第77話 酒場を教えよう

《side フライ・エルトール》


 学園都市の喧騒がようやく落ち着き始めた夜。


 私はノクスを連れ出した。


 他の者たちはアイリーンに任せることにして、聖痕を持つノクスを野放しにできないと判断して、私の近くに置いている。


 監視の意味を込めているが、いつまでも閉じこもってばかりでは息が詰まる。


 だからこそ、私の従者として、酒を飲みに行くことにした。彼とは地下でのあの一件以来、少し距離が縮まったように思えるけれど、まだまだ彼の心には堅い壁があるようだ。


「こんな時間に酒場に行くなんて、貴族の道楽か何かなのか?」


 ノクスは少し眉をひそめながら、私の後ろを歩いている。


「いやいや、違うよ。僕の道楽はもっと控えめさ。戦場を歩いた後に飲む一杯が、どれだけ美味しいか知ってるかい?」

「戦場……」


 彼は私の言葉に反応して一瞬黙り込む。血と汗と泥にまみれた日々を思い出しているのかもしれない。だが、そんな暗い顔をされると、こっちまで気が滅入る。


「ノクス、今日は戦場の話は抜きにしよう。酒場は楽しく笑う場所だ。それに、君も楽しむべきだよ。ほら、もうすぐ着く」


 私は彼を促しながら、学園都市の外れにある小さな酒場に足を踏み入れた。


 扉を開けると、暖かな明かりと賑やかな笑い声が迎えてくれる。木製のテーブルと椅子が並び、様々な種族の人々が酒を飲み交わしていた。


 獣人、エルフ、ドワーフ、そして人間……それぞれが楽しげに談笑している。


「おい、フライ! いつもの席空いてるぜ!」


 奥から店主が手を振る。私は笑顔で応じて、ノクスを連れてその席へと向かった。


「なんで貴族のあんたがこんな場所に?」


 普通の平民や旅人が集う酒場に私が行くとは思わないようだ。ノクスが不思議そうに聞いてくる。


「酒場に貴族とか平民とか関係ないよ。ここはただ、美味しい酒と料理、そして笑い声がある場所さ」


 店主が持ってきたエールを手に、私は一口飲む前にキンキンに冷やす。喉を潤す冷たい感触と共に、体中に活力が満ちていく。


「さぁ、ノクス。君も一杯どうだい?」

「俺は……そんなに酒に強くない」

「関係ないさ。まずは一口飲んでみなよ」


 私は彼にエールのジョッキを差し出す。渋々受け取った彼が一口飲むと、眉をひそめた。


「冷たい!……しかも美味い!」

「ハハハ! 最初はそうだろうそうだろう。でも、これが戦いを終えた後には格別に美味く感じるんだよ」


 隣のテーブルで笑い声が響く。ノクスがそちらに目を向けると、獣人たちが仲間と楽しそうに話している。


「おい、フライ! そっちの坊主は誰だ? 新入りか?」


 獣人の男が笑いながら声をかけてくる。


「ノクスだよ。ちょっと真面目すぎるけど、いい剣士だ」

「へぇ、剣士か。おい坊主、少しリラックスしな!」


 獣人がジョッキを掲げて笑う。その姿に、ノクスは困惑した表情を浮かべた。


「これが……酒場なのか?」

「違う違う。これは、みんなが楽しむために作った場所だ。種族も、身分も、全く関係ない。戦場でも剣術でもない、ただ楽しい場所だよ」


 次に向かったのはドワーフが集う酒場だった。ここではさらに強い酒が出される。部屋の隅ではドワーフたちが大きな声で歌い、笑いながら腕相撲をしている。


「おい、フライ! こっちに来い! 今日は新しいエールが入ってるぞ! クラフトビールってやつだ!」


 ドワーフのマスターが声をかけてくる。私はノクスを引っ張りながら、店の中央に座った。


「この酒場のエールは最高だよ。ドワーフが研究して作り出しているんだ。ノクス、君も飲んでみて」

「いや……もうエールは十分だ」

「じゃあ、こっちにしようか?」


 私はマスターに合図し、甘口の果実酒を注文する。ノクスが渋々口をつけると、少しだけ顔がほころんだ。


「これは……悪くない」

「ほら、君にも笑顔が似合うじゃないか」


 私は彼に笑いかけながら、周囲の賑やかな雰囲気を楽しんだ。


 最後に向かったのは、エルフが営む静かな酒場だ。ここでは落ち着いた雰囲気の中で、ゆっくりと酒を楽しむことができる。


「おや、フライさん。今日はまた珍しいお連れですね」


 店主が微笑みながら言った。


「ノクスだよ。彼に学園都市の夜を楽しんでもらおうと思ってね」


 私たちは窓際の席に座り、店主特製のハーブワインを楽しんだ。


「ノクス、どうだった? 今日の酒場巡りは」


 私はワインを一口飲みながら尋ねた。


「正直、最初は貴族の道楽だと思ってた。だが……悪くない。笑顔が絶えない場所なんて、俺の生きてきた世界にはなかった」


 彼が静かに答える。その表情には少しだけ柔らかさが戻っていた。


「いいだろう? 戦場に血生臭い匂いばかり求めなくても、こういう場所もあるんだ。君も少しずつ楽しむ方法を覚えていけばいい」

「……あんたは本当に貴族なのか?」


 ノクスが苦笑いを浮かべて尋ねる。


「一応ね。でも、貴族とか平民とか関係ないよ。僕にとって大事なのは、誰がどれだけ楽しく笑えるかだ。貴族といっても色々ある。僕は次男で生きてるだけの存在なんだよ。なら、道楽で遊ぶぐらいが丁度いい」

「……俺は貴族って奴が嫌いだ。でも、お前は……まぁ、そうでもない」


 ノクスの言葉に、私は思わず笑った。


「それで十分だよ、ノクス」


 その夜、私たちはさらに酒を酌み交わしながら、夜の学園都市を満喫した。ノクスが少しずつ笑顔を見せるようになったのが、何よりも嬉しかった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 今日はここまで!


 メリークリスマス!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る