第34話 大地さん、ご馳走様♡

◆◆◆◆


 確かに今の俺は「どんな命令でも来やがれ!」という気分だ。しかし2回連続で王様から指名されるなんて……。確率的には”2/7の2乗”つまり10%弱……。ちょっと運が悪すぎないか……。


 そんな事を考えながら俺は割り箸を持つ手を上げると、千堂さんも恥ずかしそうな表情を浮かべながら割り箸を上げた。彼女の割り箸には小さく③と書かれている。


 俺は千堂さんを見ると、まるでりんごのように頬を染め、俺から目をそらした。確か彼女は小学校~大学まで女子校に通っており男慣れしていないと話していた。そのため、男性である俺からチェリーを口移しされるなど、恥ずかしい――と言うか正直嫌なのだろう。


 なんせ、この命令はお互いの唇や舌が当たってしまう可能性がある。それに、もし口移しに失敗をしたら、罰ゲームで俺とキスをしなければならない。


 千堂さんがファーストキスを済ませていないとしたら――今日ここで、俺が彼女のファーストキスを奪ってしまう可能性があるのだ。


 先ほど俺も、王様の命令により夜空さんとファーストキスを済ませた。しかし千堂さんの場合は状況が全く異なる。


 俺は夜空さんの事を以前から知っており、もし、夜空さんが自分の母親でなければ喜んでキスをしていたであろう相手だ。しかし、千堂さんにとって、俺は今日出会ったばかりであり、特に何の好意も抱かれていないであろう。


 俺は千堂さんに耳打ちをした。


「もし、嫌だったら言ってください。俺がなんとかするんで……。」


 最悪、俺が周りの目を気にせず駄々をこねまくり、この場をしらけさせることは可能だ。そうすれば、王様ゲームはお終いになるだろう。


 千堂さんはハッとした表情を浮かべ目を潤ませながら上目遣いで俺を見る。


「いえ、私やります。やらせてください。」

「本当に大丈夫?」

「はい。お願いします。」


 彼女は濡れた黒髪を弾ませながら俺にお辞儀をした。


 なんて健気な娘なんだろう。本当は嫌で仕方がないであろうこの命令を、この場の空気を壊さないように甘んじて受け入れるなんて……。それなら俺も、この命令を必ず成功させるよう全力を尽くそう。


「分かった。じゃあ俺も頑張るから絶対に成功させよう。」


 今回の命令は”チェリーを口の中に含み、手を使わずに千堂さんの口の中に入れること”だ。つまり、千堂さんの唇や舌に触れることなく終わらせられれば彼女を汚すことは無い。


 俺はカクテルグラスの中から潜水艦の潜望鏡のように顔を出している、チェリーのヘタをつまみ、グラスの縁で水を切りながら千堂さんに話す。


「俺が準備をしたら口を大きく開けて下さい。」


 そして振り返り千堂さんを見ると、千堂さんは俺に顔を近づけて目を瞑り「んべー♡」と口を開けて舌を伸ばす。甘い吐息の中に微かにアルコールの香りがした。


 俺はハッとして、2回戦目――彼女が夜空さんに責められた後、夜空さんが彼女に飲ませたドリンクの入ったカクテルグラスを確認する。俺はグラスの中の透明な液体に少しだけ口をつけ、頭を抑えた。


(これ、メッチャ強い酒だ。)


 恐らくテキーラやジンベースのメッチャ強いカクテルだ……。


 夜空さん、トロトロになった千堂さんにこんなものを飲ませたのかよ……。いや、夜空さんも酔っ払っていて、水だと勘違いをして飲ませたのだろう。その結果、千堂さんも酔っ払ってしまったようだ。顔つきや言動は普通だが……顔に出ないタイプなのだろう。


 俺が千堂さんの飲んだグラスを確かめるために少し顔を離したところ、彼女は俺の首に腕を回し体重をかけて、俺にぶら下がるような体勢となる。


「大地さん。なに顔をそらしているんですか? しっかりと、私のことを見て下さい。」


 そう話すと再び目を閉じて、俺の顔の前で大きく口を開き舌を突き出す。小さくて形の良い唇から伸びる、肉厚で長い舌がいやらしい。


 俺はチェリーのヘタを取り、実を自身の口の中に入れた。そして上と下の前歯で挟む。俺の想定では、このまま千堂さんに顔を近づけて、伸ばした舌の上にチェリーを落下させれば成功すると考えている。


 俺はゆっくりと千堂さんに顔を近づける。


 雑念を捨てろ。ただ千堂さんの舌の上に、俺の咥えているチェリーを置いてくるだけだ。いやらしい感情なんて微塵もない。俺は自分に言い聞かす。


 周りで見ている人達も固唾を飲んでいる。


 千堂さんが舌を動かせば、俺の咥えるチェリーに触れられるくらい近づいたところで、彼女は一瞬口を閉じ囁いた。


「キスしても良いですか?」


 彼女は再び口を開き舌を出す。俺は千堂さんの言葉の意味を理解出来たのだが……どういう頭では理解出来ずに固まってしまった。すると、彼女は俺の首に回している腕にさらに体重をかけた。


 無理やり顔を近づけられて、咥えたチェリーごと彼女に唇を奪われる。そして彼女は、俺の歯と歯の間に舌を伸ばし入れて、チェリーを盗んでいった。


 ほんの一瞬の出来事に俺は目を丸くしていると、千堂さんは口の中のチェリーを飲み込み空のグラスの中に種を出した。


 そして、ぺろりと唇を舐めて「大地さん、ご馳走様♡」と言った。

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