第13話 ナユハ

 お世話?

 お世話ってことはメイドさんかな? 私の専属として雇ったメイドさんは全員が私の言動について行けずに数日で根を上げてしまい、おばあ様もメイドを付けることを諦めたはずなのだけど。


 訝しみながらも私が顔を上げると、いつの間にかおばあ様の斜め後ろに一人の少女が控えていた。いかにも貧民が着用しそうなボロボロの麻服を着ている。


 普通の貴族子女なら顔をしかめそうな身なり。でも、私はよく貧民街に遊びに行くので良くも悪くも慣れていた。むしろ彼女は(貧民街の皆と比べると)綺麗な身なりをしている方だと思う。


(っていうか、ボサボサの髪とか薄汚れた肌とかのせいで分かりにくいけどかなりの美少女だよね。ちょっと磨いたらすごい勢いで輝きそう。……う~ん、あれ? どこかで見たことがある気がするのだけど、どこだったかなぁ?)


 いわゆる既視感というヤツ。

 私だって一応は貴族の令嬢なので会ったことのある人物の顔と名前くらいは覚えている。

 なのに、思い出せない。


 挨拶はせずに遠くから見ただけ……だったとしても、見た目だけでそこまで印象に残るのなら、どこで見たのかくらい覚えているはずだ。


 よく行く貧民街にもいなかったはず。

 何だろうねこの感覚? 覚えているのに覚えていないというか……。


 既視感の正体を探るためにもじっと彼女を観察する。

 年齢は私と同じか、少しだけ年上っぽい。この年頃の子供って数年会わないだけで雰囲気が変わっちゃうんだよねぇというのは前世の私の談。


 改めてお世話係の少女を観察する。

 まず目を引くのが腰まで伸ばされたストレートの黒髪と、夜を閉じ込めたような漆黒の瞳だ。


 前世日本の記憶的には珍しくも何ともない髪と瞳。だけれども、この世界において黒髪黒目は『悪魔の子』として忌避されているらしい。


 逆に金髪は髪色が金に近ければ近いほど高貴であるとされていて、王族なんかはほとんどが金髪。他の髪色はときどき銀髪が生まれるくらいで、茶髪の子供はこの百年ほど誕生していないらしい。


 この国では金髪の人間が最上で、それに匹敵するのは銀髪だけ。茶髪の国民が大半を占めており、黒い髪は(表向き法律で禁止されているけれど)迫害の対象になっている。地域によっては子供の時に間引いてしまうとか。


 元日本人としては信じられないよね。いや金髪が綺麗なのは認めるが艶やかな黒髪だって美の頂点を狙えるじゃないか。


 私としては前世を思い出す以前から黒髪黒目への偏見なんてなかった。そもそも私のことを『銀髪だから』という理由で褒め称えてくる連中が大嫌いなので、必然的に外見で物事を判断することに抵抗があったのだ。


 それに貧民街には黒髪の人も多いし。髪が黒いというだけで就職に不利だなんて許せないよね実際。


 なので私はごく自然な流れで『綺麗な髪ですね』と少女の黒髪を褒めつつ右手を差し出していた。この世界でも握手はフランクな挨拶なのだ。


 握手を求めるのなんて貴族らしくない? 子供同士だからセーフです。というか採石場でかしこまった挨拶をしてもねぇ。


 と、握手を求めたことは私的にあまり変な行動のつもりはなかったのだけど、お世話役だという少女は目を丸くして驚いていた。口が半開きになっているのにそれでも可愛いと思えるのだから美少女は得だよね。


 もちろん私も常時得しているともさ!


 私が密かに胸を張っている間、まだ名も知らぬ少女は困ったように私の手を見て、顔を見て、そして助けを求めるようにおばあ様を見たあとワタワタしながら片膝を軽く曲げた。いわゆるプリエという挨拶だ。


(……おぉ)


 感嘆するのを直前で耐えた私。さっきまでワタワタしていた割には美しく、教科書に載せたいような所作だったのだ。


 プリエとは元々ダンスの動きであり、ダンスが基礎教養である貴族の間で多く取り入れられている。そもそも一般庶民がダンスを習う余裕なんてないし、できるとしたら貴族か大商人の娘くらい。とっさにこんな動作をしてしまった彼女はそれなりの家柄だったのだと思う。


 それがこのようなボロを着て子爵家の娘のお世話係に任命されるのだから……たぶん実家が没落してしまったのだろう。


 よくあるお話だ。貧民街の知り合いにも元貴族がいることだし。

 少女に対する既視感の正体もどこかのお茶会かパーティーで見たことがあったからかな?


 私は(前世の年齢的に)大人なので余計なことには気付かなかったことにしますよ、えぇ。


 相手がきちんとした挨拶の動作をしたので予定変更。採石場に似つかわしくはないが、握手のために伸ばした手を引っ込めて、彼女にならってプリエをする。


「お初にお目に掛かりますわ。わたくし、レナード子爵が娘、リリア・レナードでございます」


 正式な挨拶の口上ってこんな感じで良かったはず。しかしお嬢様言葉を使うと我ながらムズかゆくなってしまいますわねオホホホホ。


「お、お初にお目に掛かります。わたくし、デーリン伯爵――ではなく、ただの庶民のナユハと申します」


 デーリン伯爵家?

 それって一年くらい前に人身売買が発覚して領地没収、当主がギロチンされた家だよね? なんでも金髪の少女ばかりを誘拐していたとか。

 私も一応は貴族の娘なのでそういう噂話は自然と耳に入ってくるのだ。


 ちなみにこの国では人身売買や奴隷制度が禁止されている。なにせ建国神話からして奴隷の解放が主軸の一つになっているので。それらの犯罪は神話=神話から続く王家に弓引く行為なのだ。


 領地没収で、しかも内容が人身売買では縁戚や付き合いのあった貴族も一切の関係を断っただろうし、こうして没落してしまうのも無理のない話なのかもしれない。そうでなければどこかの家の養子という道もあったはず。


 まぁ実家が何をやらかそうが私には関係のない話か。親の罪を子供になすりつけるのは無理がある。彼女の年齢なら片棒を担ぐようなこともなかっただろうし、やっていたら今ごろ牢屋かギロチンだろう。


 ……それに、この少女が悪い人でないことは分かる・・・


 私はもう一度ナユハに向けて手を差し出した。


「じゃあ、ナユハね。私のこともリリアでいいわ。口調もそんな堅苦しいものじゃなくていいわよ」


「い、いえ! すでに平民である私が、お嬢様を呼び捨てるなど!」


 全力拒否するナユハの意志はあえて無視。強引に彼女の手を握り、おばあ様とお爺さまにニカッとした笑みを向ける。


「ではお爺さま、おばあ様。ごきげんよう。しばらくナユハを借りますわね?」


 二人がいい笑顔で頷いたので、私はなにやら騒いでいるナユハの手を引っ張って歩き始めた。


 もちろん、お爺さまに鍛えられている私は美少女らしからぬ腕力を有しているので簡単には逃がしませんよ?


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