第70話 裏の彼が参加しているってことは裏がある?

 グラディエーター・アリーナの決勝戦を控えた熱気の中、私はどうしても気になることがあって席を外しました。


 控え室に向かうと、そこで待っていたのは鬼人族のバクザンです。彼は鬼人族が纏うという覇気を発して拳を握りしめ、準備運動をしています。


「これはフライの兄貴! 激励に来てくれたのですか?」

「ああ、それに気になることがあってね」

「はは、さすがですね!」

「やっぱり何かあるのかい?」


 バクザンの明るい声ながらも、グラディエーター・アリーナに参加したことには、何か意味があるようです。


「いや、君が決勝戦に出るなんて知らなかったからね。ちょっと挨拶に来ただけだよ。でも、期待してるよ、バクザン」

「はは、嬉しいぜ。フライの兄貴が見てくれるなら、全力で戦うしかねぇな」


 そう言いながらも、彼の表情にはどこか緊張が見えた。それが気になった私は、一歩近づいて問いかけた。


「それで、何か心配事でもあるのかい?」


 バクザンは一瞬だけ視線を逸らし、周囲を確認するように見渡した後、私に小声で話しかけてきた。


「フライの兄貴、ここだけの話なんだが……」


 私は彼の真剣な様子に驚き、自然と耳を傾けた。


「実は、今回のフェスティバル、ただの競技じゃねぇらしいんだ」

「どういう意味だい?」


 私は彼の言葉に首をかしげた。バクザンはさらに声を潜めて続けた。


「フライの兄貴は知らねぇかもしれねぇが、裏で動いてる連中がいるって話です。学園都市を利用して、何かデカいことを企んでる奴らがな」

「裏で動いてる連中? 顔役さんたちが何かしているのかい?」

「いえ、俺たちではありません。リベルタス・オルビスって名前を聞いたことはないですか?」


 私はその名前を聞いて、小説の中に何度も登場するその名前を忘れるはずがない。


 狂王ブライド・スレイヤー・ハーケンスが、悪の覇王とするなら。

 

 リベルタス・オルビスは、自由を訴えながらも世界を掻き回す裏の存在。


 世界の影と言ってもいい。


「いや、聞いたことはないな。何者なんだ?」

「簡単に言うと、自由を掲げる連中です。ただ、そのやり方が厄介でね。ただの抗議運動ってレベルじゃねぇ。種族間の争いを煽ったり、学園都市みてぇな場所で混乱を引き起こそうとしてるって噂だ」

「混乱を?」

「その通りです。俺の耳に入った話じゃ、今回のフェスティバルを利用して、何か仕掛けるつもりらしいです。具体的に何をするかまでは掴めてねぇが、どれも気味の悪い話だ」


 バクザンの表情は険しく、その目には明らかに警戒心が宿っていた。私は彼の言葉を噛み締めながら問いかけた。


「それで、君はどうするつもりなんだ?」

「俺はただの参加者ですよ。それに、俺のところに来たってことはそういうことでしょ。フライの兄貴は、知らないと言いながらも、ただ、何かを感じ取っている。そして、そのために動くためにここに来た」


 かいかぶりも良いところだ。バクザンが言うように何かをするつもりはない。本当に激励に来たつもりなんだけどね。


「フライの兄貴が何をするのかまでは、俺にはわからないあれほどの圧倒的な力を持っているフライの兄貴のことだ。また面白いことを考えているのでしょ? なんでも指示を出してください。俺はそれに答えますよ」


 バクザンの言葉には、私を信頼している気持ちがにじみ出ています。それが嬉しくもあり、同時に責任の重さを感じさせられますね。


 何もしないつもりでしたが、期待されて動かないのも面白くはない。


「ありがとう、教えてくれて。でも君も気をつけるんだ。何かあったらすぐに知らせてくれよ」

「分かってますよ。兄貴がいるなら、俺も安心だ」

「なら、オーダーだ。優勝できるかい?」

「ヒュ〜なかなかに難易度の高い注文ですね」

「だが、君が優勝することは、ある意味で歴史にない」


 バクザンが優勝した歴史は存在しない。私が知っている小説で優勝を争うのは、あの二人だから。


 それが乱せるなら面白い。


 バクザンは力強く拳を握りしめて笑った。その姿を見て、私も彼に激励を送って控え室を出た。


 私は観客席に戻りながら、バクザンの話を思い返していた。


 リベルタス・オルビス。


 自由を掲げる組織が、今回のフェスティバルを利用して何かを企んでいる。それを知っていたが、具体的な内容は分からない。


 それが種族間の争いを煽るような行動であるなら、事態は簡単では済まない。


「ご主人様、どこに行っていたのですか?」


 観客席に戻ると、ジュリアが少し不安そうに私を見ていた。私は彼女の頭を軽く撫でて答えた。


「ちょっと知り合いに挨拶してただけだよ。さぁ、試合が始まるね」


 彼女は安心したように微笑み、隣に座り直した。


 目の前のアリーナでは、選手たちが登場し、観客の歓声が響いている。しかし、私の心の中には、バクザンから聞いた話が引っかかっていた。


 さて、どうしたものだろうか?


 フェスティバルは単なる競技や祭典ではなく、何者かの陰謀の舞台となっている。これから何が起きるのか、それを見極める必要があるだろう。


「楽しませてもらおうか。でも、裏も見逃さないようにしないとね。どっちも楽しみってことかな」


 私は自分自身にそう言い聞かせながら、決勝戦の幕開けを見守ることにした。


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