君の手のひらで今日も踊る〜振り回される恋も悪くない?踊らにゃ損です!〜
雨乃りんご
第0踊 プロローグ
「今までありがとー!」
踏切の向こうで、彼女は泣き笑いの顔を浮かべていた。
夕日が彼女の背中を染めて、まるでその場面だけが映画みたいに切り取られている。
カンカンと音を立てて、黄色と黒の遮断機が静かに降りる。
僕はただ立ち尽くすしかなかった。
何かを言わなきゃいけない気がした。でも、口を開けても声が出ない。
手を振るべきか、それとも走り出して遮断機をくぐるべきか。
考える間にも、彼女は小さく手を振った。
そして、何かを叫んだけど、それは電車の轟音にかき消されてしまった。
遮断機が再び上がる頃には、彼女の姿はもうどこにもなかった。
「ねぇ片桐くん。楽しいこと、嫌いじゃないでしょ?」
そんな彼女の声が、頭の中でふと蘇る。
宮本いづみ。
太陽みたいな存在で、いつも笑顔を絶やさない彼女は、誰とでもすぐに打ち解ける天真爛漫なタイプだった。
「ほら、一緒にやろうよ!」
彼女の誘いに、断る隙なんてなかった。
文化祭の実行委員に引っ張り込まれたのも、体育祭のリレーに無理やり参加させられたのも、全部彼女の仕業だ。
けど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、そんな風に振り回される日々が楽しかった。
気づけば、彼女の「踊り」に合わせて、僕もステップを踏むようになっていたんだ。
「あぁ、踊らにゃ損だな」
そう答えた僕に、彼女は満面の笑みを浮かべて、「片桐くん、やればできるじゃん!」って笑ったっけ。
遮断機の前に立ったまま、冷たい風が頬をなでる。
踏切の向こうに目を凝らしても、彼女の背中はもう見えない。
あの日、彼女が泣き笑いの顔を浮かべた理由を、僕はまだ知らない。
そして、なぜ僕たちがこんな風に別れなければならなかったのかも。
「楽しいこと、嫌いじゃないでしょ?」
彼女の言葉が頭の中で何度も響く。
その度に、胸の奥がズキズキと痛む。
──また、彼女と一緒に踊れるだろうか。
そんなことを考える自分がいる。
けれど、もう遅いのかもしれない。
踏切が再び鳴り出す。
次の電車が来る合図だ。
「……楽しいこと、嫌いじゃない、けどさ」
自分でも誰に向けて言ったのかわからない言葉が、冷たい空気に溶けていく。
だけど、心のどこかで、彼女とまた踊れる日が来るのを願っている自分がいるのも確かだった。
遮断機が完全に上がる前に、僕は小さく息をついて歩き出した。
高校生活はまだ続く。けれど、あの日の彼女の笑顔に再び出会えるかどうかは、誰にもわからない。
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