第2話 貴族社会から追放

 わたくしサウスモニカ・ファランドールは、ララライ王国の南に領地を持つファランドール公爵家の長女として生を受けました。


 残念なことに母はわたくしを産んですぐに亡くなってしまいましたが、父は亡き母の分までわたくしをそれはそれは愛してくださいました。


 その溺愛ぶりは相当なもので、三歳になる頃にはわたくしはこの国の第一王子の婚約者となっていたほどです。

 わたくしは未来の王妃として英才教育を受け、すくすくと成長していきました。


 転機が訪れたのはわたくしが十歳の誕生日を迎えた時のことです。

 この世界の子供は十歳の誕生日を迎えると神様よりステータスとジョブを与えられますが、その際にその者に最も適したジョブに就くことになるのは皆さまもよくご存じのことかと思います。


 朝早くに目覚めたわたくしは神様から与えられたジョブを確かめる為に、意気揚々とステータスを開いたのですが……。


「ステータス!」


サウスモニカ・ファランドール 10歳

ジョブ 詐欺師Lv1

固有スキル 偽装 変装


 わたくしの前に現れた半透明のステータスプレートにはこのようなジョブが表示されていたのです。


「なんてこと……神様、あんまりですわ……」


 神様はわたくしが詐欺師になることを勧めているようでした。


 もちろん教会へ行けば他のジョブに変えることはできます。

 しかし転職の際にわたくしがこのようなジョブに就いていることが誰かに知られたら、どのような風聞が囁かれるか分かったものではありません。


 わたくしがベッドの上で頭を抱えていると、コンコンと扉をノックする音が響きました。


「ど、どなた?」

「モニカ、起きているかい?」


 それはわたくしの父の声でした。

 わたくしのジョブを確かめる為に朝早くからわたくしの部屋を訪れたようでした。


 かくなる上は父に相談するしかありません。

 わたくしはベッドを降りると扉を開き、父を部屋に招き入れました。


「お父様、おはようございます……」

「朝早くからすまないね。パパはモニカが十歳の誕生日を迎える日がくるのが待ち遠しくて仕方がなかったのだ。早速、どんなジョブに就いたかパパに教えてくれるかい?」


 父は鑑定石の入った箱を手に持っていました。

 これは触れた者のステータスを空中に投影する道具です。


 通常、ステータスプレートは自分しか見ることができません。

 他人のステータスを確認するには、教会の転職石板かこのような鑑定石を使わなければならないのです。


「優秀なモニカのことだから、きっとプリンセスやノーブルに就いたのだろうね」

「わたくしのジョブは……」


 父の期待の眼差しがわたくしを貫きます。

 言えません、わたくしのジョブが詐欺師だなんて。

 しかし鑑定石をごまかすことだけはできません。

 

 わたくしはぎゅっと目を閉じると、心の底からジョブがノーブルであればどれほどよかったかと思いながら鑑定石に触れました。


「おお、やはりノーブルだったか!」

「え?」


 父の喜ぶ声に困惑しながらも、わたくしは閉じていた目を開きました。

 空中に投影されていたのはこのようなステータスプレートでした。


サウスモニカ・ファランドール 10歳

ジョブ ノーブルLv1

固有スキル 学習強化 社交


 これは一体どういうことなのでしょう?

 わたくしは真偽を確かめる為に念じて自らのステータスプレートを表示しました。


サウスモニカ・ファランドール 10歳

ジョブ 詐欺師Lv1(偽装中 ノーブルLv1)

固有スキル 偽装 変装(偽装中 学習強化 社交)


 察しの良いわたくしはここで気付きました。

 わたくしは詐欺師の固有スキルによって自らのステータスを偽装していたのです。


「モニカがこれからどんなジョブに就きたいのかパパに教えてくれるかい? 朝食を終えたらすぐに教会に向かおうじゃないか」

「わ、わたくしはノーブルのままで結構ですわ。神様が与えてくれたジョブですもの、きっとこのままが一番なのですわ」

「……プリンセスのジョブがないか確かめるくらいはしてもいいんじゃないか?」

「お父様、怒りますよ?」

「ごめんごめん、冗談だ」


 こうしてわたくしは詐欺師のジョブを隠したまま生活を送ることになったのです。


 その日の晩、わたくしはこっそり固有スキルの変装を使ってみることにしました。

 わたくしが変装を使おうと念じると、頭の中に沢山の人々の姿が映ります。

 それだけではありません、見たことのあるモンスターにも変装できるようでした。


 試しにお父様に変装してみると、ポンと音を立ててわたくしの視界が高く変わりました。

 部屋の鏡を見てみると、確かにお父様の姿になっています。


「んん、モニカ……愛しているよ」


 自分の喉から発せられた低い声にぞわぞわと鳥肌が立ちました。

 これは良くありませんね……。


 今度はモンスターに変装してみます。

 ポンと音を立ててわたくしは服を着たケットシーに変わりました。

 テイマーの行者が飼っているペットのミーコちゃんです。


「にゃあん」


 ふふふ、これは面白いジョブを手に入れたのかもしれません。

 わたくしはこうして詐欺師の道を歩み始めたのです。



「……で、これがどう現在の状況に繋がるんだ?」

「ここからが大事なのですわ。もうちょっとだけお付き合いくださいませ!」

「分かったよ。分かったから早く話を進めてくれ」

「ほわんほわんほわん……」



 それから少しして、貴族社会で大きな事件が起こりました。

 第一王妃と第一王子が相次いで病死されたのです。

 

 濡れ羽色の髪を腰まで伸ばした紅顔の美少年、セントロトス様……。

 この国の次代を担うあのお方が、病で亡くなられるなどありえません。

 これはこの国を揺るがす大きな陰謀です。


 わたくしの嘆きを受け止めた父はファランドール領を離れると、王都ラフティへと向かいました。

 長い長い政争が始まったのです。


 それから五年が経ち、十五歳になったわたくしは王都ラフティにある王立学園に向かうことになりました。

 貴族子息は十五歳から十八歳までの三年間を、王立学園で過ごすように法で定められているのです。


 王都ラフティの屋敷で五年ぶりに再会した父は、酷く老け込んでいました。


「ああ、モニカ……大きくなったね」

「お父様……」


 父は多くの政敵を打ち倒し、この国の宰相の地位まで登り詰めていたのです。

 どれだけの苦労があったというのでしょうか。

 わたくしは安易に父を頼ったことを深く後悔しました。


「わたくしのせいでこのようなことに……ごめんなさい、お父様」

「いいんだ。モニカを王妃にする為ならばパパはどのような労苦も厭わないよ」


 わたくしは第二王子と婚約することになりました。

 王立学園で初めて出会ったその男の名はセントメノス・ララライといいました。


「お前がサウスモニカか。見てくれは悪くないようだが、俺の正妃に相応しい器量があるかどうか見定めさせて貰おうか」

「メノス様、婚約者にそのような物言いはいかがなものかと思いますが?」

「所詮は数いる婚約者の一人に過ぎないお前に愛称で呼ばれる筋合いはない。セントメノス様と呼べ」


 なんという傲慢な男でしょうか。

 このような男の妻になるなど、わたくしの方から願い下げです。


 しかし、それは父の願いを否定することになります。

 あの変わり果てた父の姿を見たわたくしにはとてもできることではありません。

 わたくしは我慢に我慢を重ねながら、三年間の学園生活を送ることになりました。


 わたくしの運命を変える事件が起こったのは、王立学園の卒業を間近に控えた舞踏会の夜でした。

 大広間の壇上に立ったセントメノスは突然わたくしに対してこう宣言したのです。


「今、この時を持ってセントメノス・ララライはサウスモニカ・ファランドールとの婚約を破棄させて貰う!」

「そのようなこと、なぜいきなり……!」

「これがその証拠だ!」


 セントメノスは懐から一つの石を取り出して、わたくしの手に押し付けました。


「まさか、これは鑑定石!」


 彼が普段身に着けない手袋をしていたのは、最初からこれが目的だったのです。


「見ろ! この女のジョブを!」


サウスモニカ・ファランドール 18歳

ジョブ 詐欺師Lv1

固有スキル 偽装 変装


 空中に投影されたステータスプレートには、隠しようもないわたくしのジョブが表示されていました。

 突然の凶行にわたくしは自らのステータスを偽装することができませんでした。


「おい見たか、あいつのジョブ詐欺師だってよ」

「あのサウスモニカ嬢が詐欺師だったなんて……」

「なんて酷い……」


 大広間に学生達のどよめきが広がりました。

 その異様な状況に、周囲で警備を行っていた近衛兵が集まってきます。


「セントメノス王子、これは一体?」

「この女は貴族を僭称してこの王立学園に潜り込んだ罪人だ。今すぐ拘束したまえ」

「サウスモニカ様はこの国の宰相であるサウスパパス様の娘ですよ!? きっとなにかの間違いに違いありません!」

「貴様、近衛の分際で王太子である俺に逆らうというのか?」

「……っ! 了解しました! おいお前達、この女を拘束しろ!」

「はっ!」

「や、やめなさい、乱暴は……あっ!」


 わたくしは近衛兵に地面に引き倒され取り押さえられてしまいました。

 どうしてこのようなことになったのでしょう。


 わたくしが助けを求めるように大広間を見渡すと、一人の女性がこちらをじっと見つめていることに気が付きました。


 その女性の名前はサウスリリー・ファランドール。

 わたくしの一歳年下の腹違いの妹。

 彼女が、わたくしを見てニッコリと笑顔を浮かべていたのです。


 わたくしはすべてを悟りました。

 彼女こそがこの事件の黒幕であり、わたくしを陥れた元凶だったのです。


 きっと、わたくしが知らないうちに変装する瞬間を見られていたのでしょう。

 詐欺師が騙されてしまうなんて、なんと皮肉なことなのでしょうか。


 そうして近衛兵に連行されたわたくしは貴族を僭称した罪で投獄されました。

 冤罪にもほどがありますが、これも貴族社会の難儀なところです。

 家と領地を守る為に、父はわたくしを切り捨てるしかありませんでした。


 父が裏から手を回したおかげで極刑だけは免れましたが、わたくしは貴族籍を剥奪され奴隷刑に処されることとなりました。


 こうしてわたくしは首に永年奴隷の刻印を刻まれて、このニコニコ奴隷商館で主となる者が現れるのを待つことになったのです。



「わたくしの回想はこれでおしまいですわ」

「ううぅ……おいたわしやモニカ様……」


 奴隷商が懐から取り出したハンカチで涙を拭いている。


「つーかさ、さっさとジョブ偽装して教会で転職したら良かったのに。全部自業自得じゃん」


 俺はこの女の身の上話など毛ほども興味が無かった。

 だってさ、俺が買ったのはワーキャットのモニカちゃんであって悪役令嬢のサウスモニカ・ファランドールじゃないもん。


「その発想はありませんでしたわ!」


 やはりこの女、ただのアホだった。

 あーもうなんでこんなことになったんだよ。

 俺はただカインの鼻を明かしてクランに戻りたかっただけなのによぉ。


 俺達がアホなやり取りをしていると、ハンカチで鼻をチーンとかんだ奴隷商が俺に向き直って真剣な眼差しで語り掛けてきた。


「私はモニカ様の父上であらせられるサウスパパス様よりモニカ様の主人に相応しい相手を見定めるよう頼まれておりました。そして現れたのがサブロー様、あなただったのですよ」

「えーと、どういうことですか?」

「この国でも有数の名声を持つS級冒険者クラン『獣魔の友』の団員であるあなたならば、モニカ様の将来を任せることができるとそう確信したのです! もちろん引き受けていただけますよね!?」


 引き受けていただけますかってさぁ……。

 モニカの父サウスパパスはこの国の宰相だぞ。


 奴隷とはいえ、彼女に下手な扱いをしたらあらゆる手段を取って俺のことを消しにくるだろう。

 つまり俺がこの国で生きていく限り、モニカと心中するしか道は残されていないということだ。


「一つ訂正しなければならないことがあるんだが、いいか?」

「なんでしょうか?」

「実は俺、ついさっきその『獣魔の友』を追放されたばかりなんだよね」

「……は?」


 俺の言葉に奴隷商は口をあんぐりと開けて呆けてしまった。


「いやさ、俺魔法使いじゃん? 副団長からテイマー限定クランだから出て行ってくれって言われて追い出されちゃったのよ」

「つまり、どういうことですの?」

「俺はクランに戻る為に獣人の奴隷をテイムモンスターに仕立て上げるつもりだったんだ。そうすりゃ団長が帰るまでの時間稼ぎができると思ったんだが、目論見が外れちまったな」


 俺が頭をガシガシ掻いていると、奴隷商がポンと手を叩いた。


「なるほど、モニカ様がサブロー様にテイムされたケットシーの振りをしたらいいわけですね。簡単じゃないですか」


 確かに彼女の変装スキルならテイムモンスターにも化けることができるようだ。

 最初は失敗したかと思ったが、これは運が回ってきたか?


「わたくしはよくミーコちゃんに化けてお出かけしていましたから、きっと上手く行くと思いますわ!」

「……ちょっと不安だが、やるしかないか」


 俺達は穴だらけの計画を練ると奴隷商に見送られて奴隷商館から旅立つのだった。

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