第50話 闇落ちのご令嬢 後半

《sideアイリーン・ユーハイム》


 フライ様は気にしないでいいと言ってくださいました。


 ですが、私自身が許せないのです。


 もしも、男爵に考えがあり、トアさんにとってためになる教育をしているなら、私が口出すことではありません。


「アイリーン様、資料が揃いました」


 家の者に声をかけて、資料を集めてもらいました。我、ユーハイム家は私の病によって、長い間資金不足に悩んでいました。

 

 フライ様によって救われた我が家は、本来の力を取り戻すために父上は働き始めました。領地持ちの伯爵家であり、そして、情報を扱う裏の貴族。


「ええ、ありがとう。エリザベートには?」

「大丈夫です。何も気づかれてはおりません」

「そう、ありがとう」


 これは私が受け継ぐべき力。本来は、男子が生まれた際に受け継がれるべき力でしたが、我ユーハイム家には男子は生まれませんでした。


 エリック様に嫁ぐことが決まったエリザベートは、いつか婚約を破棄してフライ様と婚姻を結びます。それは変えようのない事実でしょう。


 ですが、私もまたフライ様に仕え、この身、この心は全てフライ様に捧げます。


「行きましょうか」

「はっ!」


 集めてくれた資料によって、全て理解しました。男爵家の現状や、我が家の名を通してエルトール公爵家の支援を無碍にした……。


 私は真っ黒なドレスに身を包んで、男爵家に向かいました。


「失礼、ユーハイム家のアイリーンと申します」

「これはこれは、ユーハイム家のご令嬢ではありませんか?! どうぞどうぞ」


 私は応接間に通されて、男爵と話をしました。男爵は人の良さそうな顔で、トアさんのことを最初は褒めていた。


 だけど、私がニコニコと聞いていると、次第に脂汗を流して口汚くなっていきました。


「なんなのです! 何か言いたいことがあるのでしたらおっしゃったらどうですか?」

「では、そろそろ宜しいでしょうか? 男爵。あなたはトアさんに支援された金貨を横領しましたね」

「はっ! 何を証拠に?」

「証拠はこちらに」


 我が、ユーハイム家が集めた資料は、男爵の全てを詳かにしてくれます。


 彼らはずっと私の復帰を願い、そして、私と共に生きることを誓ってくれました。


「なっ!?」

「男爵、証拠は揃いました。まだ認めませんか」

「うるさい! 小娘が! たとえ伯爵様の娘であっても、爵位を持つ私の方が帝国では地位は上なのだ。あなたのことを害することはないが、あまりにもしつこいと正式に抗議をさせてもらうぞ。私は男爵である。あなたの話を聞く必要はない。帰られよ」


 男爵は、最後の一手を間違えました。ここでするべきはただ懇願するように謝罪をして、今後は改めると言い続けるだけでした。


「そうですか、あなたはユーハイムの名に泥を塗り、私がフライ様に申しつかった用事を邪魔するというのですね」

「はっ? フライ様?」

「いいでしょう。ならば私も手段を選べなくなってしまいました」


 私の属性は闇。


 部屋が真っ黒になり、私は本来の力を解放します。


「なっ、なんだこれは?!」

「男爵、あなたは選択を間違えた。私こそがすでにユーハイムなのですよ」

「なにっ?!」

「すでに父上から、ユーハイム伯爵家の爵位は継ぎました。ユーハイムの全てはアイリーン・ユーハイム伯爵の権限で使うことができるのです。つまり、爵位においても、私はあなたよりも上なのです」

「なっ!」


 愚かな者とは、どうして地位や位にこだわるのでしょうか? フライ様は何一つこだわりません。


 むしろ、その豊富な資金も、強いお力も、才能に溢れる能力も全てをお持ちなのに、それを見せびらかすことなく、のんびりと揺らがない。


 男性とは、フライ様のような方であって欲しい。


「ひっ!?」

「ああ、ごめんなさい。考え事をしておりました」


 全身から血を流す男爵の姿に、私の心は全く動きません。やはり、私の心を動かすことができるのは、フライ様だけ。


 あの方がもしも世界を欲しいと言われたら、私は喜んであの方に世界を差し上げましょう。


 ですが、あの方はそんなことを望まない。ただ、あの方はそこにあるだけで、全てを解決してしまう。


 英雄の資質とは、さもありなん。


「さて、もういいかしら?」

「……」

「あら、もう話せなくなっちゃいましたね。でも、聞きたいことも全て聞き終えられました。お約束ありがとうございます。今後のトアさんの処遇は私の家に預けていただけますね」

「はい」

「よろしい。では、そのように。お邪魔いたしました」


 本来の仕事は私の本性を曝け出してしまいました。このままでは気持ちがおさまりせんね。


 お風呂に入って、私はおさまりきらない気持ちをフライ様の顔を見ることで収めようとしました。


 褒めていただき、そして叱っていただくそんな私のお願いをフライ様は叶えてくださいました。


「アイリーン、よくやってくれた。これでトアも救われるだろう」

「はい! ありがとうございます」


 フライ様に褒められた。嬉しい。


「だけど、最初から、君がちゃんと仕事をしていればこんな手間はなかったんじゃないのか?」


 フライ様の冷たい声、それすらもゾクゾクと背中に感じる。


「ハウっ! 申し訳ありません! どうか、私のお尻をぶってください!」

「えっ?」

「どうか? 悪い私を罰してください!」


 フライ様はご褒美に私のお尻を叩いてくださいました。他の誰でもないフライ様から与えられる刺激は、全てが感動的でした。


「この度は私の失態でした。ですが、今後はこのようなことがないように致します。それと明日からトアさんがこちらの屋敷で寝泊まりをすることになりますので、よろしくお願いします」

「えっ?!」

「それでは失礼します。おやすみなさい。フライ様」


 本来の私を解放する良い機会でした。


 そして、私は改めてフライ様こそが至高の存在であり、私にとってのご主人様だと認識しました。


 あの方に私の全てを捧げます。この身だけでは足りませんね。


 歯止めがなくなってしまったように思います。


「お尻が熱い。はぁぁ、フライ様。お慕いしております」


 フライ様のことを思いながら、ベッドで眠りにつきました。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る