第5話『願い。ってどんな願いですか?』

私は店を終わってから怒りのままに携帯であの男の電話を鳴らした。


すぐに通話状態になり、私は震える様な怒りのまま、電話先の男を罵る。


「話が違う!!」


『いきなり何の話だ。お前との契約通りやっただろう?』


「やりすぎなのよ!! もう少しで死んじゃうかもしれなかったのよ!?」


『だが、そんなギリギリになってもなお、お前を守る為に戦える男だと証明できたわけだが、何が不満だ』


「やり方がおかしいって言ってるの。あんな傷つけるだけのやり方」


『お前と契約する際に、俺のやり方に文句を言わないという物があったと思うが、もう忘れたのか?』


電話向こうの男、天野の言葉に私は頭を抱えた。


こんな事なら怪しい契約なんてするんじゃなかったと、今更ながらに後悔する。


でもどれだけ後悔しても、過去は取り戻せないのだ。


『俺にグダグダと文句を言う暇があるのなら、自分でさっさと行動すれば良かっただけの話だろう? それが出来なかったのはお前の落ち度だ。手助けしてやった俺が文句を言われる筋合いはない』


「それはそうだけど!!」


『そもそも最初は身元の確認をするだけだったのを、お前がウジウジと変わっていないか知りたいだなんだと言ったからわざわざ行動してやったんだろうが』


「くっ」


そうなのだ。


どんな願いも叶えてくれる天使のおまじないだってネットで見たから試して、実際に天野が出てきた所までは良かったのに。


それから、初恋の彼の事を調べて貰って、偶然私が働いている店にお客さんとして来てもらう所まで願って。


彼が来る時間に合わせて出勤して、ちょっと過剰にサービスして気を引く所までやったけれど、そこから先に勇気が出せなかったのは私の責任だ。


だって、怖かったんだ。


彼は私を庇ったせいで虐められて、結局謝る事も出来ないまま凄い高校に進学しちゃって、しかも聞いた話じゃ超有名な大学に入って、もう遠くへ行ってしまったと思っていたから。


そんな彼がもしかしたら私の事を好きになってくれるかもしれないなんて、思えない。


私はそんなに優れた人間じゃないから。


だから思わず確かめる様な事をしてしまった。こういう所が駄目なんだって自分でもよく分かっているけれど不安な気持ちは消せないのだ。


「とにかく。もう十分だから、もう彼を傷つけないで」


『お前との契約が無ければ何もしない。俺はそんなに暇じゃ無いんだ』


「そうですか! お忙しいところありがとうございましたっ!」


『精々このチャンスを活かす事だな』


「はいはい。分かってますよ!」


私はやや乱暴に電話を切って、しれっと手に入れていた彼の電話番号を鳴らす。


そしてやたら恐縮して電話に出た彼にしおらしい私を演じて、家まで向かうのだった。


急いで片付けたのだろう。部屋の中は少し汚れていた。


そして押し入れはいっぱいになっていて、今にも何かが飛び出してきそうだ。


少しだけ気になる。


けれど、そこから私じゃない女の何かが飛び出してきただけで、嫉妬で狂いそうだから止めておいた。


まだ彼の前では普通の女の子を装っていたい。


彼から他の女を引き離すのは彼を手に入れてからで良いのだ。


天野の言う通り、私は最大限チャンスを活かす為に、私のせいで傷ついてしまったという彼のお世話をすると言い放つ。


しかし、そんな私の宣言に彼から予想外な言葉が返ってきた。


そう。彼は正座をして、勢いよく頭を下げながら謝罪したのだ。


「ご、ごめんなさい! 実はあの時暴れた天野さんはボクの知り合いで、その、ボクの願いを叶えてくれようとして、暴走していただけなんです!! もうお店には行きません! 訴えていただいても構いません! 責任を取ります」


責任を取るという言葉にぴくッと体が反応したが、まだ動かない。まだ決定的じゃないから。


「願い。ってどんな願いですか?」


慎重に彼の内側に入り込む。


彼は申し訳なさそうに、顔を上げて、私とデートがしたかったと告げた。


そのどこか自信なさげにさ迷う目を見て、私はキュンと熱くなったのを感じた。


思わず舌なめずりしてしまったが、幸い彼からは見えなかったらしい。


危ない危ない。


「お客様って、私の事が好きなんですか?」


一歩踏み込む。


「あ、いや、その、可愛いな、と、思ってまして、その」


「クス」


「ひぅ」


「じゃあ、こうして体に触りたい。って思っていたんですか?」


彼の手を取って、そのまま私の体に触れさせる。


逃げようとした手をキュッと強く掴んでさらに押し当てた。


「そ、その、あた、当たっちゃってますよ!?」


「えぇ。当ててますから」


「ひぇ!?」


あぁ。可愛いなぁ。


本当に可愛い。


まだ初めてかな。初めてだよね。


だってこの部屋に女の気配しないもんね。


じゃあ、もう良いかな。


いや、でも今すぐだと上手く出来ないかもな。少し慣らした方が良いかもしれない。


それで、私に溺れて貰って、どうしようもなくなって、私だけを見て生きて欲しい。


そんな事を想っていた私の手首を見て、驚いた様に目を見開く彼に私は首を傾げた。


「こ、これ。この傷、もしかして、天野さんが」


「あぁ、これですか? 違いますよ。これは、自分でやったんです」


「え」


「なんだか嫌だなー。この世界に居たくななーって時に、こうすると、安心出来るんですよ」


「駄目だよ! そんな、危ない!! そんな事をしたら死んじゃうよ!?」


「……なら、見張っててくれませんか?」


「へ?」


「涼太君が、私がわるーい事しない様に、見張っててください」


「な、なんで僕の名前」


私は近くに置かれていた彼の財布から免許証とお店の会員カードを取り出して、笑う。


彼は頭が良いのに、どこか抜けている。


危なっかしいから、私が守ってあげないと駄目だよね?


「山岸涼太君。会員カードを作るときに、名前覚えちゃいました」


なんて。本当は小学校の時から知ってるけど。


きっと君は覚えてないよね。


まだ私が暗くて、地味で、話もあんまりしてなかった頃だから。


「そ、そっか。免許証か」


「という訳だから、今日から私もここに暮らすね?」


「え? いや」


「駄目……?」


少し下から見上げる様に彼を見る。


わざわざ屈んだ時に胸が見える服を着てきたから、見えると思うけど彼は私の顔を見て動揺している様だった。


惜しい。


でも、まぁ良いか。チャンスはいくらでもあるし。


天野のおかげで彼の部屋に入り込む事が出来たんだから、後は押せ押せで頑張るしかないよね。


最悪は天野に願うって方法だけど、彼は今後の人類を大きく変える発明をするらしくて、私の人生じゃミジンコみたいなモンだって言ってた。


所詮店で人気程度では彼の価値に追いつけないという事だ。


でも、良い。


世界への影響なんてこれっぽっちも無くていい。


彼の中で私の事が全てで埋まればそれで良いのだ。


本来の歴史では、彼と結ばれる女が居たらしいけど、関係ない。知らない。どうでも良い。


むしろそんな可能性の女、この世界から消えて欲しい。


私だけで良いのだ。それ以外は何も要らない。


あ。でもそうか。彼はきっと子供が欲しいだろうし。そこは頑張らないと駄目だね。


大丈夫。長い時間かければきっと好きになれるよ。


もし彼に女を見せてきたら、許せるか自信が無いけど、娘としてちゃんとしていられるなら大丈夫。


私もちゃーんと母親が出来る様に頑張るから。


でもそう考えると、男の子が出来る方が良いなぁ。


彼に似た男の子を生むことが出来れば、彼の命が私の中にもあるんだって実感出来るから。


そうすれば、きっと安心だね。


「ふふ。これから楽しみだね」


「そ、そうですね」


私は彼に微笑みながら、あのクズ親に何も似なくて良かったと心の底から安堵した。


これでようやく私は幸せな道を歩めるのだ。


そう。これからあなたが着る服は私が選ぼう。


あなたの食べるご飯は私が作ろう。


あなたの未来は私が導こう。だから。


「これからよろしくね」


あなた。


永遠に。一緒だよ。

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