第68話 未来の話をしよう。

《sideフライ・エルトール》


 改めて、私はフェル爺さんから呼び出しを受けた。今回は従者を連れることなく、二人で飲もうと声をかけられた。


 場所は、前にフェル爺さんが連れて行ってくれたボートレース場の奥にある地下闘技場だった。


 地下闘技場は、学園都市の昼間の賑やかさとは異なる、静かで冷たい熱気に包まれていた。


 広大な空間の中央に設けられた闘技場では、闘士たちが剣や槍を手に、互いの技と力をぶつけ合っている。


 観客席には様々な種族の人々が集まり、それぞれの応援する闘士に声援を送る。


 フェル爺さんと私は、個室で地下闘技場を見ろせる個室に座っていた。


 特等席で、お酒を注いでくれる美しい女性や、専用の給仕担当までいるVIPルームのような場所だった。


 普段ならこういう場所に座るのは気が引けるけれど、今日はフェル爺さんに誘われてここにいる。


「フライよ、どうじゃ? これが地下闘技場の醍醐味じゃ」


 フェル爺さんが楽しそうに笑う。その目は、闘技場で剣を交える剣闘士たちを楽しそうに見つめている。


「いや、爺さんがこんなに真剣な顔で闘技を見てるのも珍しいね。戦いって、そんなに面白いの? 僕はあまり戦うのは好きじゃないんだよ」

「くくく、あれほどのことをしておいて、好きではないか、おぬしは本当に面白いのぅ」


 フェル爺さんは私の言葉、一つ一つを肯定してくれています。本当に祖父がいれば、このような感じなのでしょうか? 少しくすぐったい気持ちにさせられて、フェル爺さんのことを好きになっていく自分がいます。


「じゃがのう、戦いには生き様が詰まっておる。どんなに口が巧い者でも、戦いの場では嘘はつけん。剣を振るう者のすべてが、その一撃に込められるのじゃ」


 爺さんの言葉に、私は再び闘技場へ視線を向けた。


 今、剣を交えているのは獣人の男と人間の男だ。獣人の男は圧倒的な体格と力を誇り、人間の男はそれに対して、身のこなしと剣捌きで応じている。


 激しい攻防の中、剣が弾かれ、砂塵が舞い上がる。その中で、二人の眼差しだけが燃え盛る炎のように輝いている。


「確かに、なんというか……生きてるなって感じがするよ」

「そうじゃ。おぬしも知っておるように、こうやって血湧き肉躍り舞台は表には出来ぬ生き様がある。じゃが、裏でこそ生きられる者たちがおり、世界を動かす力を持っておる。こうした闘技場もその一環よ」

「なるほどね。じゃあ、今日はその一環で僕を連れてきたってこと?」


 私の問いに、爺さんはニヤリと笑う。その表情には、どこか楽しそうな悪戯っぽさがあった。


「まぁ、そうじゃな。おぬしには将来的にここを任せても良いと思っておる。爺さんたちの相手をさせることになったが、あのような場に慣れておいてもらわんとな」


 正直なところ、爺さんが何を考えているのかはまだ掴めていない。ただ、私を後継者として連れて行ったと言っていたから、育てるために色々なことを教えてくれていることは間違いない。


「顔役ねぇ……爺さん、僕にそんな大役が務まるのかい?」

「おぬしは自分を平凡と言いよるが、それが大きな間違いじゃな。おぬしのように自分を客観視できる者は少ない。だからこそ、おぬしには可能性があるのじゃよ」


 爺さんの言葉に、少しだけ笑ってしまう。私はどこまで行っても平凡です。地下闘技場で戦う男たちを見ても、怖さを感じ、同時に胸が熱くなるような気持ちが込み上げてくるだけです。


「でもさ、爺さん。この世界がもっと大きな争いに巻き込まれるとしたら、どうする?」


 私は小説の中で起きる戦争について、フェル爺さんに問いかけました。フェル爺さんは一瞬だけ黙り込んで。そして、すぐに笑い声を上げる。


「カカカ、そんなことは当たり前に想定できることじゃ」

「えっ?」

「この世界には多種多様な人種が生きておるのじゃ。そやつらにも思想があり、利権があり、己の私利私欲のために生きておる」


 フェル爺さんは立ち上がって、地下闘技場を見下ろした。


「人は欲のために動く。ここにおる剣闘士たちも自由を求め、金を求め、名誉を求めて集まってきている。それがまたいい。その規模が大きな戦争だったとしても、ワシらは変わらん。己のために動くだけじゃ」


 その言葉は、フェル爺さんらしいと言えば、フェル爺さんらしい答えだった。


「戦争が起きても変わらないか……」

「フライよ、人というものは結局、自分のためにしか動かんのじゃ。家族のため、仲間のためと言うても、それが己の信念である限り、結局は己のためじゃ。それが悪いというわけではない。それこそが人という生き物の本質じゃよ」


 爺さんの声には、どこか達観したような響きがあった。


「じゃあ、爺さんもそうなの?」

「当然じゃ。ワシはワシのために動いとる。それが結果的におぬしを助けたり、仲間を助けたりする。それでええじゃろう?」


 フェル爺さんの言葉に、私は少し考え込んだ。確かに、その考え方は理に適っているようにも思える。


「でもさ、爺さん。それだと戦争って結局止められないんじゃないの?」

「止められんじゃろうな。戦争が起きるのは、人の欲が尽きんからじゃ。おぬしがどう動こうと、それを変えることはできん。それにお主も自分の物を害されればブチギレるじゃろ。それも同じじゃよ」


 フェル爺さんの言葉は厳しいものだったが、それでもその中に一筋の光が見えた気がした。


「フェル爺さん、ありがとう。そうだよね。僕がいくら一人で足掻いても運命は変えられない。なら、変えられない運命を必死に変えるために動くよりも、その中でどう生きるのか? だね」


 私の言葉に、フェル爺さんは深い笑みを浮かべる。


「そうじゃ、それでええんじゃ。おぬしがそう思う限り、きっと道は開ける。それがどんな形であれな」


 爺さんの言葉を胸に刻みながら、私は再び闘技場に視線を向けた。


 戦い続ける剣闘士たち。その姿には、確かに何かを変えようとする意志が見えた。


「爺さん、僕も頑張るよ。いつか、この世界で自分の居場所を見つけるために」

「カカカ、まぁ追い先短いワシに未来など関係ないがの。じゃが、これまでの人生をワシは悔いなく歩んできた。そう言える自分でありたいと思うておるよ」


 フェル爺さんの言葉は、カッコいいと思えた。その背中も、悔いがないといった思いも、やっぱりフェル爺さんを好きだと思えて、地下闘技場の熱気と剣の音が、私たちの会話を包み込んでいた。

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