S級テイマークランを追放された俺の相棒は詐欺師令嬢!?〜ネコミミ奴隷を買ったら悪役令嬢になった件〜

我島甲太郎

第1話 冒険者クランから追放

「冒険者サブロー! お前をこのS級冒険者クラン『獣魔の友』から追放する!」

「なんですとぉー!?」


 いつものようにクエストを終えてクランホームに戻った俺は、所属する冒険者クランの副団長から受けたその突然の勧告に目を丸くした。


 おっと失礼、自己紹介が遅れたな。

 俺の名前はサブロー、異世界転生者だ。


 コンビニ帰りに夜道でトラックに轢かれて死んだ俺は、気が付いたらこのララライ王国の王都ラフティの路地裏で、ガリガリにやせ細ったストリートチルドレンとして生まれ変わっていたのだ。


 しょうがねーから食い扶持を得るためにホームレスどもに混じってそこら辺の飲食店のゴミ箱を漁る生活を送っていたが、ある日偶然出会ったS級冒険者のバルドさんに拾われてこの冒険者クランに所属することとなったのである。


 それから五年、俺はバルドさんから受けた恩を返すつもりでこのクランの様々な雑用を率先して引き受けたりしていたので上手く馴染めていたと思っていたんだが、まさかこんなことになるとはな……。


「理由を聞かせて貰いたい!」

「理由が知りたいのか? それは……お前がモンスターを一匹もテイムしていないからだ! ここはテイマークランだぞ!? お前を連れてきたバルドさんに免じて今まで見過ごしてきたが、もう限界だ。出て行ってくれ」


 目の前の男――副団長のカイン――から告げられたナイフのように尖った正論が俺の心に突き刺さった。


 いや、今更そんなこと言われても無理なんだが。

 俺のジョブ、魔法使いなんだが?


「い、今まではジョブも魔法使いで大丈夫だと言ってくれていたじゃないか」

「いずれ自立して出て行くと思っていたんだよ。まさか五年も居座るとは思わんだろう。もっとも、お前が今からテイマーに転職してやり直すって言うなら話は別だがな……」

「そんなこと……」


 出来るわけがない。

 五年掛けてコツコツ積み上げてきたレベルを捨てていちからやり直すなんて、そんなの無茶だ。


 この鬼畜眼鏡はそれを分かって言っているのだ。

 なんという非情な男だ。


「バルドさんはこのことを知っているのか!?」

「バルドさんが遠征から帰ってくるまで後一週間、それまでの間は俺がこのクランの団長だ。既に他のメンバーへの根回しは済んでいる。諦めることだな」

「だ、だが俺が居なくなったらこのクランはどうなる!? モンスターの世話も、家事も、雑用も全部俺がやっているんだ! 絶対に後悔することになるぞ!」


 俺の言葉にカインは眼鏡をクイッと上げると、にやりと不敵な笑みを浮かべた。


「この俺がそれを理解していないとでも? 昨日のうちに十人の家政婦との契約を済ませている。つまり今すぐお前が居なくなろうが、このクランは十全に機能するということだ……!」


 家政婦だと……?

 こいつ、まさか最初からそれが目的だったのか!


「てめぇら、モテねぇからってメイド集めてハーレム作ろうって魂胆か! このムッツリスケベ野郎どもが!」

「負け犬の遠吠えほど聞き心地の良いものはないものだな。さっさと失せろ、駄犬風情が」


 俺達の会話を黙って聞いていた周りのクランメンバーたちがぞろぞろと集まって俺に囃し立ててきた。


「そうだそうだ、出て行けよこの穀潰し!」

「お前、前々からウザいと思ってたんだよ!」

「俺のキューティーちゃんに色目使ってんの気付いていないと思っていたのか? 許せねぇよなぁ……!」


 ちなみにキューティーちゃんとは彼がテイムしているグリフォンのことである。


 もはや多勢に無勢。

 ここは戦略的撤退を行うしかない。


「くそっ……覚えていろ!」


 俺は捨て台詞を吐くと、バンと扉を開けてクランホームから飛び出した。

 無我夢中で王都の大通りをひたすら走る。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 気が付くと、俺はスラムの近くまでやってきていた。


「なんで俺はこんなところまできちゃったんだろう……」


 ここから出て行ってもう五年も経つのに、身体に染み付いた土地勘が俺をここに導いたのだろうか。


「あーあ、これからどうしよっかなぁ……」


 幸いなことに私物はほとんどマジックバッグの中に入っている。

 ただ今日追放されるなんて夢にも思っていなかったので、所持金は今日のクエスト報酬くらいしか残っていない。

 これじゃあ娼館に三日泊まっただけで素寒貧になってしまう。


「こうなったらまたバルドさんにお願いするしかないか?」


 あの人は正義感が強い人だから、土下座して頼めばクランの追放を撤回してくれるかもしれない。


 ……いや、それをあいつらが分かっていないわけがないか。

 バルドさんが戻る前に、新しいテイマーを入れてクランの席を埋めておしまいだ。

 だから俺がこの追放を撤回させるには、今日のうちに何とかするしかない。


「そうだ、カインは俺がテイマーに転職したら考え直すとか言っていたな」


 いいことを思いついた俺は目の前にあった奴隷商館の門を叩いた。


 応接室に案内された俺が早速、向かい合わせのソファに座る奴隷商に俺の要求する奴隷の条件を伝えると、彼は首を傾げた。


「獣人の奴隷……ですか」

「普通の獣人じゃない。モンスターに似ていれば似ているほどいいんだ」


 どうしてもテイマーに転職したくなかった俺は、購入した獣人奴隷をテイムモンスターに仕立て上げることにしたのだ。


 ケモ度の高いやつなら割といけなくもないからな。

 要は、バルドさんが帰ってくるまで粘れればいいんだ。


 奴隷を買うなんて倫理的にどうかとは思うが俺はケモナーなので何も問題はない。

 むしろ普通の人よりも優しく接しちゃうぜ。


「一応、うちにも居ますけどねぇ……高いですよ?」

「ちなみに予算は30万イェンだ」

「そんなはした金じゃゴブリンしか買えませんよ? 一度出直したらいかがですか」

「そこをなんとかならないか?」

「うーん……」


 やっぱり無茶だったかなぁ。

 いやいや、ここで諦めるわけにはいかない。


「俺は魔法使いだから回復魔法が使える。何だったら奴隷の治療をして代金に充ててもいい。なあ、どうにかならないか?」

「……ワケありでもいいですか?」

「俺の望む奴隷ならな」

「分かりました。そこまで言うなら用意させていただきましょう」


 奴隷商は席を立つと、部屋の奥に消えていった。

 しばらくすると奴隷商は一人の奴隷を連れて応接室まで戻ってきた。


「こちらはワーキャットのモニカです。ケットシーによく似ているでしょう? 彼女ならばお客様のご希望にも添えると思いますが、いかがでしょうか」


 見た目は二足歩行の猫みたいだ。

 奴隷にしては綺麗めな女性用の服を着ている。

 かなり大事にされていたのか、やたらと毛艶がいいようだ。


「彼女にどんなワケがあるのか、聞かせて貰えるか?」


 これ、どう見ても30万イェンで買える奴隷じゃないぞ。


「実はこの娘はさる貴族の愛妾だった子でして。私は元主人の遺言で永年契約を行える方だけに無償で譲渡するよう魔法誓約書を書かされているのです」


 永年契約は主従の魂を繋げて、主人が死ぬまで絶対に契約を解除できないというめちゃくそ重たい魔法契約だ。

 しかもこの魔法契約は奴隷の首輪と干渉するので、奴隷の行動を一切制限することができないという。


 この国の法では契約した奴隷の犯した犯罪はすべて主人の過失として扱われる。

 だから永年契約をした主人が奴隷に反逆されて殺される事件が後を絶たない。

 真っ当な人間ならこの話を聞いた時点で、尻尾を巻いて逃げ出す案件だ。


「サブロー様。あなたにこの娘の人生を背負う覚悟がおありなら、契約するとよいでしょう」

「なんで俺の名前を……」

「この仕事は信用が命でしてね、有力な冒険者クランのメンバーの顔と名前は当然、存じ上げておりますとも」


 俺はついさっきそのクランを追放されたばかりなんだがな。

 まあいい、これも運命だ。


「俺も男だ。契約しようじゃないか」


 俺は重度のケモナーだった。

 この娘を手に入れることができるのなら、命を懸ける価値があるかもしれないとついつい考えてしまったのだ。


 俺は奴隷商から渡された奴隷売買の契約書に隅から隅まで目を通した。


「……この、『契約成立後に起こるありとあらゆる不利益、不都合、損害にニコニコ奴隷商館は一切の責任を持たない』というのはどういう意味だ」

「何しろ永年契約ですからね。奴隷商館が遺族の方から訴訟を起こされることがよくあるのですよ」


 あのさぁ、主人が死ぬ前提で話を進めるのやめない?

 なんでこんなものが奴隷法で許可されているのか甚だ疑問である。


「まあいいか、俺に家族はいないしな」


 俺は軽い気持ちで契約書にサインした。

 サインしてしまった。


「本当にありがとうございます! サブロー様!」


 この奴隷商の喜びよう、めちゃくちゃ怪しいんだが。 

 俺は既に契約書にサインをしたことを後悔し始めていた。


「やっぱりやめようかな……」


 俺は売買契約書に手を伸ばしたが奴隷商にサッと回収されてしまった。


「さあさあサブロー様、魔方陣の上に立ってください。魔法契約を始めますよ」

「なんでそんなに急かすんですかねぇ」

「お気になさらず。ささ、モニカ様もどうぞこちらへ」

「にゃぁん」


 返事をしてとことこ歩くワーキャットのモニカちゃん。

 彼女、今初めて喋ったがなぜ人語じゃないのだろうか。

 ワーキャットは普通に言葉を喋れるはずだろう。


 ……いや、もしかしたらその辺りがワケなのかもしれない。

 元貴族の愛妾って話だし、変な教育をされていてもおかしくはないか。


 まあいい、手取り足取りお世話してかわいいネコちゃんを俺色に染め上げてやるってのも悪くはないだろう。

 俺は重度のケモナーだった。


 俺とモニカちゃんが部屋の中央にあったやたらと複雑な魔法陣の上に立つと、奴隷商が魔方陣に両手をかざして契約魔法を発動した。


「これよりチョピーリ・ニコニコの名において、主人サブローと従者サウスモニカ・ファランドールの永年契約を取り行う……ハァ!」


 奴隷商の掛け声とともに魔方陣の中央に発生した光が二つに別れて俺とモニカちゃんの中に入り込んだ。


 そして……。


 契約が終わった瞬間、ボンと音を立ててモニカちゃんから白い煙が広がった。

 そして煙の中から現れたのは……金髪青目縦ロールの美少女だった。

 その首には永年奴隷の証である首輪のような刻印が刻まれている。


「おーっほっほっほ! ようやく自由の身になれましたわ! そこのサブローとやら、わたくしの主人になれることを喜ぶがいいですわ!」

「……えっ?」


 何かいきなり変なのが出てきたんだが。

 俺のかわいいワーキャットちゃんはどこに行ったの?


「奴隷商さん? これ一体どういうこと?」

「私はワケありと言いましたよね?」


 だ、騙された!!!


「こんなことが許されていいのか!?」

「真っ当な奴隷商館はスラムのそばに店を立てたりなどしませんよ?」

「ファランドールの娘がなんでこんなところで奴隷なんかやってるんだよ!?」


 ファランドール公爵家はこの国でも二番目に偉い高位貴族だ。

 そんなところの娘が場末の奴隷商館で奴隷になっているだと?

 ありえん、とんだ厄ネタを掴まされた。


「実はこれには深い深ーいワケがあるのですわ。ほわんほわんほわん……」

「いきなり回想が始まったんだが……」

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