第21話 王と剣

 私が教室の中に入っていくと、視線から戸惑いを感じさせる。それを気にした様子もなく、私はブライド様が座る席の隣に腰を下ろした。


「なんだ?」

「おや、おはようございます。ブライド様じゃないですか。お久しぶりです」


 私は笑顔で、ブライド様に挨拶をする。


「ワザとらしいやつだ。ふん、学園にずっと来ないで何をしていた?」

「おや? 僕にご興味がありますか?」


 話しかけられて嬉しそうに微笑みかける。


 大柄な体に強者を感じさせる雰囲気。さらに、ブライド様の後に控える男はとんでもない殺気を放っている。


 いやいや、この場だけ戦場のような空気だね。


 エリザベートとアイリーンさんにはジュリアのために他の授業を受けてもらってよかった。


「ふん、貴様が変人として自由に振る舞っている分には、面白い。だが、その才を我のために使う気になったか?」

「何を言っているんですか、ブライド様。僕は平凡な公爵家の次男ですよ。エリック兄上の代替え品として、兄の後で控えているしか、脳のない人間ですよ」


 先ほどから、殺気をぶつけてくる彼は私の軽口にイライラと怒りを感じている様子で、殺気を私だけに向けてきます。


 公爵領で、魔物を討伐していなければビビっていたかもしれませんね。まぁ、火龍に比べればまだまだ彼の方が荒削りなので、可愛いものですね。


「お前を能無しと我に思わしたいのか? くくく、それは無理だな」

「ほう、僕が能無しではないと? それは嬉しいですが買い被りすぎでは?」

「お前がそうしたいのであれば、尊重してやる。そんなことよりも貴様はどこに属すつもりだ?」

「属す?」

「惚けるな! 我は戯れにつきやってやったのだ。質問には答えよ」


 傲慢不遜ながらも楽しそうに笑う少年ブライド君は、未完成であるが故に可愛く見えますね。


「そうですね。皆さん興味深い活動をされていると思うので、じっくりと考えるつもりです」

「そうか、お前ならばいつでも歓迎しよう」

「ありがとうございます。ブライド様、友人として嬉しいです」


 私は握手を求めるようにブライド様に手を差し出す。その行動があまりにも驚きだったのか、ブライド様を含めて教室にいた者たちが全員驚いた顔を見せた。


「我を友人だと?」

「ええ、帝国の位はブライド様が上ではありますが、同じ王位継承権を持ち、同じ次男。それに同じ歳で、こうして学び屋で机を並べて学ぶ者同士です。十分に友人としての資格は得られて思いますよ」

「くくく、あはははは。そのような軽口を我に吐くのはお前ぐらいだ。だが、調子に乗るなよ、変人。お前を認めるのは我だ。友人だと思うのか、それは今後次第だと思え」


 友人であることは突っぱねられましたが、その笑顔はとても嬉しそうに見えますよ。


「おい、お前!」


 先ほどから、殺気を飛ばしていた彼が立ち上がる。


「なんだい?」

「いい加減にしろ! ブライド様に馴れ馴れしいぞ!」

「うむ」


 平民であろう彼は、ブライド様のお気に入りなのだろう。彼が声を張り上げても、ブライド様は止めなかった。

 

 いつでも手放さないように長剣を手に持ち、彼が剣でブライド様に気に入られたことがよくわかる。


「君は?」

「アイクだ!」

「そうか、アイク。今、僕はブライド様と話をしている。それを邪魔をしてもいいと思っているのか?」


 私は挑発するように、アイクに言葉をかける。普段ならば、こんな言葉の掛け方はしない。だけど、彼のような人間は真面目なタイプなので、揶揄うほうが面白い。


「うるさい。貴様こそ、ブライド様に対して先ほどから馴れ馴れしく無礼であろう」


 今にも剣を抜きそうな雰囲気に、私は笑いました。このまま決闘になることはないと思いますが、この状況を一番楽しんでいる人物がいてズルイと思ってしまいますね。


「ブライド様、随分と狂犬を飼われているようで」

「くくく、狂犬か。だが、我にとっては忠犬なのだがな」

「そのようですね。このままでは平凡な私は斬られてしまいそうです」

「お前が斬られるなら、それまでの男だ」


 ブライド様は悪びれた様子もなく、止める気もないようだ。


 これは困った、適当にあしらいたいところではあるが、ヒートアップした頭を冷めさせるのはどうも面倒だ。


「ふむ。ならばどうしましょうか? 君は立ち上がって激情のままに僕に向かってきた。それがブライド様の名誉を汚していても、構わないと?」

「なにっ?!」

「僕は君と違って、ブライド様とお話のできる家名を持ち、対等な立場として声をかけた。だが、君はどうだ? 僕と同じ立場で話せる人間か? この学園の生徒だから対等なんて言うなよ。君は、ブライド様の名前を出して僕に激情をぶつけたんだ。その時点で学園は関係ない」


 私は子供に対して適当に口で言い負かすことにしました。


 彼の殺気は戸惑いに変わりブライド様に対して、自分がしてはいけないことをしてしまったのではないかと疑心暗鬼に陥る。


 面白いな。真面目な人間ほど猪突猛進で視野が狭い。そして、平民として教育も受けていないので、常識も知らない。


 残念だが、初手で怒鳴るのではなく、彼が剣を振るって私を斬れば反論の余地はなかったでしょう。


 ですが、言葉を発する機会を与えた時点で、弁論なら負ける気はしませんね。


「さぁ、アイク。お前はブライド様の名を背負うだけの立場なのか? そして、私に対して非難する根拠はあるのか?」


 思考の中に入れば、アイクのような人間は答えを出すことはできない。


 何も考えないで剣を振るうことが一番強いのに、それを放棄したい時点で……。


「アイク、退がれ」

「ブライド様!」

「面白くはあったが、貴様の負けだ。貴様は剣の腕は立つが、それ以外がまだまだだな。フライよ。もういいであろう?」

「ええ、ブライド様の仰せのままに」


 ブライド様に仲介させることで、アイクは引き下がる必要があり、私の誇りは守られ、ブライド様の顔を立てることもできる。


「うむ。お前は気迫だけでなく、そのような小細工もできるとはな。本当に変人だな」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 弁は剣よりも強い。私の持論です。剣に生きる者を弁で負かし、弁が立つ者にはこちらから先に切り伏せて仕舞えばいい。


「それではそろそろ失礼します」

「フライよ。いつでも待っているぞ」

「はは、考えておきます」


 気楽に別れを告げても、笑顔で見送ってくれるブライド様の器量もなかなかだと思える。

 

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