもない。璃々愛の分も含めたからいつもの二倍ね、二倍。





 結果として。姉御の交渉はうまくまとまったらしい。

 最初はここの神官様も突然現れた“聖女”を疑っていたみたいだけど、クロちゃんと他の子供たちを和解させた私の手腕で信じてくれたらしい。


 さっそく被害者の少女のところに案内してくれるというので、私は神官様の後に続いて教会の裏手、自給自足用の畑に足を運んでいた。先ほどのクロちゃんよりも年上の子は畑仕事を手伝っているらしい。


 まぁ、年上の子たちが孤児院の経営の手伝いをするのはこの国では普通の光景だ。もう少し経って成人すれば就職して孤児院を出て行くことになる。


 そして自分の『後輩』たちのために稼ぎの中から寄付をして、それが孤児院の貴重な運営資金になると。


 就職以外にも、優秀な子ならお金持ちの養子になる道もあるらしい。たしかボク☆オト2のヒロインもそうして貴族社会に飛び込んだ設定だったはず。


「リィナ。ちょっと来てくれ」


 神官様が声をかけたのは私より少し年上くらいの金髪少女。畑仕事のせいか日焼けしているけれど、それがまた健康的な印象を与えてくる子だ。美しいというよりは可愛い系。これならすぐに引き取り手も見つかりそうなのだけど……近づいてきたリィナさんを目にして納得する。


 彼女、少しばかり足を引きずっているのだ。

 治癒は時間を巻き戻す系統の魔法であり、ケガをしてから時間が経ってしまうとそれだけ治すことが困難になってしまう。


 リィナさんは自分のハンデをまるで気にさせない朗らかな笑顔を浮かべた。


「神官様、どうしました?」


「あぁ、ちょっとこの御方がお話をしたいらしい。……では聖女様。私は後ろで控えていますので」


 恭しく一礼してから後ろに下がる神官様と姉御。姉御はちょっとくらい手伝ってくれてもいいのにーと不満を抱きながらも私はリィナさんに対して自己紹介した。


「はじめまして。リリアといいます」


 貴族らしい挨拶なんてここでは余分なので省略。


「はじめまして、リィナです。あの、聖女様って本当ですか?」


「本当ですよ。正式な発表はまだですけど」


「すごい! 私、聖女様って初めて見ました!」


 そりゃそうだ。前の聖女がいたのは二百年ほど前なのだから。


「あの! 聖女様って凄い人なんですよね!? 普通の人にできないこともできるんですよね!?」


「え? あの、その……」


 いくら私でもできないことくらいある。の、だけれども。説明する時間をリィナさんは与えてくれない。


 リィナさんはキラキラと目を輝かせながら私の手を握ってきた。

 そして、心の底からの、まごう事なき本心でお願いしてくる。


「あの! ナユハさんを助けてあげてください!」


「……え?」


 私は確かナユハを許してもらうためにリィナさんに面会したわけで。

 リィナさんは、デーリン家による誘拐被害者のはずで。


 うん? 話が早くて助かるけど、どうしてこうなった?


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