【短編】庭から生えた魔王様
小龍ろん
1. 「まおう」が生えた
カートナー男爵家は辺境の弱小貴族である。その暮らしぶりを端的に表現するならば、貧しいの一言。都市部の平民とどちらが裕福な生活をしているかは……貴族の面子に関わるのでここでは述べない。一応、屋敷だけはそれなりに広い。ボロくていつ倒壊するかわかったものではないが。
そんなボロ屋敷でのんびり寛いでいたのはストレル・カートナー。男爵家の三男である。柔らかそうな茶髪と少し垂れた目が特徴的で、年齢は十一歳。分別はつくが、大人と呼ぶにはまだ早い。そんな年頃の少年だ。
「うん、なかなか良いできじゃないか。流石、僕の畑で作っただけのことはある」
ストレルは居間で茶を嗜んでいた。といっても、高級品の紅茶の類いではなく、比較的安価なハーブティーだ。しかも、自家製なので元手はタダである。とはいえ、ストレル自身が丹精込めて育て、厳選しただけあって品質はかなり良い。自画自賛の言葉も決して大袈裟ではなかった。
のんびりとハーブティーの香りを楽しむ至福の時間。それは慌てた様子の大声で終わりを告げる。
「ぼ、坊ちゃま! 坊ちゃま!」
声とともに飛び込んできたのは老執事だ。
「なんだい、バラート。騒々しいね。今日の訓練ならもう終わったよ」
かすかに眉根を寄せて、ストレルが答える。サボりを咎めに来たのかと思っての塩対応だ。やるべきことは終わらせた上でのティータイムなのでとやかく言われる筋合いはない。
「坊ちゃまはもう少し訓練に熱を入れた方が……あ、いや、今はそれどころではありません!」
いつもの癖で苦言を呈そうとしたバラートだったが、すぐに本題を思い出す。
「緊急事態です! 坊ちゃんの管理している庭から魔王が生えました!」
魔王。それは伝承や物語に登場する邪悪な存在を統べる者。多くは強大な力を持つ存在として語られる。仮に実在するなら、そして伝承通りに人類に仇なすというなら、紛れもない脅威である。
だが、ストレルに動揺はない。それどころか、バラートの態度を訝しく思っていた。
「
麻黄。それは生薬としても利用されている多年生植物。国内ではどこにでも生えているような植物なので希少性は低い。当然ながら商品価値も低く、貴族家でわざわざ育てるようなものではなかった。
「何を呑気な……魔王ですぞ!」
マイペースな言動に、バラートはついつい声を荒らげる。
魔王の出現。それが事実なら、王国の……いや、世界の危機である。にもかかわらず普段通りのストレルに、バラートは焦りを覚えた。
「そんなに騒ぐようなことかな? だけど、まあそうか」
普段は冷静な老執事が取り乱している。その姿を見て、ストレルは考えた。
麻黄自体に有害性はないが、管理している庭に生えたというなら問題はある。他の植物の成長を阻害する畏れがあるのだ。確かにあまり良い状態ではない。
とはいえ、バラートがここまで神経質になるとは予想外だった。
(ふむ。もしかして、少しは庭いじりに興味を持ってくれたかな?)
同好の士ができるのは嬉しいものである。こんな状況にもかかわらず、ストレルは頬を緩ませた。いや、彼は魔王の出現など欠片も想像していないので、危機感がなくて当然なのだが。
一方、バラートは戦慄を覚える。
(この状況で……笑っている!)
呑気なのではない。豪胆なのだ。バラートは勘違いした。
少し考えた末、ストレルは決断する。立ち上がると、服の袖を
「不要な芽は摘んでおいた方がいいな」
「なんと、坊ちゃま自らが!?」
バラートは驚く。ストレルが魔王の出現に取り乱すこともなく、それどころか立ち向かう気概を見せるとは思わなかったのだ。
カートナー男爵家は代々武を重んじる家柄。当主も、その子たちも勇猛な戦士である。
唯一の例外がストレルだった。修練に興味を示さず、暇さえあれば庭いじりに明け暮れているのだから。家を継がない三男であるため、当主である父カイリルも好きにさせている。とはいえ、カートナー男爵家では変わり者という扱いだった。
しかし、そのストレルが魔王を打倒せんと立ち上がったのだ。やはりカートナー男爵家の血筋か。バラートは胸が熱くなる思いだった。
「僕が行かないでどうするんだよ」
ストレルからすれば、庭いじりは自分の領分。日頃から手間暇かけて管理している庭に異物が混じったとなれば、自らの手で取り除くのは当然だった。そこに気負いなどない。いつもの通り、庭の手入れをする。それだけだ。
「危険ですぞ?」
「え? 雑草取りのようなものだよ」
「なんと!?」
これにはバラートも仰天した。事もあろうか、魔王を雑草扱い。これは自信の表れか、はたまた蛮勇か。十中八九後者であろうが、それでもバラートは血が滾るのを抑えられない。相手が絶対的な強者だとしても決して引かない意志の強さ。流石は武門カートナー家の血筋だ。バラートはまだ成人の儀すら迎えていない少年に戦士の風格を見た。
「お供致します」
「そうかい? じゃあ、よろしく」
ふにゃりと柔らかい笑み。それすらも頼もしく見えてくるのだから不思議なものである。
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