小さなお客
ある時、小学校低学年くらいの女の子が一人でお店に入ってきた。
「いらっしゃい……」
店主は親が一緒でないか、周囲を見渡すが、女の子は一人でテーブルに座り、生姜焼き定食を注文する。
店主はとりあえず、生姜焼き定食を調理して女の子に出す。
「お父さんかお母さんは一緒じゃないの?」
「お父さんはいなくて、お母さんは夜は仕事があるから一人でご飯食べて、家で待つように言われていますんで……」
店主は女の子の年に似合わない丁寧な言葉遣いと、怯えるような目つきを見て、訳ありな家庭であると察した。
女の子は一人で食事をし、お会計の時になると財布から500円玉を出した。
「750円なんだけど、500円しかないの?」
「はい、すいません、すいません、これしかもらってなくて、直ぐにお母さんのところに行ってもらってきます……」
女の子は怯えながら必死に店主に頭を下げ、母親の元まで走ってお金を取りに行くと言う。
「お皿、一枚洗ってくれれば250円分はいいよ」
店主はどうせ母親の元に行っても、この子がひどく怒られるだけだろうとわかり、お皿を一枚洗うことで足りない分は受け取らないということにした。
洗い場の前に小さな台を置き、その上に女の子を乗せて、一枚だけお皿を洗ってもらう。
「なあ、明日の食事はどうするの?」
「また、お母さんが仕事前に500円をくれると思うので、それで何か買って食べます」
店主は壁にかけてある先代店主である祖母と一緒に撮った写真をしばらく眺め、女の子に明日もお店に食事に来るように伝える。
「え、でも私、500円しか貰えないし、またお金足りなくなって迷惑かけちゃいますし……」
「忙しいからお皿洗ってくれると助かるんだよ。それで、足りない分は要らないから」
「お皿洗い足りないんですか? お店空いているように見えますけど……」
「……。まあ、しばらくうちに食べにおいで……」
それから女の子は毎日500円玉を握ってお店に現れるようになり、食べ終わると、お皿を洗って、お店でしばらくテレビを見たり店主に昼間あったことを話したりしながら時間が来ると家に帰って行った。
それから二週間ほど経った頃、女の子はスーツを着た40代くらいの女性と一緒に店に訪れた。
「いらっしゃい……。あの、食事でしょうか?」
「いえ、児童相談所の者です」
店主は女の子と一緒に来た女性を奥のテーブルに座らせ話を聞くと、女の子の家は早くに父親を亡くし、母親が一人で娘を育てていたが、途中で付き合い始めた男がギャンブル狂いで家計が苦しくなり、母親は夜の仕事を始め、娘は放ったらかしになっていたとのことだった。
「この子はどうなるんですか?」
「しばらく児童相談所で保護した後、児童福祉施設に入ってもらうことになります」
「そうですか……」
店主は女の子の方を見るが、女の子は女性の隣で黙ったままうつ向いていた。
「それに親から虐待も受けていたみたいで、腕や背中にあざもあります。今の生活は難しいとこちらも判断しました」
「そうですか。しかし、なんでうちの店に?」
「この子が児童相談所に行く前にあなたに会いたいって言うものですから……」
児童相談所の職員は女の子の肩をポンポンと軽くたたくと、女の子は小さなカバンから一枚の画用紙を出して、店主に渡した。
店主が画用紙を見ると、店主と女の子が二人でお皿を洗っている絵が書いてあり、上の方には、『ありがとう』とクレヨンで汚く書いてある。
「そうか……。また、お皿洗いしてもいいなら、食べにおいで!」
「いいの?」
「ああ」
女の子は店主が珍しく見せる笑顔を見て、満面の笑みを浮かべた。
それから女の子は児童相談所の職員に手を引かれ、店主に手を振りながらお店を出て行った。
店主は先代店主との写真の隣にその絵を飾り、しばらく常連客たちに「娘がいたのか?」と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます