第57話 獣人王子は強い者に会いに行く。
《sideロガン・ゴルドフェング》
獅子一族である俺様は、獣人たちを束ねる王族として生まれた。
ロガン・ゴルドフェングとして、己の強さと誇りを何よりも大切にしてきた。
獣人族は力が全てを物語る。強者が弱者を守り、導く。それがこの世界の理であり、強さこそが俺様たち王族の証明だ。
だからこそ、俺は常に強者であろうとした。強い者には敬意を払い、弱き者は守ってやるべきだと考えている。
そんな俺が、あのジュリアを見つけたのは、学園の授業の時以来だった。
「ジュリア! 待て!」
俺の声に反応し、金色の耳がピクリと動く。柔らかそうな尻尾がふわりと揺れ、少女は振り返った。狼族の娘は孤高を好むと聞いたことがあるが、彼女ほど強さと美しさを兼ねた存在は見たことがない。
「……ロガン王子、何の用なのですか?」
その態度には少しも媚びや怯えがなかった。獣人は相手が強ければ、肌でそれを感じ取れる。
だが、ジュリアは俺様を前にしても、小柄な体つきに、年齢の割にあどけない顔。だが、その瞳には芯の強さが宿っている。
俺は初めて会った時から、彼女に妙に惹かれていたのだ。
「お前、どうしてあんな奴、フライ・エルトールなんかの奴隷をしている?」
「……ご主人様は優しいのです。それにお前よりも強いのです」
「ご主人様だと? それに俺様よりも強い? あんなぼんやりとしたやつがか?」
「ご主人様のことを悪くいうお前のことは嫌いなのです」
「なっ?!」
俺はあの光景を見た瞬間、胸が張り裂けそうになった。ジュリアのような獣人の娘が、人間の貴族に「ご主人様」と呼ぶなど、屈辱以外の何物でもない。
「俺が助けてやる。お前の主人であるフライ・エルトールに話をつけて、お前を自由にしてやる」
「必要ないのです!」
その言葉に、俺は愕然とした。彼女は俺を真っ直ぐ見つめて言う。
「私は今が幸せなのです! ご主人様は、ボクを奴隷として扱ってないのです。自由にさせてくれるし、優しいのです!」
「……だが!」
「あなたには関係ないのです! 放っておいて欲しいのです。ご主人様に他のオスの匂いを感じると思われたくないのです」
ジュリアは俺の言葉をバッサリと切り捨て、軽やかに去っていく。その小さな背中が遠ざかるにつれ、俺の中に沸き立つものは悔しさと焦りだった。
何が幸せだ? あんな貴族の下で自由などあるものか!
彼女はきっと、フライ・エルトールに奴隷として縛られて言わされているに違いない。俺が彼女を解放し、本当の自由を与えなければ。
「フライ・エルトール……!」
あの男の存在が、無性に腹立たしく思えてならなかった。
そして俺は、直接フライ・エルトールに勝負を挑んだ。
「決闘を申し込む! 貴様に勝ち、ジュリアを解放させる!」
久しぶりに学園に顔を出したフライは、どこか気だるそうに俺様の前に立つ。見た目は柔らかな印象の男だが、その余裕のある態度がますます俺の逆鱗に触れる。
「決闘? どうして僕が君と戦わなければならないんだ?」
「貴様がジュリアを束縛しているからだ! あれほどの獣人を奴隷にするなど、恥ずべきことだ!」
「恥ずべき……ねぇ」
フライは困ったように苦笑する。そして、ジュリアに目を向けた。
「ジュリア、君はどう思う?」
ジュリアは俺を一瞥し、首を振る。
「ボクは、ご主人様と一緒がいいのです!」
その言葉が胸に突き刺さる。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「それでも! 俺様は貴様が許せん! 獣人王族として、お前を倒し、ジュリアを救い出す!」
フライは肩をすくめ、ため息をつく。
「……わかったよ。そこまで言うなら、付き合おうじゃないか」
そして、決闘が始まった。
「五分間立っていられたら、僕の勝ちだって?」
フライの挑発的な笑みが、俺様の闘争心に火をつける。
「言っておくが、人間種が獣人に勝てると思うな!」
俺は身体強化を発動させ、一気に間合いを詰める。拳に込めた力は、獣人族の王子として誇りを懸けた一撃だ。
だが……。
「遅いな」
フライはするりと身をかわし、俺様の拳は虚空を裂くだけだった。
「なっ……!」
驚愕する俺の視界に、フライが柔軟な動きで距離を取る姿が映る。
「君は確かに強い。でもね、僕は“戦うこと”に興味がないんだよ」
「ほざくなッ!」
俺様はさらに速度を上げて攻撃を仕掛ける。しかし、何度拳を振るおうと、奴には掠りもしない。
フライは、ただ避け続けているだけだ。だが、その動きは恐ろしく無駄がなく、まるで舞っているかのように優雅だった。
五分後。
俺は息を切らし、地面に膝をついていた。
「くっ……お前、何者だ……!」
フライは肩をすくめ、軽く笑った。
「ただの平凡な公爵家次男だよ」
そんなわけがない。俺様の全力の攻撃を避け続け、最後まで余裕の態度を崩さなかった男が、ただの平凡であるはずがない。
ジュリアが俺様の元へ駆け寄る。
「ロガン王子、もうやめてください! ご主人様は、ボクを助けてくれた人なのです!」
「……助けた?」
ジュリアの瞳には揺るぎない信頼が宿っていた。それが、俺様の心をひどく打つ。
「あなたがどれだけ強くても、ご主人様はボクにとって唯一無二の人なのです」
彼女の言葉が、俺を完全に打ちのめした。
俺は負けた。
ただ力で救えるものではなかったのだ。
その日の夕暮れ、俺は学園の丘で一人空を見上げていた。
「強い女性が好きだ」
そう公言してきた俺様だが、本当に強いのは、ジュリアのような芯のある女なのだろう。
そして、それを認め、支え続けているフライ・エルトールもまた、俺よりも強い男だ。
「くそ……あんな奴に負けるとは」
握りしめた拳に力が入る。
だが、この敗北を俺は忘れない。そして、ジュリアが誰よりも幸せそうに笑っていたことも、胸に刻む。
「次こそは、俺が勝つ……!」
誇り高き獣人王子として、俺様は再び立ち上がることを誓った。
今は、ジュリアに構っている暇はない。ジュリアが幸せだというなら、俺はフライよりも強くなることを目標にするだけだ。
「フライ! 俺と戦え!」
俺はいつの間にか、ジュリアよりもフライを追いかけるようになっていた。
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