第30話 貴族のプライド

《sideエドガー・ヴァンデルガスト》


 屈辱だ! 屈辱だ!! 屈辱だ!!!


 私は栄光ある帝国侯爵家の長男にして、次期ヴァンデルガスト侯爵家の跡取りである。それなのにそれなのにどうして、この私があのような大衆の前で辱めを受けねばならぬのだ。


 公爵家の次男風情が偉そうに……。


 確かに家の位では、我がヴァンデルガスト家よりも位が上であることは認めよう。だが、次期当主になるのはエリック・エルトールであってあいつではない。


 社交界にも出ていない男の顔など知るはずもない。


 変人フライ・エルトール。


 学園都市に入学して以来、まともに学園の授業に出ることもなく、フラフラとギャンブルをして遊び惚けているような貴族などになぜ偉そうにされなければいけないんだ。


 私は常に学園の座学では上位順位を維持してあり、我がヴァンデルガスト家が得意とする風魔法ではトップ成績を残してきた。それだけではない。


 ブライド様に気に入られるために、多くの実績を残して能力を証明してきた。


 だから、今回の一件はたとえ相手が自分よりも上位貴族であっても許せることではない。


「やめておけ」

「納得できません!」


 そんな私に対して、此度の一件をブライド様はお止めになられた。フライ・エルトールとの決着をつけたいと申し出たことに対して、証人として後ろ盾いただくつもりでした。


 何も卑怯な手を使うというわけじゃない。貴族は位が大事です。私から決闘を挑むことは互いの命を取り合うことになってしまう。


 ですが、ブライド様のお名前をお借りして、模擬戦という形を取れば、命までとらなくても奴を倒して、十分に懲らしめることができる。


 私も魔物ではない。奴に対する怒りを、奴自身の屈辱に歪んだ顔で見れれば十分なのだ。


「我から言えることは、やめておけだ。貴様はフライの顔を知らず、無礼を働いた。その手打ちをしてもらったのであろう?」

「しかし、私は女性の前で辱められたのですぞ!」

「それも自業自得だ。これ以上言わせるなよ、エドガー。貴様が無能なことをして、どうして我が貴様の尻拭いをせねばならぬ?」

「ぐっ!」


 それは確かにそうだ。此度の一件は、私がフライ・エルトールの顔を知らず、奴をバカにした物言いをして、自分よりも位が上の者を知らなかったことが問題だ。


 それは理解している。


 だが、それで腹の虫が収まるのかと言えば、貴族として、男として無理な話だ。


「わかりました。ブライド様の名前はお借りしません。ですが、私の自信が許せないのです。奴への模擬戦を申し込む許可をお願いします」

「……我は止めたぞ」

「わかっております。ですが、これは私の愚かな誇りだと思っていただければ」

「好きにせよ。今回の一件は我は関与せぬ。むしろ、エドガー」

「はい?」

「恥の上塗りにならぬことを願っているぞ」


 そう言って立ち去っていくブライド様の後姿に私は深々と頭を下げた。


 私にとってブライド様は憧れであり、絶対的な唯一無二の存在である。


「おい」

「なんだ? 私に話しかけるな。下郎」

「ふん、俺はお前が嫌いだ。だが、あいつのことも気に入らない」


 ブライド様のお気に入りである忠犬アイク。剣の腕は立つようだが、平民に話しかけられていい気分はしない。


「だからどうした?」

「貴様が決闘をするなら、俺が代理になってあいつを斬ってやってもいい」

「舐めるなよ! あのようなフラフラとしているだけの男に、私が負けるとでもいうのか?」


 ヴァンデルガスト侯爵家の次期当主である私を舐めるなよ。貴族として恥じない努力はしてきた。


「……お前の努力も、お前のことを弱いとも言わない。だが、あいつは底が見えない。ブライド様と対等に接して、俺の殺気を受けても平然としていた」

「なんだ? 貴様が私の心配をしているのか?」

「同じくブライド様を支える者として、負けてもらっては困るというだけだ」


 ふん、結局は私が負ける可能性があるということではないか……。


 だが、ブライド様がやめろと言われ、剣バカまで心配するのか……。


 フライ・エルトール、一体なんだというのだ。


「私は負けるわけにはいかぬのだ。何をしてもな……」


 私は幼い頃にブライド様に出会った。


 その出会いは強烈であり、鮮烈なショックを受けた。


 ブライド様は、全てにおいて完璧であり、そのカリスマ性と、絶対的な存在感に帝国の栄華が目に見えたようだった。


 そして、ブライド様を支え、参謀や宰相として、彼の方の隣に立ちたい。そう思うようになった。


 アイクがブライド様の剣だというならば、私は汚れ役であり、裏でいいと思っている。あの方は太陽の元で覇道を歩む方だ。


 だが、それを妨げるようなモノは全て私が排除する。


 エリック・エルトールは魔塔に選ばれるほどの秀才であり、今後の帝国を支える男になるだろう。


 だが、フライ・エルトールは害でしかない。


 我が公国の王女を手玉にとって、公国を手に入れれば、それは帝国が大陸統一に対して、足がかりになる。


 公国の王になって、ブライド様が率いる帝国の属国になっていまえば、これほど効率が良いことはないのだ。


「フライ・エルトール、私が歩む道にとって邪魔な存在だ。私の理想はブライド様と共にある。彼の方の覇道に貴様は要らぬ」


 申し込むのは模擬戦だ。


 だが、事故というのはいつ起きても仕方ない。


「おい、手筈はわかっているな」


 影に向かって声を掛ければ、静かに影は消えていく。


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