第33話 後継者

「貴族のお嬢さんたちには帰ってもらえるかのぅ」


 お爺さんに付き合っていく前に、お爺さんからエリザベートとアイリーンを帰してほしいと言われたので、奴隷たちに護衛させて彼女たち二人には先に帰ってもらうことにした。


 ギャンブル好きのお爺さんの良いところなので、きっとギャンブルに関することなんだろう。一応の護衛として僕はジュリアとレンナを連れていくことにした。


 ジュリアは一番付き合いが長く、強さではレンナが一番だと判断したからだ。


 レンナは勝負に勝ってから、おとなしくなった。ついてきて欲しいと伝えた。


「べっ、別に命令だから仕方なくだからな! 強い男だから認めただけなんだからな!」


 なんだかよくわからないけど、誘ったら嬉しそうな顔をしていたので正解だろう。


「こっちじゃ」


 お爺さんにつれられてやってきたのは、ボートレース場の奥にある地下施設だった。


「こんなところがあったんだね」

「まぁのう。ここからは会員制じゃ、会員が紹介しなければ入れんからな」

「ふ〜ん」


 お爺さんは相当にギャンブルが好きなんだろうな。学園都市にこんな裏カジノまで作ってるなんて相当な凝り性だ。


 階段を降りるとカジノが広がっていた。だが、そこがゴールではなく、さらに地下へと降りていく。


「ほれ、見てみろ」


 濁声のお爺さんに連れられてやってきた場所は、半裸の男たちが拳で殴り合う地下闘技場だった。


「どうじゃ凄いじゃろう」


 うん。凄いとは思うけど、見ていても……。


「ふむ、お主には物足りぬかのう? じゃがのう、聞け」

「うん?」

「ワシは、女子が好きじゃ」

「はっ?」

「ギャンブルも好きじゃ、そして奴隷も好きじゃ」


 いきなり何を言ってんだこのお爺さんは、私に自分の好きな物を紹介されても困ります。


「じゃが、男が一番好きじゃ」

「えっ?」


 私は身の危険を感じて、自分の体を守るように抱きしめます。


「ふん、そんな性的なことではないわい。男とは夢を見るバカの集まりじゃ。そのバカが夢を追っている姿がワシは好きじゃ。あそこにいる男たちもまた、強さを求め、賞金を求め、様々な夢を求めて集まり命をかけておるのじゃ」


 地下闘技場で戦う男たちは、無理やり戦わされているわけではなく、己のために戦っている? なるほど、それは面白い。


 奴隷や剣闘士は、どこかで戦いに怯え、必死に生きるために戦う。中には強く羽ばたく者もいるがそれは稀な話だ。


 だが、己の強さを求め、己の夢を求める者たちは、そこに潔さがある。


「ふむ。やはりわかるか、お主にも」

「ええ、そういうカッコ良さは理解できます」


 うんうん、前世の記憶で地下闘技場で戦う男たちの話などもたくさん読みましたからね。生き様という姿がとてもかっこいい。


「……フライ・エルトールよ」

「はい?」

「ワシの後継者になってくれぬか?」

「後継者?」


 地下闘技場を見せられ、何の話をされるかと思えば後継者? お爺さんの遺産を受け継いで欲しいということだろうか?


「ワシにも夢があった。社会の秩序を調停するフィクサーというな」

「フィクサー、何だかカッコいいですね」

「そうじゃろう? ふふ、その良さがわかるとはお主も素質があるのぅ〜。ワシはのし上がるために何でもやった。汚いことにも手を染めてきた。この地下闘技場も、奴隷商人も、そして、帝国の闇も知っておる」


 お爺さんあれだな。多分、厨二病を永遠に患ったまま歳をとったんだろうね。きっとギャンブルをやりすぎて、脳汁を出すためにどんどん危ないことをしているウチに危ない人たちと関係を持つようになって、自分が凄い人と勘違いしているのかも。


 ボートレース酒場でヤジを飛ばしているだけのお爺さんなのにね。


「そうなんだね」

「そうして長年の人生を通して、ワシは気づいたのじゃ。運と実力、それに度胸が加わり、それらを使いギャンブルで勝てる者こそが、ワシの後継者に相応しい」

「なるほど、僕はボートレースで勝っていたからね」


 全勝とは言えなかったけど、8割は勝っていたかな? それでこんな壮大な話をしたくなったんだな。歳を取ると男性は自慢話が多くなるっていうけど、聞いてあげるだけでいいよね。


「それだけではない。貴様は、奴隷商人の情報を掴み。予想を超える実力を持っていた。ワシは興奮したのじゃ。ここまでの男がいるのかと?! 運、度胸、実力、情報、何よりも良い女たちに愛される資質」


 うわ〜凄い勘違いだよね。


 僕って平凡で、何か勝手にみんなが勘違いしているだけなんだけどね。


「ふぅ〜興奮しすぎたのぅ〜。何が言いたいかと言えば、ワシの後継者として帝国の闇を牛耳るフィクサーになる気はないか? この道は太陽の元では歩けぬ。いや、ワシが生きている間は、お主は表の世界に居ればええ。じゃが、ワシが死んで全てを受け継いだ時、貴様は世界から姿を消して名も残らぬ。それでもお主に後継者になってほしい」


 お爺さんは本気で厨二病をするために生きているんだろうな。


 その目がギンギンに見開かれて、私に手を差し出している。


 闇のフィクサーか、フライ・エルドールは小説の中に登場しない。


 つまりはどこかで死ぬか、お爺さんのようにギャンブルで身を破滅させるんだろうな。自分のことは仕方ないと思えるけど、周りの人間を不幸にしたくない。


 お爺さんの道を理解してあげるのも優しさだよね。


「わかったよ。お爺さん。あなたの後継者になってあげるよ」

「そうか?! そうか、そうか。フライよ。ならば貴様に隠し名を授ける」

「隠し名?」

「そうじゃ、これはお主をワシの後継者として認めさせる者じゃよ。フライ・F・エルドール。そして、Fを証明するために、継承の魔法を施す」


 お爺さんの手を握ると、手の甲に熱を感じる。

 

「熱っ?!」

「これで継承の儀は済んだ。くくくあはははははは! フライ・F・エルドールよ。お主はワシの正真正銘の孫じゃ!」


 よくわからないけど、ギャンブル好きなお爺さんが喜んでくれたならいいや。


「ねぇ、お爺さんの名前は?」

「ワシか? そうじゃな。Fはすでに失った。だから、ただのフィルじゃ」

「そうか、フィル爺さん。これからもよろしくね」

「くくく、うむ。愛しき我が孫よ」


 お爺さんが喜ぶ顔を見るのは悪い気はしないね。

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