結婚しましょう?

憑弥山イタク

結婚しましょう?

 結婚しましょう────そう書かれた1枚のノート用紙が、自宅出入口のドアに設けられた郵便受けに入っていた。郵便受けを通過した紙は玄関に落下しており、僕は、何かの広告かと思って拾い上げたのだ。

 タチの悪い悪戯なのだろう。何せ、僕の住む地域は、あまり治安が良くない。壁の落書きや騒音などは日常茶飯事、そんな町である為、僕は気にせずノート用紙を破り捨てた。


 翌日。

 結婚しましょう?────そう書かれた1枚のノート用紙が、また郵便受けに入っていた。"?"が付いただけで、文字の大きさも、文字の癖も変わっていない。

 昨日のやつと同じか。僕はまた、ノート用紙を破り捨てた。


 翌日。

 結婚しましょう、ね?─────同意を求めるかのように、また郵便受けに入っていた。ただのイタズラにしては常習的で、少し、気味が悪かった。僕はまた、ノート用紙を破り捨て、明日の朝に出すゴミ袋の中へ捨てた。


 翌日。

 郵便受けを見ると、ノート用紙が……10枚。紙は纏められておらず、郵便受けに入り次第、順番が分からなくなるほどにバラバラになっていた。

 玄関にばら撒かれたノート用紙を見て、僕は、脳漿が凍り付く程の強烈な寒気を感じた。

 ▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒

 結婚しましょう?

 ねえ、結婚しましょう?

 結婚しましょうよ?

 結婚しましょう?

 結婚しましょう、ね?

 結婚しましょう?

 結婚したいんです。

 結婚したい。

 あなたと結婚したい。

 あなたの妻になりたい。

 あなたがいい。

 あなたと結婚したい。

 結婚しましょう?

 ねえ、結婚しましょう?

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 ノート用紙1枚に、大量の文字。白いはずのノート用紙が黒く見えるほどに、黒ボールペンで描き殴られている。どの紙のどの部分を見ても、僕への求婚を表す文章なのだが……何せ、狂気じみている。

 僕は遂に、警察への相談に踏み切った。周辺の路上にある監視カメラと、近隣住民への聞き込み。警察は渋りながらも、このノート用紙の差出人の特定を引き受けてくれた。


 翌日。

 また、大量の紙。それも、昨日より多い。

 ▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒

 あなたが欲しい。

 結婚しましょう?

 結婚しましょう?

 私はあなたに幸せをあげる。

 結婚しましょう?

 他の誰にもあげない。

 結婚しましょう?

 あなたは私のもの。

 結婚しましょう?

 結婚しましょう?

 ▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒

 警察は何をやっているんだ。また同じことの繰り返、し……………………?

 その時、僕は現場の違和感に気付いた。

 描き殴られた紙の束は、今日だけ、玄関ではなく、廊下にまで達していた。郵便受けから飛ばしたにしては、着地した紙の位置が正確すぎる。

 それに、廊下は玄関から20cm以上高い位置にある。郵便受けから廊下まで紙を届かせるのは、郵便受けから腕を出さない限り不可能である。

 では、何故今こうして、実現した不可能が眼前にある?

 ……酷く、簡単な話である。

 郵便受けから届かない位置に紙を置きたいならば、

 然り─────────この家の中に入り、廊下に紙を置けばいい。


「ワタシノキモチ……ツタワッタ?」


 背後から聞こえてきた、若い女の声。僕は振り向くことなく、今すぐ逃げようとした。

 が、逃げられなかった。

 逃げようと試みる僕の体を、細くも力強い2本の腕が縛り付けたのだ。

 そうだ。考えが甘かった。一人暮らしの僕の家に入り込んでいたこの女は、常識の通用しない悪霊同然なのだ。悪霊から逃げられるほど、僕は有能ではない。


「恐ガラナイデ……」


 背後から耳元に伝わる女の声。

 聞き慣れない……いや、全く知らない女の声だった。

 …………全く知らない女に求婚されたのか?


「ネェ……結婚シマショウ?」


 この女は……誰だ?

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結婚しましょう? 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama

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