3−18 ゾンビ世界の新たな出会い
「にゃ……それじゃ、うちは先に休ませてもらうのにゃ……」
「うん、ナーニャはずっと御者してて疲れてるんだし、ゆっくり休んでね」
「にゃ……アキトと一緒にくっついて寝たいけど、それはミーレルまで我慢するのにゃ……」
「そうだね、ナーニャっ……」
上目遣いで可愛くそんなことを言ってくる美少女猫耳娘。
思わず襲いかかりたくなってしまうほどの魅力だけど、ここは危険な野営地だ。
ぐっと気持ちを抑えて、ナーニャの頬に軽いキスだけして、おやすみの挨拶をする。
荷馬車の中に小さく作った睡眠スペースにナーニャが潜り込んでいくと、すぐに荷馬車の中からは穏やかな寝息が聞こえてくる。
彼女がいなくなってしまい静かになった夜の暗闇の中で、僕は周囲の物音に耳をすます。
ときおり小さく動物の鳴き声だけが響いている宵闇の森は、なかなかに不気味な場所だ。
「…………ま、とはいえ、マリーの警戒を抜けてくるモンスターなんていないか……」
「そうじゃのぉ……あのゾンビの《気配察知》はなかなかのものじゃからのぉ」
「そうでしょそうでしょっ…………って、だ、誰ぇっ!?!?」
いつのまに現れたのか、馬車の御者台に座って周囲を警戒する僕の真横に、小柄な少女が腰掛けていた。
「ふふっ……妾はただの通りすがりの一般人なのじゃっ」
そう言ってくるのは……額に浮かぶ小さな鱗がアクセントになった、可愛らしい美少女だった。
この見た目からすると、ファンタジー世界によくでてくる龍人……ってやつなのだろうか?
「……一般人はあんまり自分で一般人って言わない気がするし、マリーの目を欺けたりなんてしないと思うんだけど……」
「まあちょっとは特別かもしれないがのっ……まあ良いではないか良いではないかっ……」
殿様のようにかははっと楽しそうに笑う彼女。
見た感じ、特に悪意はなさそうに見える。
緊張していた身体の力を少し抜いて、僕は彼女に向き直る。
「それで……君は、何でこんなとこに?」
「なに……世界に新たな王が現れたようじゃから、妾もその様子を見ておこうかと思ってのぉ……」
「へえ……どっかの国で政変でもあったってこと? それでなんで僕のところに立ち寄って……?」
「……ふむ」
そう僕が尋ねると、美少女は僕に向き直ってじっと僕の瞳を覗き込んでくる。
「……たばかってる訳でもなさそうじゃのぉ……面白い、この世界の腐界の初王なりて、システム導入に時間がかかっておる、ということなのかのぉ……」
「…………なんのこと?」
楽しそうに話している彼女だけど、僕にはなんのことかさっぱりわからなかった。
「なに…………時が経つか、何かきっかけでもあればきっと目覚めるじゃろうて……王というものはなるべくしてなるものであるからのぉ。そのときにお主がどうなるのか、妾としては楽しみじゃな」
「……目覚める…………?」
「よきよき、今はその微睡の時間を楽しむが良いて。お主が妾の敵になるのか味方になるのかはわからぬが、すぐに運命は動き出すはずじゃ」
彼女は1人理解した風にうなずいているけれど……僕にはやっぱり彼女の言ってることはさっぱり理解できなかった。
「そうじゃな、せっかくじゃし新たな王に一つ助言でもしてやろうか……お主のその指輪……」
「僕の……この、封印?」
「そうじゃ……それは既にかなり限界に近づいておるぞ。更にエネルギーを蓄えるか、何かきっかけを与えてやるか……困ったことがあったら、思い出してみると良いのじゃ。はははっ、それもまた面白いことになりそうじゃのう……」
僕のレベルを固定しているこの指輪……これが限界ってことは、僕ももう少ししたらレベルが上げられるようになるってことなのだろうか。
まあ、確かにそうなったら、僕はこのレベル制の世界をもっと楽しめるようになるだろうけど……
彼女がそれを面白そうにしている、って理由はいまいちわからなかった。
「それでは、邪魔したのじゃ……良い旅を」
「ありがとう……君もね……」
燃えるような深紅の髪を揺らし歩き去っていく彼女の背中を、僕はじっと見つめていたのだった。
「ふふふっっ……どのようなものがあの世界最難関と言われる『深淵の腐海』のダンジョンマスターになったのかと思えば……初心な男じゃったのぉ……」
龍界の王であり、そして『灼熱の炎獄』のダンジョンマスターでもあるイリート・ドラゴが小さく手を振る。
彼女の前に列をなしていた、ゾンビたちはその風圧だけで吹き飛んでバラバラになっていく。
「まああの男がどう転ぶかはわからぬが……脆いが良く増える腐族と精強少数主義の龍族である妾たちとならば相性は良いはずじゃ。あのものたちが妾たちを焦らせるような勢力になれるかは……時の運勢次第かのうっ。じゃが……人族、魔族はわからん。ひょっとしたら奴らはこのまま一気に喰われてしまうかもしれないのぉっ……ふふふっ、ダンジョンマスターたちの力比べの時が近づいておるということかの。これは愉しみじゃのぉっ……」
バラバラに吹き飛んだゾンビたちの身体を踏み越え、イリートはただまっすぐ前へと歩いて行くのだった。
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