第9話 幼い恋心 後半

《sideエリザベート・ユーハイム》


 姉が救われた奇跡。フライ様が治してくださった奇跡。


 姉が普通に起き上がってくれたことが、わたくしの感情を爆発させて、涙が溢れて止まりません。


 いつの間にか両親もやってきて、メイドなども涙を流して私たちは久しぶりに、何かとんでもない呪いから解き放たれたような気分になりました。


 涙が止まる頃に、フライ様にお礼を言おうと探しましたが、フライ様は自分のやることは終わったから、あとは栄養のある物を食べて元気になってくださいと執事に言い残して、帰って行かれたそうです。


 どうしてこんなことができるのでしょうか? 姉の命を救い、我が家に巣食う長年のしがらみを解き放ってくれたというのに、フライ様にとってはなんでもないことのように立ち去っていくのです。


 本来であれば、医者たちのように多額の医療費を請求して、薬師たちのように、高額の薬を売りつけられることもあるのです。


 それなのに、フライ様は何も求めず。むしろ、たくさんのプレゼントを残して行きました。私に送ってくださった花は気持ちをリラックスさせる効果があるハーブでした。


 姉へのプレゼントは栄養がつきやすく回復効果のあるフルーツでした。


 そして、両親へ渡したのは、姉の容態を教えるカルテと、その処置に必要な資金だったのです。


 しかも「お見舞い金だから、返さなくていい。僕のお小遣いの範囲だから」とメッセージを添えてくれていました。


 どこまで、どこまであなたは……。


「お父様、申し訳ありません。わたくしはエリック様の婚約者にはなれません。フライ様が好きなのです。フライ様以外の殿方など考えられません」


 わたくしは生まれて初めて両親に我儘を言いました。


「ああ、その気持ちは私たちにもわかっていたよ。そして、今回の一件で私たちはフライ様に大きな恩を受けた。エリザベートよ。生涯を賭けてフライ様にお仕えする気持ちはあるかい? きっと彼は稀代の英雄になれるだろう。それでも」


 父が心配してくれているのはわかります。英雄とは、たくさんの女性に愛され、また家になど帰ってこないかもしれない。


 私では理解できないこともたくさんあるでしょう。


「それでもわたくしは、フライ様の横にいたいと思います。あの方が盾を望まれるならば、わたくしはあの方の盾となりましょう。あの方が温かな家を望まれるのであれば、わたくしはあの方が帰ってくる温かな家になりたいと思います」


 わたくしの決意に両親は頷いてくれました。


 そして、その思いを自分の口から、エリック様にお伝えしました。


「申し訳ありません。わたくしはフライ様をお慕い申し上げております」


 わたくしの言葉に、エリック様に怒られると思っておりました。


 ですが、エリック様は怒るどころかとても嬉しそうに笑われたのです。


「君もか」

「えっ?」

「フライは、あいつはとても優秀な弟なのだ。私もいつかこの家をフライに渡して、あいつが教えてくれた研究を皆に広めたいと思っているんだ。だから、いつか君がフライの横でエルドール家を支えて欲しい」


 エリック様はいつも真面目で、少し厳しい方だと思っていました。


 ですが、フライ様の話をする時の、エリック様はとてもお優しい顔をされて、嬉しそうに話をされるのです。


「エリック様はフライ様がお好きなのですね」

「ああ、世界で一番大切に思っているよ。あいつは自分の評価が何故か低い。色々なことができるのに、属性魔法が使えないこと。そして、普通の基準がわかっていない。そういう常識外れなところも全て愛おしい」


 少しだけ妬けてしまいますわね。


「わたくしだって、フライ様が大好きなのです! 負けません!」

「はは、そうだな。私は兄としてあいつの凄さを世界に広めたい。君は妻として、フライのことを支えてやってくれ」


 意外にも、あっさりとわたくしとエリック様の婚約は仮の形になりました。


 それは我が両親から、エルトール家に支援の打ち切りを申し出てくれたからです。ですが、支援を打ち切っても婚約は継続して欲しいとユーハイム家から正式にフライ様へ申し込まれたので、話は落ち着きました。


 エリック様ご自身が動いてくれたことは言うまでもありません。


 それから五年が過ぎて、わたくしはフライ様の横にいることを許されています。


「フライ様、そろそろ準備はできましたか?」

「うん。大丈夫だよ」


 本日、わたくしたちは帝国が管理する一段学園都市プリズンマジックに入学します。


 都市一つが学園として機能しており、帝国だけでなく、各国の貴族や平民でも優秀な物たちが入学してきます。


 三年間だけではありますが、学園に通うことで、様々な人種や歴史を学び。


 同年代の者たちと交流を深めることが目的とされています。


「やぁ、エリザベート。おはよう」

「おはようございます。フライ様」


 フライ様はいつもぼんやりとした顔をされていますが、整った容姿をされているので、その美しさは損なわれていません。


 なんてカッコ良いのでしょうか、ちょっとヨダレが落ちそうになってすぐに拭きましたわ。


 ただ、一つ、私に誤算があったとすれば……。


「アイリーンさんも、おはよう」

「はい! フライ様、おはようございます。本日は、ご一緒に入学できることを嬉しく思いますわ」


 そう、姉上が一緒に入学することです。


 十一歳の頃にやっと動けるようになった姉上は一年ズラして入学することを決めて、わたくしたちと同じ学年になりました。


 む〜姉上が恋のライバルになるなんて思いもしませんでしたわ。


「うん。じゃ行こうか?」

「「はい!!」」


 わたくしたちはフライ様を挟むように三人で馬車に乗り込みました。

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