第78話 聖痕持ちは手元に置いておきたいよね。
《side フライ・エルトール》
ノクスと酒場巡りを終えた翌日、私は彼の素性を探るため、アイリーンに頼んだ調査の結果を聞いていた。
「フライ様、お待たせいたしました。ノクスの素性について、調査が終わりました」
アイリーンが差し出した書簡を受け取り、中を確認する。そこに記されていた内容は、想像以上に重いものだった。
「ノクスは、かつて王国の農村で生まれ育ったようです。その村は貴族の厳しい税徴収に苦しみ、結果的に反乱と見なされて滅ぼされたそうです」
「……それで、彼の両親は?」
「その時には生き残ったようですが……」
「そうか、それで貴族を恨むようになったのか」
小説には、辛い過去を持つとしか書かれておらず、ノクスの貴族への嫌悪感を生み出した出来事について知らなかった。
「そして、幼かった彼と妹だけが生き残ったようです。妹は教会に預けられ、ノクス自身は放浪の末に、リベルタス・オルビスに参加したようですね。学園都市へやてきたのは、任務の一環なのではないかと思われます」
私は報告書を閉じ、目を閉じて考えた。
貴族というだけで嫌われる理由があるのか……彼にとって、僕もその“敵”の一人に見えていたのだろう。
「ありがとう、アイリーン。これで彼の気持ちも少しだけ理解できた気がするよ」
「フライ様……彼に対してどうされるおつもりですか?」
アイリーンが問いかける。私は少し考えた後、答えた。
「出来れば、側に置きたい。だけど、僕は権力は持っていないからね。彼の監視をしながら、仲間に引き入れられた御の字かな。まずは彼と話をして友人になれるように頑張るよ。たぶん、彼の過去の出来事があるなら、貴族である僕のことを最初は嫌がるだろうけど……」
「フライ様」
「うん?」
「今回のご褒美をいただきたいです」
アイリーンが私の膝に腰を下ろした。甘い香りが鼻腔をくすぐり、美しい瞳が私を見つめる。私よりも一つ年上のアイリーンは最近、妖艶さを増している。
エリザベートが高潔な貴族令嬢というのに対して、アイリーンは普段はほんわかしている雰囲気から、こうして二人きりになると妖艶さを醸し出す。
彼女から向けられる行為に気づいてはいますが、公爵家次男として、彼女を受け入れることはできません。
彼女にも貴族の令嬢としての立場がある以上は、責任が取れない。
「甘やかすだけだよ」
「もちろんです」
「何をして欲しいの?」
「ふふ、私の体に触れていただけませんか?」
「えっ?」
私の膝から立ち上がったアイリーンは机に座って、こちらを向いた。
「どうぞ、フライ様のお好きに私に触れてください。私はフライ様に触れられたいのです」
「わかったよ」
私は、アイリーンの髪に触れ、頬に触れ、肩へと指を滑らせていく。
「んん」
「くすぐったいかい?」
「いえ、心地よいです」
「そうか」
そのまま彼女を抱きしめる。
「あっ!」
「ありがとう。いつもアイリーンの働きに感謝しているよ」
「勿体無いお言葉です! 私はフライ様に助けていただいた命。この身も全てフライ様の物です!」
しばらく抱きしめて、解放するとアイリーンは満足して部屋を出た。
♢
夜、私はノクスを部屋に呼び出した。彼は少し訝しげな表情を浮かべながら現れる。
「なんだよ、また監視か?」
「いや、今日はそうじゃない。君の話を聞きたいんだ」
私は静かにそう言い、彼に椅子を勧める。ノクスはしばらく迷った後、腰を下ろした。
「俺の話? 何を聞きたいっていうんだよ」
「君が何を背負っているのか、君の過去の話を聞きたい」
「……あんたには関係ない」
彼は視線を逸らし、険しい表情を浮かべる。それでも、私は穏やかに言葉を続けた。
「関係ないかもしれない。でも、君が背負っているものがあまりに重そうに見えるんだ。それを少しでも軽くする手伝いができるなら、僕はしたい」
その言葉に、彼の表情がわずかに揺らいだ。しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと話し始めた。
「……俺の村は、小さな農村だった。貴族の領地にあったけど、何もかもが貧しくて、税を納めるのもやっとだった」
「……」
「でも、それでも領主は容赦なく税を要求した。俺たちが耐えきれなくなるまで、どんどん増やして……それでも納められないと分かると、村を“反乱の巣”だと言って滅ぼしたんだ」
彼の拳が震えている。その怒りと悔しさが、言葉以上に伝わってきた。
「俺たち家族は、何一つ悪いことなんてしてなかったのに……」
彼の目には涙が浮かんでいながら奥歯を噛み締めるように悔しさが滲んでいた。
「俺には妹がいる。まだ小さかったから、教会が保護してくれた。それが唯一の救いだった。俺は……あいつを守りたかったけど、何もできなかったんだ」
彼の声が震える。その姿を見て、私は静かに言った。
「君はその年齢で生き残り、妹を守ろうとした。それだけでも立派なことだよ」
「……やめろ、そんなこと言われても嬉しくない」
ノクスが顔を背ける。私は少しだけ笑いながら、彼に問いかけた。
「ノクス。君は、妹さんのために今も頑張っているんだろう?」
「……当たり前だ。俺が何をしても、あいつだけは守らなきゃいけない」
「なら、その気持ちを大事にしてほしい。でも、君がすべてを憎しみで動くなら、いつかその気持ちさえ失ってしまうかもしれない」
彼がこちらを見つめる。その目には迷いが浮かんでいるようだった。
「……どうすればいいんだ?」
「まずは、貴族や平民なんて区別を少しだけ忘れてみることだよ。僕も貴族だけど、君を見下しているつもりはない。むしろ、君の力を頼りにしている」
「……あんたは、他の貴族とは違う」
彼がぼそりと呟く。その言葉に、私は笑みを浮かべた。
「それで十分だよ、ノクス。君が僕を少しでも信じてくれるなら、それでいい」
その夜、ノクスとの距離が少しだけ縮まった気がした。彼の過去は重いものだったが、それでも彼の心の中には守りたいものがあり、その気持ちが彼を支えている。
私は彼に背を向けながら、そっと呟いた。
「君が歩む道が、憎しみだけで終わらないように……僕も少しだけ手伝わせてもらうよ」
その言葉に、彼は何も言わなかったが、わずかに頷いたように見えた。
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あとがき
どうも作者のイコです。
第二章はここまで!
ちょっと話数が増えてきたので、次は人物紹介を載せようと思います。
カクヨムコンテストも半分が終わりそうですね。
残り一ヶ月、書く人も読む人も、楽しくなれるといいですね(๑>◡<๑)
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