第4話『な、なら! ボクも勇気を出します!!』

ネットの噂なんて信じるもんじゃないと思うけれど、こうして現実に現れたのならば、信じざるを得ないだろう。


何事も信じる事が大切なんだなと思い知らされる。


「粗茶ですが」


「……本当に粗茶だな」


「あ、申し訳ございません」


「で? お前の願いはなんだ」


傍若無人という言葉が頭を掠めたが、ボクは首を勢いよく振ってその考えを消した。


何だか頭の中を覗かれそうな恐怖を感じたからだ。


しかし、どうやらその勘は正しかったらしく、天野という名の男はスッと目を細めるとボクを見ながらこう言った。


「そんなに俺はお前を虐めていた人間に似ているか?」


「っ!!? なっ、なんで」


「さて、なんでだろうな。俺は心を読めるかもしれないぞ。だが、そうなると心配だな。何せ傍若無人な男だ。何をされるか分かったものじゃない」


「も、申し訳ございません!!」


「別に謝罪は要らん。いつもの事だ」


「は、はぁ。ありがとうございます」


「礼を言われる筋合いもないがな。まぁ良い。このままじゃ話が進まん。俺はいつまでもこの汚らしくて狭い部屋に居たくない。さっさとここから出て行きたいんだ。願いを言え。お前を虐めた奴らを全員世界中に晒して二度とまともな人生を歩めないようにしてやるか? それともムカつく奴が事故る様にしてやるか?」


それはどれも心の中でずっと願っていた願い。


でも自分の命と引き換えに叶えるかと聞かれると微妙だ。


「ふむ。なら、好きな女でも抱くか。居るんだろ。何とかって喫茶店にいる女か? もしくはこのポスターのアイドルか」


「そ、それは、その……相手にも迷惑が」


「他人に迷惑の掛からない願いなんてねぇよ。人は生きているだけで他人に迷惑を掛けてるんだ。そこでお前はさらにその上をと求めたんだろ? 何を今更躊躇してる。時間の無駄だ」


「な、なら! ボクも勇気を出します!!」


「よし。その意気だ」


そしてボクは天野さんを連れて、いつもの喫茶店へと向かった。


メイドさんに案内されて席に座り、天野さんに何を食べるか聞いて、それを注文する。


ボクが来た事に気づいたのかミキちゃんはわざわざボクの所に料理と飲み物を運んでくれるのだった。


なんて、優しい……!


「おい」


「くぅー。あ、はい! 何でしょうか」


「俺は願いを言えと言ったんだ。店に連れてこいとは言ってないぞ」


「あ、いえ。そのですね。まずは相手を知ってもらおうかと思いまして」


「誰にだ」


「天野さんに」


「誰を」


「あの子、あの子です。ミキちゃんっていうんですけど、本当に可愛いですよね」


「で? 願いは」


「あの、出来れば、その……可能ならで良いんですけど、ミキちゃんと一日だけでもその、お出かけが出来たらなって、その」


「ウジウジするなハッキリ言え」


「デートが、したいです」


「なら誘えば良いだろ」


「いや、ここはそういう店じゃ無いんですよ「くだらん。俺が行ってくる」って、天野さん!?!? 駄目ですよ」


天野さんは席から立つと、他の席で接客をしているミキちゃんの所へ向かった。


ただでさえ顔が怖い天野さんを止められる人がボクの様な小鹿しかいない店に居るはずもなく、天野さんはアッサリとミキちゃんの元へたどり着いてしまった。


「はぁーい。じゃあ、ゆっくりしていって下さいね」


「おいお前」


「はい。なんでしょうか」


「ちょっと外に出ろ」


「え。いや、あの」


「良いからさっさとしろ」


傍若無人が服を着ている様な天野さんは、店の外に親指を向けながらミキちゃんを誘う。


いや、どう見てもこれから何か犯罪が起こる様な状況にしか見えない。


「お、おいっィィイイイ、アンタ、ミキちゃんに」


「あ?」


「……イエ、ナンデモナイデス」


ちょうどミキちゃんに接客して貰っていたボクの同志は、天野さんに睨まれて小さくなってしまった。


そんな状況にミキちゃんは、助けを求める様に周囲を見渡すが誰も助けてはくれない。


そしてその視線がちょうど天野さんを止めようと立ち上がっていたボクとも合って……。


「あ、あああああ、ああ、あ、天野さん!!!」


「うるせぇな。なんだよ」


僕は今世紀最大最強の勇気を振り絞って、天野さんとミキちゃんの間に入った。


そしてこれ以上は駄目だと両手を広げて天野さんを威嚇する。


正直怖い。怖いどころじゃない。だって天野さん絶対に人殺した事あるでしょ。


そういう目してるもん。この人に比べたらいじめっ子とか、教授とか欠片も怖くないよ。


それどころか町で暴れてるヤンキーだって子供みたいなモンだ。


「俺の邪魔をするつもりか? おい」


「と、とととととととう、とうとうとう当然じゃないですか!」


「ほぅ?」


はい!!! 死んだー!!!


父さん。母さん。ごめんなさい。ボクは今日ここで天に召される様です。


稼ぎは銀行に入ってるから、死亡連絡する前に引き出してね。


「う、げげ、ぐぐぐ」


「どうした。俺を止めるんだろ? 止めてみろよ」


「あばなばば」


「ちょ、ちょっと、貴方……天野さん! 止めて! 死んじゃうから!!」


ミキちゃんの声をどこか遠くに聞きながらボクは天野さんに首を掴まれて地面から旅立つ事になった。


ブラブラと足が動き回るが、どこにもたどり着けず、意識が遠くなってゆく。


でも、それでも微かに聞こえた泣きそうなミキちゃんの声に、ボクは我武者羅に腕を振り回した。


その一発が偶然か天野さんの顔に当たったらしく、ボクは床に投げ出されて、苦しさに息を吐いた。


咳が止まらず、陸に投げ出された魚の様に必死にパクパクと口を動かして酸素を求めた。


少ししてようやく落ち着いてきたのか周りの様子を見る事が出来て、ボクは天野さんとミキちゃんを視界に入れる。


「大丈夫ですか!? お客様」


「ぼ、ボクは、大丈夫。それよりミキちゃんは」


「私も大丈夫です。はぁー。本当に良かった」


ボクはミキちゃんと互いの無事を確かめ合って、息を吐く。


でも危機は当然だが、まだ去っていない。


「随分と、面白い事をしてくれるじゃねぇか」


「ひっ、ひぃ」


そこには鬼が居た。


床にしゃがみ込んでいた天野さんは、まさしく神話伝承にある様な鬼らしい姿で立ち上がると、僕を見下ろしながら怒りに燃える瞳を向ける。


先ほどまで感じていた死とは比べ物にならない。まさに肉食獣を相手にしている様な心地だった。


でも、もし目の前に居るのがライオンだとしても、チーターだとしても、ティラノサウルスだとしても!!!


僕はここで逃げる訳にはいかない理由があった。


僕の事なら良い。いくらでも我慢する。でも天野さんは明らかにミキちゃんをターゲットにしている。


逃げれば、ミキちゃんが危ない。


今こそ、男を見せる時だ!!! そうだろ!!! 僕!!


「そ、そこで止まれェ!?」


「あァ?」


「ぼ、ボクは、あ、ああああのあの、宇宙、工学を研究しているんだっ、それ以上進めば、宇宙放射線を全身に浴びせるぞ!!」


「はぁ?」


「それも、致死量だ!! 怖いだろう!!」


「まったく意味が分からん。宇宙放射線? なんだ、それは」


「そ、そんな、まさか」


「……?」


「宇宙放射線の恐ろしさを知らないなんて……どこから説明すれば良いんだ」


「おい」


「そもそも放射線について話す所から必要か? いや、そもそも人体とは何かから」


「話を聞け」


ボクは腹部に感じたダメージで、蹲り痛みを堪えながら、必死に天野さんの腕を掴み、説明をする。


「う、宇宙放射線は宇宙線というのだけれど、この宇宙線というのは、うぐっ」


「少し黙れ」


「じ、人類が、宇宙で、活動、する為に」


「放せ、おい!」


「そ、そこのお前!! 警察を呼んだぞ、もう暴れても無駄だ!」


「チッ、警察は面倒だな。どけっ」


ボクは横から多分蹴られた衝撃で床に転がり、倒れる。


痛みが全身を包んでいるが、天野さんが店を出ていったのを確認して、ようやく深い溜息を吐くのだった。


助かった……。


視界の中には泣きそうな顔のミキちゃんが映ったが、特に怪我をしている様子はなくてボクは安心して、意識を手放すのだった。

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