第24話 クラスメイト


 翌朝、アイリスは夫婦の寝室から自室に戻ると、早々に学校へ行くための身支度を始めた。


 制服は深緑のブレザーに赤色のリボン、チェックのスカートという組み合わせだ。もちろん制服なんて着るのは初めてなので、思わず心が踊ってしまう。アイリスは制服姿のまま鏡の前でくるりと回り、満足気にニンマリと笑った。


 ファッションショーにひとしきり満足すると、アイリスは制服の上から仮面とローブを身につけた。せっかくの制服姿がもったいないが、正体を隠すためには仕方ない。髪も魔法で茶色に染める。


 事情を知らないハリエットには、『今日は自室に籠もるから夜まで部屋に入らないように』と言ってあるので、この姿を見られることはないだろう。


 その後アイリスは学校へ赴くと、まずは正面左手の教員棟にある職員室に向かった。扉を開けて中を見渡すと、数人の教師がデスクに座っている。すると、すぐに一人の男性教師が声をかけてきてくれた。


「アイビーさんですね。よろしくお願いします。僕は担任のケネディ・マクラレンです」


 にこやかでゆったりした話し方の彼は、白衣姿で黒縁眼鏡をかけている。やや長めの髪は癖っ毛なのか寝癖なのか、ところどころ少しハネていた。見た目は二十代後半といったところか。


「よろしくお願いします、マクラレン先生」

「いやあ、あの『仮面の魔法師』さんにお会いできるなんて、すごく嬉しいです。じゃあ早速、教室に行きましょうか」


 アイリスはマクラレンに連れられ、渡り廊下から学校棟に入った。昨日は教員棟にしか行かなかったから、ここに来るのは初めてだ。

 そして、階段で二階に上がってすぐの部屋の前で、マクラレンが立ち止まった。ここがアイリスのクラスの教室のようだ。他にもいくつかクラスがあり、どうやら一年生の教室は二階に集まっているらしい。


「もう皆いると思うので、まずは挨拶からしましょうか。最初は不安だと思いますが、少しずつ慣れていけばいいですから」

「……はい!」


 学校で友人ができるか不安だったアイリスにとって、優しく微笑むマクラレンの言葉はありがたいものだった。おかげで緊張が少しほぐれていく。

 マクラレンが扉を開け中に入ると、アイリスはそれについて行った。


「はーい、みなさーん、静かにしてくださいねー。お待ちかねの転入生を紹介しますよ〜」


 マクラレンがザワザワとした教室に声を掛けると、生徒たちのざわめきが更に大きいものになった。


「本物だ!!」

「仮面付けてる〜!」

「女の子だったのね!!」


 クラスには二十名ほどの生徒がいた。『仮面の魔法師』の入学に、皆それぞれ思い思いのことを口にしている。


「はーい、皆さん静かにー! では、アイビーさん、自己紹介をお願いします」


 マクラレンに促され、アイリスは小さく息を吐いた後、よく声が通るように意識して口を開く。


「皆さん初めまして。私のことはアイビーと呼んでください。皆さんと仲良くなれると嬉しいです」

「アイビーさん、ありがとうございます。じゃあ、席は後ろの空いてるところに座ってください。リザさん、色々面倒見てあげてくださいね〜」


 アイリスが指定された席に着席すると、隣の席の女の子が小声で話しかけてきてくれた。


「私、リザ・モルデンハウアー。リザでいいわ。隣国フリューゲル王国からの留学生で、十六歳よ。わからないことがあったら何でも聞いてね」

「ありがとう。よろしく、リザ」


 肩先までのアイスブルー髪に、緑がかった瞳をした彼女は、アイリスにニコリと笑いかけてくれた。大きな瞳とよく動く表情が、ハツラツとした印象を与えている。


「はーい、一時間目はこの教室で魔法基礎学の授業なので、時間になるまで待機しておいてくださいね〜」


 そう言い残すと、マクラレンは教室を後にした。

 担任の姿が見えなくなった途端、クラスメイトのほとんどが立ち上がり、アイリスの席の周りに群がった。各々がアイリスに自己紹介をした後、皆が我先にと質問してくる。


「消える魔法ってどうやってやるの!?」

「空飛んでたって本当!?」

「いったい何種類の魔法を使えるんだ!?」

「なんで仮面付けてるの!?」


 一斉に飛んできた質問に、アイリスは思わず苦笑する。


「えっと、一人ずつ良いかな……?」


 アイリスが一人ひとりの質問に対応していると、人垣をかき分け、ずいっと前に出てくる人物がいた。


「おい」


 不機嫌そうに声をかけてきた細身の青年は、暗めの茶髪に眼鏡をかけている。肌が白く、目の下には隈ができており、やや不健康そうな印象だ。

 青年は眉間に皺を寄せ、険のある声で続けた。


「君は魔族なのか? レッドウルフ討伐の際、空を飛んでいたんだろう? 人族に浮遊魔法は使えないはずだ」


 アイリスは一瞬答えに迷ったが、正直に話すことにした。少しでも魔族への偏見がなくなればいいと、そう願って。


「私の両親は人間よ。でも私の師匠が、魔族なの。浮遊魔法は師匠に教わって――」

「魔族に魔法を教わっただと!? フンッ、穢らわしい!!」


 青年は汚物を見るような目をアイリスに向けると、さっさと自分の席に戻って行ってしまった。

 驚くアイリスに、前の席の人物が小声で説明をしてくれた。


「あまり気にしなくて良いですよ。ドミニクは、魔族を毛嫌いしているんです。魔族の魔法を研究してる研究員も多くいるのに、頭が固いんですよ」


 金髪に金色の瞳を持つこの小柄な美少年は、先ほどエディ・アレクサンダーと名乗っていた人物だ。歳はアイリスよりも二つ下の、十四歳と言っていた。フワフワとした柔らかそうな髪とクリクリした大きな目が、あどけなく可愛らしい印象を与えている。


「そうなの……ありがとう、教えてくれて」

「いいえ。そんなことより、あなたの魔法のことを教えてくださいよ!」


 そう言いながら、エディは目をキラキラさせて身を乗り出してきた。しかし、同時にチャイムが鳴り、一時間目の担当であろう教師が入ってきたため、アイリスへの質問会は一旦お開きとなった。


 午前中の授業は四科目あり、授業の合間の休み時間にはアイリスへの質問会が開催されていた。

 その後、午前の授業が全て終了し、昼休みの時間を迎えたアイリスは、リザとエディに連れられ食堂に来ていた。


 食堂は生徒だけでなく教師や研究員も利用するため、かなりの広さがある。アイリスは複数あるメニューの中からチキンステーキのセットを頼み、二人と共に隅の方のテーブルで食事を取った。


 すると、隣の席に座ったリザがにこやかに尋ねてくる。


「アイビー、どう? 学校生活は」

「授業も面白いし、クラスのみんなも優しくしてくれるから、とても楽しいわ」


 授業の内容は知っている事の方が多かったが、体系的に学び直せるのはありがたかった。クラスメイトも基本的にはみんな友好的で、接しやすい人が多い印象だ。


「それは良かった! 校舎の案内は、もう誰かにしてもらった?」

「建物のざっくりした概要は、入学試験のときにマーシャさんって人に教えてもらったんだけど、どこに何の部屋があるかは全く知らなくて。もしよければ、時間があるときに案内してくれると、とても助かるわ」

「それはもちろん! 今日は五時間目までしかないから、放課後案内するわね!」


 リザは世話焼きなのか、率先してアイリスの面倒を見てくれている。登校初日で不安も大きかったが、隣の席がリザでよかったと心から思う。

 リザと放課後の約束をしていると、向かいに座っているエディが尋ねてきた。


「マーシャって、研究員のマーシャ・ルーズヴェルトさんですか?」

「ええ、そうよ。先生じゃなくて研究員の人に案内されると思っていなくて、驚いたわ」

「この学校では、教師と研究員の垣根はそれほどありませんからね」


 アイリスはその言葉を聞いて、そういえばマーシャもたまに講義を受けもつと言っていたことを思い出す。


「なるほど。ねえ、エディ。マーシャさんのこと知ってるの?」

「はい。女性で初めてこの学校を首席で卒業して、そのままここの研究員になった人なので、結構有名人ですよ。でも、かの高名なルーズヴェルト公爵家のご令嬢が、二十四歳にもなって結婚もせず魔法の研究に没頭してて、ルーズヴェルト公爵も頭を抱えてるって噂ですよ。確かに、生き遅れも良いところ――――いっっった! 何するんですか、リザ!!」


 どうやら、リザがテーブルの下でエディの足を蹴ったようだった。エディはリザを睨みつけながら、痛そうに足をさすっている。一方、リザは口を曲げながらエディをたしなめた。


「どう生きようと、その人の勝手でしょ? 全く、価値観が古いんだから……。マーシャさんは、とても優秀な研究員よ。本当は宮廷魔法師を目指してるらしいんだけど、女性だからって理由で、正当に評価されずこの学校に留まっているって話も聞くわ」

「そうなの……」


 アイリスは、どこか俯きがちなマーシャのことを思い出した。入学面接の際にマーシャに会った時、見覚えがあると思ったのは、公爵令嬢としてローレンとアイリスの婚姻の儀に出席していたからだろう。しかし、女性という理由だけで正当に評価されないのは問題だ。


 そんなことを考えていると、リザが立ち上がりながら言った。


「そろそろ行きましょうか。放課後に校舎を案内するから、午後の授業も頑張りましょうね、アイビー」

「ありがとう。よろしくね、リザ」


 そうして三人は、午後の授業に向け教室へと戻って行った。

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