第95話 考えてみれば、僕も敗北者?

 ローズガーデンの陣地内。

 

 そこには予想外の来訪者が待っていた。


 アクアリス・ネプチューナ。


 その名前を聞いて、誰もが一目置く存在だ。鯨族の人魚姫であり、蒼海歌ブルーシー派閥のリーダーを務める彼女は、その美しさと強大な魔力で知られている。


 彼女は、私のクラウンであるセシリアや、護衛を務めるエリザベートと共にお茶を飲んでいた。その光景は、場違いなほど優雅で平和的だった。


「お帰りなさいませ、フライ様」


 セシリアが微笑みながら立ち上がる。エリザベートも少し笑みを浮かべているが、どこか警戒心を隠しているようだった。


「やあ、ただいま。二人とも」

「フライ様、おかえりなさいませ」

「フライ様」

「うん。どうやら来客を待たせてしまったようだね。アクアリス・ネプチューナ様が来ているとは聞いていなかったけれど、これは光栄だ」


 私は彼女たちの座るテーブルに近づきながら、軽い調子で言った。アクアリスは立ち上がり、私に向かって小さく礼をする。その仕草は気品に満ちていた。


「突然の訪問、無礼をお許しください。少しお話ししたいことがありまして」


 彼女の冷静な声は耳に心地よかったが、同時に計算されたような冷ややかさも感じられる。


「それは嬉しいね。けれど、貴族や派閥のリーダー同士がこうして会う場合、普通は少し緊張感が伴うものだ。でも、君は随分とリラックスしているみたいだね」


 私は彼女の意図を探りながら、笑顔で答えた。


「ここに来た時、貴方の陣地を制圧することもできました。でも、それをしなかったのは、貴方と直接話したかったからです」


 アクアリスの言葉に、一瞬、周囲の空気が引き締まった。エリザベートの眉がピクリと動き、セシリアが穏やかに微笑みながらも視線を鋭くする。


「へえ、つまり意表を突かれたってことか。だけど、なぜ話をしたいなんて思ったんだい?」


 私はその言葉の裏にある意図を探るように、彼女を見つめる。アクアリスは一瞬だけ間を置き、再び穏やかな声で答えた。


「興味があったのです。私とは異なる形で、多くの仲間を集め、ゲームを楽しんでいる貴方のやり方に。戦いだけではない何かを、貴方は知っているように見えました」


 その言葉に、私は苦笑を漏らした。


「なるほどね。でも、興味だけでこうしてのこのこ現れるのは、少しリスクが高いと思わないかい?」

「そう思われても仕方ありません。ただ、私は戦うだけが目的ではありません。このゲームの本質を知りたくて、そして貴方がその本質に近い位置にいるように思えたからこそ、ここに来ました」


 彼女の目には、真剣な光が宿っていた。セシリアが少し警戒心を解き、口を開いた。


「アクアリス様がフライ様に興味を持たれるのは光栄です。でも、私たちの陣地にわざわざ訪問された意図は、それだけなのでしょうか?」


 その問いに、アクアリスは一瞬だけ笑みを浮かべた。


「セシリア・ローズ・アーリントン様。私の訪問の理由は、他でもなくフライ様と共に考えたいことがあったからです。このゲームは単なる競技では終わらない。その予感が私をここに導きました」


 私は彼女の言葉を聞きながら、少しだけ思案した。


「ふむ……つまり、君は仲間になりたいってわけじゃなくて、僕たちの意図を探りたいのか?」

「その通りです」


 アクアリスの正直な答えに、私は肩をすくめた。


「面白いね。じゃあ、ひとまず話そう。僕のやり方がどれだけいい加減か、君に教えてあげるよ」


 そう言いながら席に着くと、セシリアが紅茶を淹れてくれる。エリザベートは何か言いたそうだったが、私の視線を受けて小さくため息をついた。


 セシリアとエリザベートが私の両脇を固める。


「さて、アクアリス様。ここまでわざわざ来たからには、僕たちも君を歓迎しないわけにはいかないよ。少しゆっくりしていくといい」

「それはありがたい提案ですね」


 アクアリスの声は柔らかかったが、その視線には決して消えない探求の光が宿っていた。この訪問がただの社交辞令で終わることはないだろう。


「多分、僕には大した秘密なんてないよ。ただ、自分が楽しむために動いているだけさ。それが結果的に、周りの人たちを巻き込む形になっているだけだと思う」


 その言葉に、アクアリスは微笑を浮かべた。


「貴方のその姿勢が、恐らく最大の魅力なのでしょうね」


 彼女の言葉は心からのものであり、その瞳には確かな興味と敬意が宿っていた。


「さて、長話になっても仕方ない。少しゆっくりしていくといいよ。セシリア、紅茶のお代わりをお願い」

「かしこまりました、フライ様」


 セシリアが微笑みながら立ち上がり、再び紅茶を淹れ始める。


「我々、鯨人族は世界の海を巡りながら、世界の不思議を知る知識欲に溢れているんだ。その探究心によって、フライ・エルトール、あなたに興味が湧きました」

「なるほどね。種属の特性ってやつなのかい?」

「そう思っていただいて構いません。私個人でもその気持ちは強くありますが」


 彼女には授業の時にも出し抜かれて、これで二度目の戦術で敗北をしたことになる。


 知識という面では私よりも上ということだろう。


 彼女が本気なら、ローズムーンに私が協力することで出来たローズガーデンは、敗北していた。


「僕も君に興味が湧いてきたよ。君のその知識や戦術を使うタイミングなど、僕が二度も負けたのは君だけだ」

「そう、ふふ。それは光栄ね」


 お互いに不敵な笑みを浮かべる。

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