第8話『僕も火山が収まる事を願おうか』
それは何の前触れもなく起こった。
家の壁がミシミシと嫌な音を立てて、次の瞬間世界が壊れてしまったかの様な激しい揺れが僕を襲った。
いや、僕だけじゃない。一緒にご飯を食べていた家族全員だ。
テーブルの上に置かれていた皿は地面に投げ出され、耳障りな音を立てながら割れてゆく。
そして家は今にも崩れそうで壁も柱もグラグラと揺れていた。
「急いで外に逃げるんだ!!」
父さんの声にハッとなった僕たちは急いで家から飛び出そうと、ふらつく地面に足をとられながらも必死に家の外へ向かった。
なんとか命からがら外へ逃げ出す事が出来た僕たちだったけれど、これで助かったと思うのは少々甘かったようだ。
僕たち家族を……いや、この街の人たちを襲う災厄はまだ始まったばかりであった。
そう。最初にその異変に気付いたのは母さんであった。
僕が弟や妹たちも無事外へ逃げ出せている事に安堵のため息を吐いた時、まるで心が零れ落ちてしまったみたいに感情の乗らない声がすぐ横から聞こえたのだ。
「なに、あれ……」
僕はその母さんの声に母さんを見て、そのまま母さんが見ている方を見た。
そして僕もまた、その光景を見て体を硬直させたまま、声にならない声を漏らしていた。
そう。それはまるで世界の終わりとでもいう様な光景だった。
僕たちの住んでいる場所から見上げる事が出来る。ユダストラ山が黒煙を上げていたのだ。
さらに地獄の入り口が開いたかの様に大きな唸り声を上げている。
「ユダストラ山が……」
僕たち家族じゃない。何処かの誰かが呟いた声に僕は意識を取り戻した。
このままではいけないと、僕は父さんと母さんに逃げようと叫んだ。
しかし、逃げると言っても何処へ逃げれば良いのか分からない。
だってここは島だ。しかも小さな島で、その中央にあるユダストラ山が噴火しそうになっているのだから、逃げ場なんてない。
一応漁師たちが使っている船もあるけれど、島民全員を乗せるなんて不可能だ。
国が大きな船を出してくれれば助かるかもしれないが、そんなものが間に合う訳がない。
だって、山は今にも溶岩をあふれ出してしまいそうなのだ。
でも、それでも少しくらいは、助かるかもしれないと僕はみんなで海に逃げようと叫んだ。
しかし、その声に反応にした人は誰も居なかった。
「どうしたんだよっ! 早く逃げなきゃ!!」
「ユクル……少し待て」
「待てって、そんな事を言ってる場合じゃあ」
「兄ちゃん。あれ……」
弟に服を引っ張られ、僕は両親たちから弟の指さす方を見た。
そこには火山の噴火以上に信じられない光景が広がっていた。
一人の男が今すぐにでも火を噴き出しそうな山に向かって歩いていたのだ。
信じられない。
危険だ。
僕は彼に声を掛け、止めようとしたのだが、その直後に奇跡の様な光景を目にして、思わず言葉を失ってしまった。
そう。大きな揺れが起きてすぐに彼が地面を強く蹴りつけ、その揺れを止めてしまったのだ。
偶然かもしれない。
でも、偶然だと言って片付けるにはあまりにも不可解な現象だった事も確かだ。
だって、揺れは明らかに途中で止められた様な形だったからだ。
そして彼は揺れを止めた後、また山へと向かって歩き始めた。
僕はその光景を見て、まるで何かに導かれるように歩き出した。
彼が進む方向と同じ山の方へ。
自分でもバカな事をしているのは分かっている。
今、地震が収まっているのならば、すぐにでも船を出して島の外へ逃げるべきだ。
それが正しいはずだ。
でも、僕はこのまま彼に付いていく事が正しい事なのだと、何故かそう考えてしまったのだ。
そして、その考えはどうやら僕だけでは無かったらしく、父さんや母さん達、そして僕達と同じ様に彼を見ていた町の人たちが皆、同じ様に彼の背を目指して歩き出していた。
異様な光景だ。
でも、不思議とこれが正しいと僕は考えていた。
後の歴史家に愚かな行動だと言われるかもしれないが、僕達にとってはこのまま何もせず少数を生き残らせる為に逃げ出す方がよっぽど愚かな行動に思えたのだ。
そして、彼と共に歩み、僕達は今にも爆発してしまいそうな山の麓にたどり着いた。
もはや今更逃げ出しても間に合わない。
この道が正しいと信じたのだが、それでも不安は消えなかった。
「兄ちゃん……」
「大丈夫だ」
流石に火山の麓まで来るのはきつかったのか、弟や妹達が僕に抱き着いて、不安そうに声を漏らす。
僕はそんな弟たちに大丈夫だと声を掛けつつも、どうなってしまうのかという不安は消せずにいた。
もしかしたら、逃げる方が正しかったのかもしれないと今更ながら後悔だってする。
しかし、そんな不安をかき消すように、先を歩いていた男が振り返り、異国の言葉を発した。
それは僕達が知るはずもない言葉であったというのに、何故か何を言っているのか意味を正確に理解する事が出来る。
『願いを一つにすれば、奇跡は起こせる』
「……願い、そうか」
「ユクル……?」
「母さん。僕はこの島の歴史をずっと調べていたんだ。そこで知ったのは千三百年前の噴火の事だ。子供たちが歌ってる歌にもあるよね。空から火が落ちて来てさ。って奴。その時、島で何が起きたのか、僕は調べていた。その答えがこれなんだ!」
「ユクル。私たちにも分かるように説明してくれないか」
「つまりこういう事だよ父さん! 当時の島民も願ったんだよ。山が静まる様にってさ! それが天から降りてきた神様の話で、今ここで起こっている事なんだよ」
「……ユクルはあの男が神だと、そう言いたいのか?」
「あくまで可能性の話だけどね。でも、話は一致してる。伝承だと、その時も天から降りてきた者は地面を杖で叩くだけで揺れを止めた。ちょうどさっき彼がやったようにね」
「そうか」
父さんはそう言うと、難しい顔で、こちらを見下ろしている神の様な男を見た。
そして、問いかけようと口を開いた時、母さんがしゃがみ込んで、両手を握りながら目を閉じたのだ。
「おまえ!?」
「どうしたの? あなた。どの道、私たちの選択肢はそう多くは無いわ。ならユクルの言うように願ってみるのも悪くないんじゃないかしら?」
「しかしな」
「今更逃げる事も出来ない。そうでしょ? ユクル」
「うん。そうだね。なら、僕も火山が収まる事を願おうか。ほら、お前たちも」
僕は母さんの横に跪いて、両手を握り合わせる。
そして、弟たちにも見本を見せて、同じ様にさせた。
「俺も、願ってみるか」
「俺もだ」
「私も!」
次々と人々が集まり、ただこの災厄から逃れる事が出来る様にと、願う。
果たしてこの行動に意味があるのか、それは分からないが、奇跡は過去に起こっている。
ならば、もう一度起こすだけだと、僕は心の底からただ火山が収まる様にと願い続けた。
その時、おそらくはその場にいた全員が同じ願いをしていたのだろう。
不思議な事が起こった。
皆の気持ちが一つになり、心で願っている声が聞こえてきたのだ。
皆、同じ様に火山が収まるように、助かります様にと願っている。
その中には父さんの声も、母さんの声も聞こえていた。
そして、僕達の願いが一つの塊となって、山の方へ向かっていくのが分かる。
『信じれば、奇跡は起こる』
おそらくはあの男の声だろう何かを耳に捉えながら、僕達はただ一心に願い続けた。
その結果……火山は緩やかにその活動を小さくしてゆき、やがては普段と何も変わらず静かな物へと変わっていった。
それを確認した僕達は喜び、抱き合いながら、助かった事を神に感謝するのだった。
そして、約半日ほどして国の船が島に到着し、状況を聞かれる事になる。
まぁ、僕は起こった事をありのままに伝えるだけだが、おそらくは信じてもらえないだろう。
でも、それでも、ここで起こった奇跡を僕は確かに伝えてゆきたいと思う。
小さな島で起こった奇跡の物語を。
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