番外編1-2.まほうのれんしゅう
「オズ!」
元気な声とともに、黒髪の少女が勢いよく抱きついてきた。受け止めたときの衝撃から、出会った頃よりも随分と体が大きくなったことを実感する。
この可愛らしい少女アイリスは、今年で五歳になる。出会った頃はまだ三歳で、今よりもずっと軽く小さかったのを覚えている。
「オズ! 今日はなんの魔法をおしえてくれるの?」
アイリスは緋色の瞳をキラキラと輝かせながら、魔法の師匠であり友でもあるこの魔族に話しかけてくる。
オズと呼ばれるその魔族は、黒みがかった灰色の髪に、月のように輝く金色の瞳を持ち、そして頭には二本のツノが生えていた。人族から『異形の怪物』と恐れられる魔族相手に、アイリスは全く物怖じせず接してくれている。
オズは、アイリスが魔物退治のために森へ来るたび、彼女に魔法を教えてあげていた。日課の魔物退治を終えたアイリスは、今日も森の中で魔法の特訓だ。
「そうだな、今日は回復魔法を教えようか」
「回復魔法! むずかしいから、アイリスがもう少し大きくなったらねって言っていたやつね!」
アイリスは自分の成長を師匠に認めてもらえたことが嬉しかったらしく、ニコニコと笑っている。
「まずは、自分に使ってみようか」
「うん! あのね、アイリスね、この前走っててころんだから、おひざに怪我してるよ!」
アイリスはそう言うと、オズに向かって自慢気に膝小僧を見せてきた。
「転んだのか。痛かっただろう」
「いたかったけどね、泣かなかったよ! 泣くと、お父さまが嫌な顔するから……」
そう言って少し悲しそうに俯くアイリスの頭を、オズは大きな手で優しく撫でてやった。
「そうか……偉かったな」
「えへへ」
オズに褒められたアイリスは、少し照れながらも嬉しそうに笑った。
「じゃあ、その傷を治していこう。まずは、自分の体内に流れる魔力を感じるんだ。そして、その魔力を傷のあたりに集中させるイメージで。魔力制御を習得した今のアイリスなら、きっとできる」
「うん、やってみる!」
アイリスはその場で膝を立てて座ると、膝に手をかざしながら目を閉じた。程なくして、膝の周りに光が集まり始め、ゆっくりと傷が消えていく。まさかたった一度で成功するとは思っておらず、オズは驚いて目を見開いた。
完全に傷が癒えたところで、アイリスはゆっくりと目を開いた。そして、自分の膝を確認した途端、パアッと花が咲いたようにアイリスの表情が明るくなる。
「できたよ! ねえ、オズ! できたよ!!」
「ああ、よくやった」
オズが再びアイリスの頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。
魔法はイメージできるかが全てだ。それ故に、魔法を使う際には高い集中力が必要になる。
アイリスに魔法を教えて二年になるが、彼女の集中力の高さと魔法の習得の早さには目を見張るものがあった。やはり『黒髪緋眼』は伊達ではない。今は訳あって魔力を制限しているが、彼女の本来の魔力量は魔族にも引けを取らないほどだ。彼女はきっと、大陸随一の魔法師になるだろう。
「じゃあ今度は、俺に回復魔法を使ってみてくれ」
オズはそう言うと、手に持っていたナイフで自分の腕を薄く切った。赤い鮮血が、できたばかりの傷から溢れてくる。
「なにしてるの! オズ!!」
それを見たアイリスは、悲鳴に近い叫び声を上げた。
この程度の傷、全く痛くないのだが、どうやら驚かせてしまったらしい。アイリスは驚いて悲鳴を上げた後、とうとう泣き出してしまった。
「だ、だめだよ、じぶんでじぶんを傷つけちゃ……もっと、じぶんを大切にしなきゃ……」
「すまなかった、アイリス。お願いだから泣かないでくれ」
大きな瞳からポロポロと涙をこぼすアイリスを、オズは抱きしめながらあやした。
アイリスはしばらくしてようやく落ち着くと、泣いて赤くなった目でオズを見上げる。
「回復魔法なんて、じぶんにだけ使えればいいよ? 人前で魔法使っちゃだめって言われてるもん。オズはつよいから、怪我なんてしないだろうし……」
そう言うアイリスに、オズはアイリスの頭を撫でながら諭すように言葉をかける。
「いいや、他人にも使えるようにしておきなさい。将来、アイリスに大切な人ができた時に、きっと役に立つ」
「……オズ以外にそんな人できないよ。だってアイリス、この国から出られないもん。この国で大切なひとなんて、できる気しない」
「そんなことはない。今は考えられないかもしれないが、アイリスにもきっと守りたい人ができる」
オズが根気強く言い聞かせるも、アイリスは不服そうに頬を膨らまして俯いてしまった。
「……だって……お父さまですらアイリスのこと嫌いなんだよ? アイリスは、この国じゃ嫌われ者なの。……オズが家族だったらよかったのに」
「そう言ってやるな。父親というのは、どうも不器用なものらしい」
「?? アイリス、よくわかんない」
顔を上げたアイリスは、眉根を寄せながら首を傾げていた。そんなアイリスに、オズは少しだけ自分の過去を明かした。
「俺にも昔、大切な人がいた。俺の師匠だ。でも、自分の力不足で死なせてしまった。だから、いざという時のために、身につけられる力は身につけておかなければならない。わかるか?」
「オズにも、お師匠さまがいたの!?」
大きな瞳をさらに大きく見開いて問いかけてくるアイリスに、オズはどこか遠い目をしながら答えた。
「ああ。お前に似て美しく、そしてとても強い女性だった」
「つよい? オズよりも?」
「ああ。俺よりもずっと」
「すごい! でも、オズよりもつよいのに、死んじゃったの……? それはとっても、かなしいね……」
「ああ、そうだな。だからアイリスには、悲しい思いをして欲しくないんだ」
「うん、わかった。他の人にも回復魔法使えるように、れんしゅうする!」
アイリスはそう言うと、早速オズの傷口に両手をかざし、目を閉じた。アイリスがイメージしやすいよう、オズは優しく声をかけながら指導する。
「自分の魔力を、相手の魔力に沿わせて。傷に魔力を注ぎ込むんだ」
しかし、先程のようには上手くいかず、成功するまで二時間ほど練習を繰り返した。他者への回復魔法というのは、それほど難しいものなのだ。それでもたった二時間で習得してしまうとは、流石と言わざるを得ない。
その後アイリスは、疲れ果ててオズの膝の上で眠ってしまった。
オズは小さな寝息を立てる少女の頭を撫でながら、その幸せそうな寝顔に思わず顔を綻ばせた。
「エマ。お前の子孫は元気に育っているぞ。お前と約束した通り、何があっても俺がこの子を守る」
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