第209話 ゴーレム戦 終

《side:フライ・エルトール》


 夜明けの光が、焼け焦げた戦場をゆっくりと照らし始めていた。


 エドガーのスキンヘッドに日光が反射して眩しくはある。


「無事に命を繋ぎ止められたな」


 この時ばかりは、私は回復魔法を習得していて良かったと思えた。


 エドガー以外にも多くの帝国民を救うために、奔走する。


 まだ煙が立ち込めるなか、私は戦場を歩き、倒れた帝国兵や魔導士たちの救出を指揮した。


「この者を担架へ! そっちの負傷兵も回復術士を!」


 私が声をかけると、味方の医療班がすぐさま動く。


 敵だった者も、今は全て命ある者だ。


 ただ静かに助け合う声だけが広がっていく。


 重症者には自ら回復魔法をかけて、軽傷者は、回復術士の元へ運んでもらう。


 エドガーがゴーレムを使っていたこともあり、負傷者は少なく済んでいる。


 レンナが竜の姿で空から見張り、敵の残党や新たな襲撃がないか警戒してくれている。ジュリアと防衛隊も各地でけが人の保護と運搬を行ってくれている。


 私は改めて、自分の仲間たちの有能さに感謝した。


「ゴーレムの残骸はどうしますか?」


 エリザベートの問いかけに、私は残骸の回収をゴーレムたちに行わせる。


「全部解体して、危険な魔核は回収する。再利用できる部品は後で修理班に回してほしい。外装は資材に使える。ゴーレムを使うことを許すから、操作権を君に委ねるよ」

「承知しました。フライ様もお休みになられてくださいね」

「ああ、ありがとう」


 すでに魔導技師たちが瓦礫の山となったゴーレムの巨体に取り付いて、魔核を慎重に取り出し始めてくれていた。


 トアや、鼠人族たちは、このような時には役に立ってくれている。


 何よりも、工房長のドワーフ、チョコが誇らしげに魔核の一つを掲げた。


「これがまた、いい素材になるよ! 今夜はうまい酒が飲める!」


 そんな明るい声が、ようやく聞こえ始めていた。


 エドガーを含む生存者は、全員無事に治療班へと運ばれた。


 そのままエルトールの街へ運ばれていた。


 ゴーレムたちが馬車に乗せてくれるので、運送も問題ない。


「負傷兵の搬送、完了です!」


 ジュリアの報告に、私はうなずく。


「よし、あとは帝国軍の残党だけど……」


 私はアルカディアの艦橋に上がり、残敵掃討の指令を出す。


 ドラゴンライダーたちが空から威嚇をかけ、最後まで抵抗を続けていた帝国兵たちは次第に戦意を失い、ついには白旗を掲げて撤退していく。


 遠く、森の向こうへと帝国軍が姿を消していった。


 ついに、公爵領の上空と大地から、敵の姿は消えた。


 戦いは終わったのだ。


 やがて、城下町の門が開かれ、市民たちがゆっくりと広場へ出てくる。


 老若男女、誰もが安堵と勝利の興奮に包まれていた。


「フライ様、やったぞ!」

「フライ様が勝った!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」


 誰かの歓声が広場に響き、それが波のように広がっていく。


 子供たちがアルカディアを見上げて走り回り、農夫たちが泥だらけの手を高々と掲げる。

 商人たちも笑いながら拍手を送り、職人たちは仲間同士で肩を叩き合っている。


 私は少し照れくさくなりながらも、みんなに手を振った。


「ありがとう、みんなのおかげだよ」


 私はマイクを手にして一言だけ叫んだ。


「この勝利は、皆の勇気と知恵の賜物だ! これからも共に、この大地を守り抜こう!」


 大きな歓声と拍手が巻き起こり、やがて「フライ様、フライ様!」と名前を呼ぶ声がいくつも重なる。


 私は胸の奥が熱くなるのを感じながら、その歓声を受け止めた。


 誰もが希望を取り戻した顔をしていた。


 何よりも、被害を最小限に抑えられたことも大きい。


 エドガーが民を犠牲にすることなく、ゴーレムの破壊を行ったことが大きい。


 戦いの恐怖も悲しみも忘れて、ただ勝利と平和の喜びが広場を包んでいた。



 エドガーの治療が終わり、戦いの余韻も冷めやらぬまま、彼は深い眠りについていた。


 医務室。窓の外では朝陽が差し込み、小鳥の声すら遠慮がちに聞こえる。


 私はエドガーの枕元に座り、彼の呼吸に合わせてゆっくりと魔力を送り続けていた。


 やがて、エドガーのまぶたがかすかに揺れた。


「……ここは……?」


 しわがれた声。私は微笑みながら言葉を返す。


「目が覚めたか。おはよう、エドガー。ここはエルトール公爵領の医務室だよ」


 エドガーは、ぼんやりと天井を見上げ、それから私の顔を見て、すぐに苦々しげに眉をひそめる。


「……どうして、私を……生かした?」

「君が死んで、僕に嫌味を言う相手がいなくなるのが嫌でね。もう君の皮肉を聞かずに生きるなんて、退屈すぎるよ」


 エドガーは、微かに肩を揺らした。


「負け惜しみが……よく言う。私はお前に勝てなかった。最期の最期まで……な」

「勝ち負けなんて、どうでもいいさ。君がいなかったら、ブライド皇帝はどうするのさ」


 私は正直な気持ちを、そのまま伝えた。


 エドガーは、一瞬だけ黙っていたが、すぐに口を開く。


「……私は帝国に、いや、ブライド陛下に仕えることだけが誇りだった。けれど、お前との因縁が、心のどこかで……いや、もういい」


 彼は、天井を見つめながら小さく息を吐いた。


「今さら許しを請うつもりはない。だが……」

「何?」

「あの方が変わられた」


 エドガーは遠くを見つめて、ブライド皇帝のことを考えていた。


 それは私にもわかっている。


「ありがとう、エドガー。君の忠告は、これからも心に刻んでおくよ」

「やれやれ……まったく……こんな形で、また目覚めるとはな」


 エドガーは、枕元に転がっていたメガネを手に取り、かけ直す。


「フライ、私はもう敵としてはお前に勝てない。だが……科学者として、魔導技師として……お前のやり方を見届けてやる」


 ふっと、エドガーは力なく笑う。


「……せいぜい、長生きしろよ」


 私は小さくうなずき、静かにその手を握った。


 朝陽が差し込む医務室に、ふたりの穏やかな時間だけが流れていた。

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