第80話 男友達と飲む酒は楽しいね。

《side フライ・エルトール》


 学園都市の夜は、昼間の喧騒とはまた違った賑やかさがある。


 すでに私はすっかり酒場の常連になって、飲み仲間も多数できた。


 そんな酒場から漏れ聞こえる笑い声と音楽、街灯の明かりに照らされた石畳の道を歩きながら、私はノクス、ロガン、そしてバクザンの三人と一緒に、いつもの酒場へと向かっていた。


 私がノクスを連れ回していると、バクザンが一緒に飲みたいと言い出して、ロガンがバクザンに絡んでいる内に四人になっていた。


「フライ、俺は酒なんかより戦いがしたいんだが! 酒でも負けねぇぞ!」


 先頭を歩くロガンが振り返り、私に向かって威勢よく言い放つ。獅子族特有の金色のたてがみを揺らし、その瞳は戦いへの渇望に満ちている。


 酒を飲むことも戦いなのか、負けず嫌いな奴だ。


「ロガン、戦いばかりじゃなくて、たまにはゆっくりしようよ。ここは酒場だよ、戦うところじゃない。それに僕は戦うのがあまり好きじゃないって言っただろ」


 私は肩をすくめながら応じる。ロガンの戦闘を遊びのように楽しむ奴だ。


「フライの兄貴の言う通りだぜ、ロガン。酒場に来たんだから、まずは一杯やらねぇと話にならねぇだろ?」


 バクザンが豪快に笑いながら、ロガンの肩を叩く。その様子にロガンは少しだけ機嫌を直したようだった。


「ふん、まぁ、フライと飲む酒なら悪くないかもしれないな。ノクスも含めて、俺は強いやつが好きだ」


 後ろを歩いているノクスはロガンに名前を出されても無言だった。ちらりと様子をうかがうと、眉間に皺を寄せて考え込んでいるようだった。


「ノクス、大丈夫か?」


 私が声をかけると、彼は少し驚いたように顔を上げる。


「ああ、大丈夫だ。ただ……こうして誰かと楽しく飲むのは、なんだか不思議な感じがして」

「ふむ、それなら飲みながら慣れればいいさ。俺たちは同い年で友達だ」

「友達?」


 そんな話をしているうちに、目的の酒場に到着した。扉を開けると、暖かな明かりと賑やかな笑い声が迎えてくれる。木製のテーブルと椅子が並び、種族も様々な客たちが思い思いに酒を楽しんでいる。


「おい、フライ! そっちの坊主たちも連れてきたのか? まぁ座れよ!」


 店主が笑顔で声をかけてくる。私は皆を引き連れ、店の奥の席に着いた。


「さぁ、みんな好きなものを頼んでくれ。今日の支払いは僕が持つから」

「さすがは兄貴! じゃあ、俺は一番強い酒を頼むぜ! それに肉だ」


 バクザンが嬉しそうに注文を始める。ロガンも負けじと「同じものを!」と注文を叫び、すぐに店内が賑やかになった。


 ノクスは少しだけ遠慮がちに果実酒を頼み、私は定番のキンキンに冷えたエールを注文した。


 酒が進むとロガンの挑発とノクスの応酬を始める。


「ノクス、お前、剣士なんだろ? だったら酒くらい男らしく飲め!」


 ジョッキを片手にロガンがノクスを見つめる。その視線には、挑発の色がありありと浮かんでいた。


「酒の強さで剣士の腕が決まるわけじゃない。だが……少し付き合ってやるよ」


 ノクスが果実酒のジョッキを持ち上げ、ロガンと向かい合う。その様子にバクザンが興奮気味に笑い出した。


「おいおい、いいじゃねぇか! 男同士の酒の飲み比べだ! フライの兄貴も見物しようぜ!」

「僕は見物だけにしておくよ。君たちみたいに豪快に飲むのは、僕には無理だ」


 私が苦笑いを浮かべると、ロガンが大声で笑いながらノクスに酒を注ぐ。


「さぁ飲め! 俺の相手になるか見てやる!」


 ノクスも負けじとロガンに酒を注ぎ返し、二人の飲み比べが始まった。その様子に周囲の客たちも興味を引かれたのか、次々と声援を送り始める。


「おいおい、あっちの獅子王様と無名の剣士、どっちが勝つんだ?」

「俺は獅子王に賭けるぜ! あの体格を見ろよ!」


 その喧騒の中、私はバクザンと二人でジョッキを傾けていた。彼は嬉しそうに笑いながら、私に向かってジョッキを掲げる。


「兄貴、こんな酒場で飲むのは最高だぜ。平民も貴族も関係ねぇ、ただ楽しむだけの場所ってのはいいもんだ。何より、フライの兄貴と飲む酒は格別だ」

「そうだね。僕も酒場は大好きだよ。道楽息子としては通い慣れた場所だ。それに酒は人を繋げる力があるんだよ。戦場でも酒を飲むときだけは、みんな仲良くなれる」

「ハッハッハ! その通りだな!」


 バクザンが豪快に笑い、私もつられて笑った。


 一方、ロガンとノクスの飲み比べは白熱していた。ジョッキが次々と空になり、二人とも顔を赤くしている。


「ふん……やるじゃないか、ノクス。平民にしてはな!」

「獅子王とかなんとか知らないが……お前も悪くない!」


 二人がジョッキをぶつけ合いながら笑い合う。その光景に、私は自然と笑みを浮かべた。完全に二人は酔いが回った顔をして肩を抱き合っていた。


「ほら、二人とも、飲みすぎて倒れないようにね」

「フライ、俺たちが倒れるわけねぇだろ!」

「そうだ! まだまだ飲めるぞ!」


 そんな賑やかなやり取りを交わしながら、私たちは夜遅くまで酒を酌み交わした。


 男同士で杯を重ねる時間。それは、戦いの中では決して得られない、穏やかで楽しいひとときだった。


 そんな私たちの前に一人の美少年が腰を下ろした。


「これはこれはアイス王子ではありませんか? こんなところには不釣り合いなあなたがどうして?」


 フードを被ったキラキラ王子様が、私の前に座りました。


「君たちをスカウトしにきた」

「スカウト?」

「ああ、クラウン・バトルロワイヤルのチームメイトになってほしい」


 アイス王子の申し出に私は笑みを浮かべた。


「お断りします!」


 喧騒の中で、私が発した言葉も埋もれていく。

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