白ノ宮 6

 彼らは暗緑色の着物と袴。同じ色の鉢巻を締めた、侍たちだった。初老の男に続いて、二人の若者が付き従っていた。


 縫衣が目を奪われていると、廊下の向こうから年増の女中――瀬紀せきが近づいてきて、


「ありゃ、銀狼衆だねえ」

「銀狼衆?」と縫衣は尋ねる。

「そうさ。瘴魔退治のお侍たち。聞いたことくらいはあるだろう?」

「ええ。やっぱり、瘴魔が出たっていうのは、本当だったんですね……」

「たぶんねえ。それで、村の男衆が銀狼衆に渡りをつけて、お金を集めて依頼したって話さ」



 ――事実、村の周辺では得体の知れぬ『瘴魔』の目撃談が相次いでいた。地に流れる瘴気が澱み、溜まったものが形をとったり、動物に取り憑く。それが瘴魔とされていた。



 夕刻になってから、縫衣は女中部屋で食事をとった。瀬紀も一緒だ。


 食事の内容は、に牛蒡の漬物を二切れ、それに味噌汁といった簡素なものだった。藤蔵たちは奥で、これに干物や煮付けだのを加えて食べているだろうが、そんなことは気にならなかった。――彼らから距離を取れれば、それだけで心が休まる。


「その腕、大丈夫かい?」


 と聞いてきたのは、箸を右手にした瀬紀だ。縫衣は自身の黒みがかった左腕を見た。やはり周りも気になるのだろう。


「ええ。大丈夫……」

「そうかい。――旦那様に、何かされたのかい?」

「いえ。違うんです。たいしたことじゃ、ないんです」


 なぜか弁解するように答えると、縫衣は視線を落とした。畳の綻びが目に入った。


 そのとき、どこからともなく、女の声がした。


「まったく、貧相なものを食べてるじゃないか」


 縫衣は動じることもなく、漬物を箸で摘み、口に運んだ。


「養女といえば、家族であろう。それを、女中同然に扱うのは、まったく人の道を外れてる。――そうは思わないのか?」


 それでも縫衣は黙していた。――しかし、心の中では思う。


(藤蔵の、目が怖い。特に若い衆と話をしていると、まるで嫉妬でもするように、じっとりと見てくる。――あの目が)


「そうさね。やつはケダモノだ。いっそ、望みをやれば、優しくなるかもねえ。すればわたしの心も、満たされる。果てぬ人の欲望を、お前の体を借りて、味わえるというもの……」


 縫衣は箸を止めて、黙れ魔性め、と念じた。


「ククク。――そうか。そんなことをしたら、ますます今度は、女将おかみから、憎まれるのう。――まったく、お前の周りには、実に芳しいが集まるのう……。あるいは、わたしの宿るその左手で、喰うてやろうか。――欲まみれの人間どもの霊気は、さぞうまかろう」


(やめて。何も云わないで)


「ふん。わたしの喜びは、そなたの喜び。わかっているだろう? 嗚呼、涎が出るじゃないか……。そうだろう?」


(黙れ。左腕を切り落とすぞ……)


「やる気があるなら、とうに、そうしているはずよ。――のう、縫衣や。そなたには、そんなことはできぬよ」


 縫衣は口の中の漬物を噛んで、飲み込んだ。吐き気がするような味だった。



 夜になると縫衣と瀬紀は、女中部屋に布団を敷いた。


 鈴虫の声と風音が響いていた。妙に風が強く、家の塀がぎしぎしと鳴った。女中部屋は庭の手前にあり、その音が妙に耳についた。


 部屋の傍にある行燈は、部屋の木壁に黒い影を描いた。


「そろそろ、灯りを消そうかね」


 と瀬紀が行燈へと近づいていった。そのとき、表からばたばたと足音がした。


「おい! そっちだ! 逃げたぞッ」


 男の声だった。ついで、戸を隔てた庭の方にかすかな足音がした。


「え、何……」


 縫衣は心臓が高鳴るのを感じながら、戸に手をかけて、わずかに開いた。


 庭には何かの気配があった。いくつかの光の点が、さながら蛍のように飛び交っていた。


 縫衣は行燈を掴むと、戸をもう少し開いて、光を向けた。すると、そこにいる生き物が見えた。


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